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しかし、日本と沖縄の基地は、国際情勢の変化の中で、朝鮮半島や台湾、インドシナ半島などの出撃拠点として強化されていきます。 全て日本の責任 51年9月に署名された旧日米安保条約は第1条で米軍の「駐留権」だけを明記。「日本防衛」は一言も入っていませんでした。その後、60年1月に改定された安保条約は「日本と極東の平和と安全」のために米軍が基地を使用する(第6条)としました。全国での反基地闘争の高揚を受けてのものです。 ところが、そのまやかしが、「日本防衛のための基地は一つもない」という米国防総省の文書(1面報道)で明らかになりました。同様の認識は、70年1月26日の米上院外交軍事委員会の秘密会(サイミントン委員会)でジョンソン国務副次官が「われわれには、日本の通常型防衛に関するいかなる地上・航空戦力もない。それ(防衛)は完全に日本の責任である」と発言したことにも示されています。 “沖縄は掃きだめ” 日本本土と切り離され、米軍の全面支配下にあった沖縄にいたっては、米軍は「必要だから」といって住民の土地を「銃剣とブルドーザー」で次々と奪い、基地を拡張しました。 しかし、沖縄住民の抵抗も強まります。これに関して1面報道の文書はこう明記しています。「『金の流出問題』(財政問題)とは別に、基地使用に関する将来の政治的複雑性は、琉球(沖縄)を日本や東南アジアからの部隊移転のための『収容所』としてみなすことができづらくする」 つまり、これまで米軍は沖縄を基地や部隊の「収容所」=“掃きだめ”として使ってきたものの、住民の抵抗で難しくなったから米本土に引き揚げよう、というものです。 文書は、普天間基地(宜野湾市)を閉鎖候補にあげています。同基地の固定兵力は68年当時で339人しかおらず、大半を米本土からローテーション(交代)で駐留させ、ベトナムに出撃していました。これらを米本土にそのまま戻せば、普天間を維持する必要はない、というものです。 しかし、米海兵隊を管轄する米海軍省は当初から、普天間などを閉鎖すれば「西太平洋での将来の紛争対処能力を減らす」(68年10月23日付文書)などと抵抗しました。 政治の堕落だ 結果的に、普天間基地は閉鎖されず、他の基地からの部隊や米本土からの交代配備が維持され、ベトナム戦争前より強化され、「世界一危険な基地」になり、今日まで居座っています。 今日、海兵隊を含む在日米軍は、東南アジアどころか地球規模の遠征部隊に変容しており、ますます「日本防衛」とは無縁の存在になっています。 徹頭徹尾、米側の都合で押し付けられてきたこれらの基地のどこが、「抑止力」なのでしょうか。普天間基地を返してほしければ代わりの基地(名護市辺野古の新基地)を差し出せというのは政治の堕落だ―。翁長雄志知事が安倍晋三首相に突きつけた言葉は極めて重いと言わなければなりません。 (竹下岳) 「しんぶん赤旗」2015年7月3日(金)より
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初めまして、ZEROと申します。
「殆ど生まれながらの右翼」たる私にとって、赤旗の記事が「難解」なのは、デフォルト状態ではありますが、これはまたひときわ難解な記事ですな。
仮に記事の通り日本の米軍基地が米軍世界遠征部隊の一時的駐屯地だとして、直接日本の防衛に携わらないとしても、「抑止力にならない」という断言にはつながりますまい。
「日本に仕掛ける戦争に米軍を巻き込む可能性があり、それは対米戦争につながる可能性がある」以上、「日本に対する戦争の抑止力になる」事は、私のような「異教徒」には、「殆ど自明」なんですがねぇ。
抑止力として働きさえすれば、我が国を直接防衛するか否かは二義的な話。核抑止力とは、正にそういう力でしょうに。
2015/7/8(水) 午後 10:29 [ ZERO ]