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17日(月)祝日である今日は3連休3日目だった。
昨日の御通夜から帰ってたのは、21:00過ぎぐらいだった。
大勢の懐かしい先生、先輩、後輩に会えて久々にゆっくり話せたのは嬉しかった。しかし、休みなく
動いていた体には疲労がどっぷりとのしかかっていた。
明日のために早く寝よう。。。そう思ってもなぜか森先生との思い出ばかり考えてしまいスムーズに
寝ることはできなかった。
17日(月)は、あいにくの雨模様。この日も受付をする為、斎場入りは9:00。
8時すぎには雨がかなり酷くなってどしゃぶりだったが、式が始まる頃には小雨程度になっていた。
昨日参列した人を含め、昨日これなかった大勢の人が弔問に訪れていた。
私が16歳の頃教えていた生徒も15年ぶりぐらいに顔を見せていた。
「ずいぶん大きくなったなぁぁ。最後に会ったのは彼女が小学校6年生の頃だったな。」
みな大人の顔をしていた。
そして ロシアバレエアカデミーに留学していた生徒(男)も参列していた。
丁度帰ってきていたらしい。
その彼を見て、代表の新井先生(喪主)も、「ずいぶん たくましくりっぱになったなぁぁぁ」とでも
会話しているようなまなざしで見つめていた。
新井先生が、お焼香する人に向かって挨拶をする。
そんな新井先生の姿は、なぜかとても小さく感じた。
今年の5月にお会いしてもそうは感じなかったのだが。。。
最後森利子先生に献花する時間がきた。
先生は、白いロマンチックチュチュにまとわれていた。そして、多くの生徒が書いた手紙、献花は、
菊などではない白いバラと淡いピンクのバラ、カサブランカにかすみ草。先生にぴったりな素敵な
綺麗なものに囲まれていた。
喪主の挨拶となった時 新井先生の声を聞こうと大勢の生徒他参列者が近くに集まり、静かにその声に
耳を傾けた。
「ぼくはこういう席では前にたって露出することがなかった。全て森先生だった。なにか言おうと
すると声がでなくなってしまう・・・。
森利子 74歳 1人のバレリーナの幕が閉じます。そのバレリーナの最後の舞台を皆拍手で
称えよう。」
大きな拍手が巻き起こった。
私は思わず「ブラーボ」と叫んだ。
バレエでは最大の賞賛なのだ。場にはふさわしくないが自然と出てしまった。
先生の舞台には必ず出演していた為、先生の舞台に向かってこう声をかけれたことがなかった。
見送る時も生徒から 先生に習ったフランス語で 小さな生徒達が
「メルシー 森先生 メルシー」
という声が聞こえる。
素敵な舞台だった。
森利子先生の若い頃、パートナーを務めていた新井先生。人生のパートナーとして2人でこの森利子
バレエ団を大きくしてきた。先生のまいた種は1つ1つ大きな花をさかせていった。
芸能界、劇団四季、宝塚、バレリーナ、バレエの先生、ダンスの先生、・・・など。主婦になり母になっ
た人もいるし、子供をまたバレエに通わせている人もいる。
生徒は色々な成長を遂げた。
先生は、いつもバレリーナを育てる前に1人の女性として魅力ある女性を育てようとしていた。
その為に、立ち振る舞いから言葉遣い全てのことをバレエを通じて私たち生徒に教えてくれた。
私たちは、どの他のバレエ団にもどのバレリーナにも教われないとっても素敵なことを沢山教えて
もらった。
最後に全ての式が終わり近い人たちだけ残って昼食を取っていたときのこと。
先生とのエピソードをいくつかの人に話ししてもらいましょうということになった。
そして沢山の素敵な話が聞けた。
一番心に残ったのは、一番弟子の恵先生がいった一言。
「先生が巻いた素敵な種を1つ1つ大切に育てて行きたいと思っています」
先生の本当に素敵な最後だった。
私も先生みたいな最後を迎えたいと思った。。。
そしてすぐにでも森バレエ団の為になにかできることはとことん恩返ししていこうと思う。
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先生の舞台は本当に素敵でした。先生の教えてくださったことは心にいつまでも残ると思います。
2006/7/18(火) 午後 6:34
追伸
新井先生にも会いたいですね。
今も元気にしてらっしゃいますでしょうか?
部屋に来てる頃はバイクに乗って来て格好良かったですね(^-^)
2016/5/19(木) 午後 9:24 [ - ]