ラジオ好きの部屋

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ビートたけし、中島みゆきという2大巨匠のオールナイトニッポンの洗礼を受けてしまった自分は、他の曜日も聴いてみたくなる訳です。

火曜日には所ジョージがいて、水曜日にはタモリがいて、金曜日には吉田拓郎、そして土曜日には笑福亭鶴光がいて・・・

テレビでは知っている大物がラジオではなんだか面白いことをやっている。

タモリのオールナイトニッポンで手えびニュースを継ぎ足して変なニュースにしちゃったり、久米明の物まねで朴訥な朗読をしたり、まだ「笑っていいとも」が始まる前の話。

そして「鶴光の土曜日」の下ネタの洗礼

後で聴いた話ですが、中学の同級生が葉書を必死に出していたことをある日自慢げに話していて感動したのを覚えております。

他にも、欽ドンでおなじみだった山口良一さんのプロレス話が楽しみだった山口良一のオールナイトニッポン

景山民夫とのコンビが怪しくて、後にヤンパラで天下をとる三宅裕二も出ていた「高橋幸弘のオールナイトニッポン」

「この人はコメディアンじゃないのか???」と真面目に思った「坂崎幸之助のオールナイトニッポン」

いやあ、面白い大人いっぱいいたんだな・・・

で、自分はある日気がつきます。3時にラジオを消して寝ようとする後にも何か番組がやっている。

「オールナイトニッポン2部の存在」に気がついてしまいました。

※ちなみに地元SBSでは「歌うヘッドライト」当時から自分はニッポン放送で聴いていたのです。

ここでは初めて聴く名前が多かったなあ・・・

永井龍雲、阿呆鳥、伊丹哲也・・・その中で一つだけ異色の番組がありました。

ただ、洋楽がずっと流れている不思議な番組。「オールナイトニッポン」=「トーク番組」という先入観があっただけに、その番組の存在感はよく覚えています。

そう、伝説のDJ、糸居五郎さんです。

イメージ 1

そのことがわかったのはもう亡くなってから随分経ってからの話。

糸居五郎さんのドキュメント番組で改めてその人柄を知ったのは、亡くなられて15年近くたったときのこと。

さて、ここまで来て思ったのがこの話の続きは、前に谷山浩子さんオールナイトニッポンのことを書いたときに直結します。 

順番間違えたっぽい感がありますが、よかったらこちらも見ていただけると喜びます。
                ↓
いよいよAMラジオとの初遭遇となるのですが、

自分が中学に入りたての頃にMANZAIブームというものがありました。

ツービート、B&B、のりお・よしお、紳助・竜介などなどの漫才に夢中になり、お笑いに関してはドリフターズよりも漫才を見ている方が楽しい。

そんな中、深夜にビートたけしがラジオを始めたと

夜中の1時なんて、中学生には大人すぎる時間・・・

好奇心に駆られて初めてのオールナイトニッポン、木曜日の1時を目指して必死に目を覚ましていました。

その間、初めてのニッポン放送、いろんな番組があったのですね。

「日立ミュージック・イン・ハイフォニック」「コッキーポップ」「ザ・パンチ・パンチ・パンチ」などなど

眠気に負けて1時にたどり着けなかったことも何度もありますが、初めて「ビートたけしのオールナイトニッポン」までたどり着いたときはうれしかったです。ただ、

早口で何を言ってるのかがよくわからない・・・

ここでは「面白いことを話しているんだ」と思いながらも、わかりやすい「村田英雄のコーナー「「ガッツ石松コーナー」などの伝説のコーナーに笑っていたような記憶です、はい。

そうしてもう一人、この頃流行っていた「ひとり上手」の中島みゆきさんもオールナイトニッポンをやっているらしいということを知る。

同じく、必死に眠気と闘いながらたどり着いた月曜日の1時・・・

えっ???イメージとぜんぜん違うんですけれど???

聞こえてきたのは女性のバカ笑い・・・そう、歌のイメージとはかけ離れたラジオの中島みゆきさん。きっと誰もが戸惑ったであろうあの馬鹿笑い。

週に何度も夜更かしすることはできない中、中3の頃までは月曜日か木曜日のどちらかを聴いておりました。

もちろん途中で寝落ちした回数も数え切れず。

「オールナイトニッポン」と出会ったことで、夜更かしを覚え、授業中に寝てしまうという悪い生活習慣を身に着けてしまったのも間違いないです、はい。。。。。。

その内にはがきなんかを書いてしまったりもしますが、もちろん読まれることなどない訳で、

こういう番組で葉書を読まれるって凄いことなんだなあ。

とただただ思っていた中学1年生の話でございました。
中学1年生のときにYMOに出会ってしまったことで人生変わりました。

「TECHNOPOLIS」「ライディーン」のシングル盤を買って聴きまくり、中学校の昼の放送で「スネークマンショー」が流れるて笑い転げる。なんか新しい世界が見えてきたような感じでした。

ただ、レコードを買い集めるには小遣いはとぼしい・・・

そんな中、眠っていたラジオでずっと音楽が聴けることを中坊は知りました。

そう、それがFMとの出会いです。

で、FMの番組で何が流れるのかを教えてくれる雑誌があるらしいことも知ります。

そうして近所の書店でなんとなく「FMレコパル」を手に取るわけです。

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なぜ「FMレコパル」だったのか???は多分、小学館から出ていて、少年サンデー等に広告が出ていたため親しみやすかったのだろうと思います。

※マンガも載ってたし・・・

それで中1の夏休みはYMO特集があることを知り、そこからティン・パン・アレーやサディスティック・ミカ・バンド、はっぴいえんどまで遡りました。

海援隊やゴダイゴなんかのLIVEの放送もカセットテープを準備して録音したし、

映画音楽の番組があることを知り、「夜のスクリーンミュージック」を聴いてみたり、

意味はわかっていたとは思いません。音楽を聴くことで大人ぶりたかったんだろうと思いますが、それまでにない生活の中にラジオが入ってきたのは多分この時期のこういう体験があったと思います。

その内に、土曜日の午後に各地域でやっていた、「リクエストアワー」「夕べのひととき」なんかのリクエスト番組でかかる曲をカセットテープに録音してお気に入りのカセットをつくるという、だいたい誰もが通ってくる道を通り始めました。

ただ、最大の難関は静岡にはFM局はNHKしかなかったことです!!!

雑誌には「FM東京」「FM愛知」と言った局名があるものの、チューニングしても雑音しか入らない。たまにNHKの愛知の電波が入って喜ぶくらい。

FM静岡の開局まではまだ2年待たなければなりませんでした。

そんな中でもお気に入りの番組を聴きながら「形だけでも勉強する」ようになったんですが、未だに続く「ながら」の習性も中1で目覚めてしまったようです・・・・

そんな中、NHK FMで、「サウンドストリート」という番組を聴くようになりました。

これはいろんな意味で教科書みたいな番組。松任谷正隆、烏丸せつ子、渋谷陽一なんていう名前はここで初めて知りました。


この番組で自分が中2になると同時に月曜日に佐野元春、火曜日に坂本龍一がDJになります。


特に松任谷正隆さんが、「来週からは彼にDJをやってもらいます」と言って、佐野元春が登場し、「アンジェリーナ」が鳴り響いたときには余りにもカッコよすぎて卒倒しそうに・・・


NHKだけだったとはいえ、FMから流れる音楽が楽しい。


そうしているうちに自分はとうとうAMの波に飛び込むことになります。


小学生の頃、自分はラジオというものにまったく無知でした。

少なくとも我が家にはラジオはなかった。

そんな環境の子供がふと「ラジオという機械」に興味を持ち出したのは、学校帰りの文房具屋のショーウィンドウにキラキラかがやくように置かれている

「ラジオ制作キット」

でした。プラモデルですらまもともに作れなかった小学生の自分でしたが、「よくわからないけれどものすごいものなんだろう」という気持ちをラジオに対して持ったようです。

「ラジオってすごいんだ。ラジオってカッコいい機械なんだ」

そんな気持ちを加速させたのが近所の電気屋でもらってきたラジオのカタログです。


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後で知る歴史ですが、当時はBCLブームでごつごつしたカッコいいラジオが少年の憧れだった時代(らしい)、ヒーローものの特撮に出てくるようなカッコいい機会に単純に憧れたようです。

「ラジオが欲しい」

そんなとんちんかんなことを子供が言い出したところで、親はちゃんとそんなことが戯言であることは知っています。もちろん答えは「NO」

ただ、当時、謎グッズを販売していることで知られる

「王様のアイディア」
      ↓

で小さなキーホルダーがついたラジオを買ってもらったことが大事件。

特別何かラジオ局を受信した覚えはないのですが、ザーザー音が聞こえるだけで自分は楽しかったらしい。  
  →改めて思いますが、自分は相当「ヤバイ子供」だったと思います、はい。

そんな状態でますますラジオへの憧れはつのるばかり。

結局、小学校5,6年生くらいのときに1台のラジカセを買ってもらったことで一応、ひと段落。

兄がNHKラジオの語学講座を始めたいと言ったことに便乗して買ってもらったのかもしれない。

どこのメーカーのどんなものかはまったく覚えていないのですが、普通のモノラルラジカセでした。

自分はポケットサイズのラジオのようなものを予想していたので「ラジカセ」に若干失望したような気持ちがあったのは覚えてます。

今思うと真面目に「お前何様だよ??」って感じですけれど。

買ってもらったラジカセで自分もよくわからない語学講座を聴いてみる。わかんない・・・

結局、そのラジカセは小学校を卒業するまでときどきカセットテープを使うくらいで、本来の目的をすっかりと忘れ去られたままになっていたのですが、中学1年生になったばかりのとき、

YMOと出会ったことで一気に音楽にはまり出したこと

で、このラジカセは大活躍をすることになります。

とラジオとの出会いっていつなんだろうか???

別に家がラジオを聴いていたわけでもなく、兄弟4人いてもラジオばかり聴いている自分は、相当の変わり者のようです。

ふと思うんですが、今くらい生活がラジオを中心に回りだすようになるなんてことは思いませんでしたよ。

子供の頃はテレビっ子で、それこそ普通にドリフターズや「ウルトラマン」「仮面ライダー」みたいな特撮や「宇宙戦艦ヤマト」をはじめアニメーションに夢中でした。

両親共働きでしたから、1つ上の兄とテレビの前で過ごすことは当たり前に風景。

そんな中、「ザ・ベストテン」が始まり、毎週の順位が気になるようになりました。

気になったのは「各局のベスト10」チャートが反映されるというシステム。

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当時、静岡新聞には「今週の歌謡ベストテンランキング」が毎週掲載されており、

「ラジオでもベストテンが聴けるんだ!?」

ということを初めて知ったのでした。

そして、日曜日の「SBS歌謡ベストテン」を家の車のカーラジオの中でドキドキしながら聴きました。

「今週の第1位はサザンオールスターズの『いとしのエリー』です♪♪♪」

上原孝男アナウンサー(だったはず)の声で発表されたこの週の1位を曲を聴いて子供の頃の自分は大きな勘違いをしていたことに気がつきました。


テレビのベストテンみたいに歌手が歌うんじゃないんだ・・・


「ザ・ベストテンがラジオ放送されている」

そんな番組を勝手に思い描いていたため、レコードでかかるサザンの曲を聴きながら「なんか思ってたのと違う感」を強く感じながら、ラジオとの第1次遭遇を終えた、多分小学校4,5年生の頃の自分でございました。

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