鈴与清水ラブリーレディース

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 某mixiにも「鈴与清水ラブリーレディース」のコミュを立ち上げました。

 このチームの歴史を少しでも後に残したい・・・という気持ちで立ち上げました。

 「お前ごときが???」

という突っ込みはなしで・・・多分、このチームがLに残っていたら女子サッカーの歴史も変わっていたと思います。

 で、多くの資料が紛失してしまった中、

 「第8回L・リーグ」(1996年シーズン)のチケットが出てきました!!

 今は新潟や浦和といったチームは有料で、他のチームは普通に無料なのですが、当時、自分は、1000円の料金を払って普通に見ていました。

 ただ、見ての通り、8月18日〜12月22日の共通チケットです。

 でも、これは当時の自分の日記から出てきたもので、

 「11.3@日本平スタジアム 鈴与清水vs.フジタ・マーキュリー戦」

の時のものであることがわかっています。

 当時のLは、

 日興證券女子サッカー部ドリームレディース・プリマハムFCくノ一・読売西友ベレーザ・宝塚バニーズレディースサッカークラブ・松下電器パナソニック バンビーナ・田崎ペルーレFC・フジタサッカークラブ・マーキュリー・シロキFCセローナ・OKI FC Winds

 特別協賛に「沖電気」が入っていたり、チケットの裏の広告が「西友」だったりと・・・歴史を感じます。多くのチームが消えています。(または名前を変えて)

 この日の日記には、

「前半、防戦一方のラブリーレディース。もうあかんなあと思ったところへ、長峯、半田の2連発!!」

 確かに記録を見るとこの日の試合は、半田悦子選手、長峯かおり選手の2発でマーキュリーを粉砕しています。

 このときの長峯かおり選手がとてつもなくすごい選手だということを思い出し、今日震えました・・・

 その続きは、明日・・・

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 そんな訳で、清水第八のおふぃしゃるで思い切り、

   「あこさんまつり」

の模様をさらされしまった今日この頃、みな様いかがお過ごしでせうか??またしても、

 「しっかりと顔が映っております!!」

 で、先日から言っていた「オークションで手に入れた逸品」を公開いたします。お待たせいたしました!!(多分、待ってないと思う・・・)

 伝説のチーム、鈴与清水ラブリーレディースの「1997年ユニフォーム」ですよ、旦那!!

 昨日手にしたとき、10年ものにも関わらず、状態が良いのにまず感動!!自分が普通に有料でラブリーの試合を見ていたのは1996年のことなので、1年遅れのものですが、

「Kappaではなく、PUMAである」

ことに価値があります。しじめさんですら、「Kappa時代しか知らない」と言っていましたから…

 時はまだ、

     「半田&木岡&泉」

のアトランタ3羽ガラスの時代です。背番号「5」ということで調べてみたのですが、

試合登録はなかったエスベビット選手らしい

ことが判明しました。(すみません、覚えてません・・・)当時背番号4の神谷朱美選手はお母様に仕事で大変お世話になっていたのですが・・・

 しかし、これはラブリーレディースを知る人間にとっては「お宝」以外の何ものでもありません。送料など込みでも安すぎる買い物でした!!

 更に「Lリーグ」のエンブレムが肩に輝いている!!第八のユニにむしろ付け替えたいくらいだ!!

 さあ、あとはこれにラブリーOGの方のサインを・・・・特に杉山育代さま、大ファンでした!!

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 1995年の12月、「サッカーマガジン」を眺めていたらちょうど、日本平で鈴与の試合があることを知った。当時サッカー写真を撮っていた自分は練習にもなるだろうと思い、観戦に出かけた。これがラブリーにはまったきっかけだった。

 いい加減なことは書けないのでいろいろ資料を探したけれど、当時の選手紹介パンフレットもなくなってしまい、記憶だけで書いているのですが、この時衝撃だったのはDF神谷選手の放ったスーパーシュートだった。
 右サイドのハーフウェイラインギリギリの所(日本平で選手が入場する辺りです)から放たれた神谷選手のシュートはぐんぐんと伸びていき、そのままゴールに突き刺さった・・・

「女子のサッカーでこんなスーパーシュートがあるのか・・・」

と唖然としたのを覚えている。ちなみにこの神谷選手のお母様には仕事で大変お世話になりました。

 当時のスタジアムは、鈴与という企業のチームのため、動員もあったと思うけれど、応援団もサンバ隊が出ていてかなりにぎやかだった。たまたま大学時代にバイトでお世話になった方がラブリーの選手と懇意にしているということで、

「もっと試合を見に来なさい」

と言われたのも覚えている。当時は「Lリーグのテーマ曲」が会場に流れ、各チームのテーマソングもあったように記憶している。

 そうして迎えた1996年のシーズン、開幕戦は草薙の球技場。相手は今王者のTASAKIだった。この試合はPKまでもつれ込んだのだけれど、写真の木岡二葉選手のカモシカのようなしなやかな動きは印象に残った。木岡・半田・泉のアトランタオリンピック出場選手たちも油が乗り切っていて、当時清水の女子サッカーは確実に日本をリードしていたと思うのだ。

 現在ラブリーの練習場だったグラウンドはエスパルスの育成グラウンドとなり、ユースやJr.ユースの選手たちが汗を流している。しかし、今でもその前を通るとラブリーの選手たちの躍動を懐かしく思い出す。いつか、清水第八の選手たちが再び女子サッカーをリードすることを同時に夢見ながら・・・

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 もう忘れ去られているかもしれない。Lリーグの伝説の強豪チーム「鈴与清水ラブリーレディース」エスパルスサポーターとして忘れてはいけないことは、

 「エスパルスの存続のために犠牲となり消滅したチームである」

ことだ。名前の通り、鈴与の企業チーム。エスパルスが新運営会社に移る段階でラブリーレディースは解散を余儀なくされた。しかし、アトランタオリンピックに半田悦子、木岡二葉、泉美幸の3人を代表として送り出し、現在も名門であるヴェレーザと激しい闘いを繰り広げた伝説のチーム。そろそろ消滅から10年近くになろうとしている。

 僕が女子サッカーにのめり込んだのは清水のもう一つのチーム、ラブリーの試合に一時期通っていたからだ。しかも、当時有料だったLリーグに正規の料金を払って観戦していたのだ。(そのことを話したら、あり得ないって言われたが)今では珍しいが、外国人の実力派選手もおり、見ていて楽しいサッカーをするチームだった。

 初めて見たのは1995年の最終節。日本平スタジアムでダブルスコアの試合も初めて見た。それから何度か通ったが、

「ラブリーが負けたところを見たことがない」

のです。ちなみに、今は清水第八が「勝ったところをまだ見てない」のですが・・・

 写真は当時のエース、日本代表半田悦子選手(自分で撮りました)このラブリーとの思い出を少し書きたいと思います。(忘れてしまわないうちに)それは清水が大切なサッカー遺産を失ったという歴史の1つでもあります。

 今はL2に清水第八が頑張っていますが、ラブリーレディースのことを忘れないでいて欲しいという願いを込めて・・・

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