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子どもたちとの交流後、この小学校の責任者であるコンスエロ先生(下)からお話を聞きました。 コスタリカは、ニカラグアからの難民を受け入れ、この地域を提供しました。 コスタリカには、400万人が住んでいますが、100万人がニカラグアなどの移民、100万人が難民だそうです。 国自体がそんなに豊ではないのに、「来る者は拒まず」という姿勢に感心します。 その底辺には、コスタリカ国民に「コスタリカの良い所を普及したい。知って欲しい」という意識があるといわれています。 バラックの「ほったて小屋」からまともな家に住み着いても、正式な居住者となれず正社員に採用されない人もいるなど、多くが貧困層で、ドラッグ、犯罪のグループもいる不安定な地域だそうです。 先の懇談の中で、チャコン弁護士が、「え!ラ・カルピオ地区に行くの?大丈夫ですか?」と心配したほどです。 でも、子どもたちは元気で明るい子ばかりです。 コスタリカで生まれたニカラグア人の子どもはコスタリカ国籍となるため、この地区で小学校に入らなければならない子どもは、現在、約2000人で年々増えていると言います。 学校施設や教師が足らず、最近増えた子は、遠く離れた学校にバス5台で通い、通学のための経費の大半は親の負担となるそうです。 (つづく)
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08年コスタリカ訪問記
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教室内での交流は、思い出に残る、ホントに楽しいものでした。 まず、折り紙をいっしょに折りました。 なかなか、みんな器用です。 「やっこさん」は、できたのですが、できあがっても反応はイマイチでした…。 ここが頭でここが足と言っても、無理だとわかりました。 コスタリカには、半被もないし、「やっこさん」も知らないので、ピンと来なかったようです。 日本の子どもたちも「やっこさん」といってもわからないかもしれませんが…。 ところが、新聞紙で作ったパーンと音の鳴る「紙鉄砲」は大人気! みな夢中になりました。 新聞紙を配ったときから奪い合いのようになりましたから、私は「貧しくて新聞をとっていないので新聞紙が珍しのかな」とも思いました。 私たちは「ふるさと」と「コスタリカ国歌」も歌いました。 コスタリカ国歌の歌詞は、私がつけました。 実は、コスタリカに行く前、本に載っていたコスタリカ国歌の楽譜とその直訳を見てひらめいたのです。 小学校でコスタリカ国歌を歌ったら「うける」かもしれない! メロディーはピアニストの友人に頼んで日本で録音してきました。 そして、当日、移動するバスの中で楽譜を配り、マイクで伴奏を流しながらみんなで練習したのです。 練習中のマイクロバス(貸し切り)では、運転手さんがたいへん喜び、一緒に歌ってくれました。 もちらん、彼はスペイン語ですが。 生徒たちは私たちの歌に合わせ、チョット小さな声で歌ってくれ、歌い終わると盛大な拍手と笑顔があったのでホットしました。 その後も、「写真を撮って!」「私一人だけで撮って!」と生徒たちは大騒ぎでした。 (つづく)
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チャコン弁護士との懇談のあと、向かったのは小学校でした。 今回、私たちのツアーが訪れた学校は、コスタリカの一般的な学校とは違っていました。 ですから、この報告がコスタリカの共通する教育現場だと思わないでください。 私たちが訪れた小学校は、ニカラグアからの移民が多く住むラ・カルピオ地区にある小学校です。 目的地に向かうマイクロバスが、ラ・カルピオ地区に入ると異様な雰囲気を感じました。 私たちが学校に着いたのは、午後4時過ぎで、2番目の学級と3番目の学級の交替の時でした。 なぜ、3交替なのかというと、対象児童は2000人ほどいるのに校舎も教師も足らないため、3交替で勉強しているとのことです。 対象となるすべての子どもたちが学べている状況ではないようです。 幼稚園を利用した小学校のため、校庭はほとんどなく校舎も小さかったです。 学校はオリのような鉄格子で囲まれ、子どもたちの下校を待つ親たちが門の所で待っていました。 はじめは、私たちも緊張しました。 でも、下校する児童たちが、にぎやかに教室から出てくると雰囲気が変わりました。 「写真とって!」「写真とって!」と大騒ぎになりました。 写真を撮ってもいいことを事前に確認していたので、子どもたちのいろいろな表情をとることが出来ました。 子どもたちは笑顔でポーズをとります。 デジカメなので撮った写真を見せてあげると大喜びでした。 児童が帰るときは、教師が一人ひとり名前を確認して親に引き渡しています。 子どもたちの明るい笑顔を見ると緊張もほぐれました。 すでにこの時から、子どもたちとの交流は盛り上がっていました。 (つづく)
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2004年、コスタリカの最高裁判所憲法法廷で「パチェコ大統領がイラク戦争を支持するのは憲法違反」という判決が出されました。 最高裁判所訪問の次は、その原告の一人であるドゥニア・チャコン弁護士との懇談でした。 実は、この「イラク戦争を支持した大統領への違憲訴訟」について日本では、ロベルト・サモラ君という学生たった一人が訴訟を起こしたような報道がされました。 私もてっきりそう思っていて、チャコン弁護士は、そのサモラ君の弁護士だと勘違いしていました。 ところが、話を聞いてみると、違憲訴訟は、いろいろな団体、個人が起こしたそうです。 チャコン弁護士は、「コスタリカ国民は戦争を嫌う国民だ。イラク戦争を許せなかった」「私たち弁護士会の方がサモラ君より早かった」と言いました。 私(志村)が「日本のようにコスタリカでも、平和憲法を変えようと言う動きはありませんか?」と聞きましたが、そのような動きはないそうです。 また、チャコン弁護士は、「裁判官は国会で選ばれるので、政治家が選ぶやり方を変えたい」とも言いました。 感心するのは、親米政権であるコスタリカの大統領が、「違憲」と判断されたら、それに従ったと言うことです。 今年、日本でも名古屋高裁で「イラクへの自衛隊派遣」に対する違憲判決が出ましたが、政府は無視をしています。 コスタリカと同じように親米で平和憲法を持ちながら、全国はもとより首都東京にまで米軍基地を置き、5兆円の軍事費を費やし自衛隊(軍隊)を米軍の戦略に沿って海外派兵している日本。 国民の反対の声を無視して憲法を改悪しようとしている政府、そして多くの国会議員。 世界で軍事同盟から非同盟の平和の流れが広がる今こそ、アメリカの世界戦略の重要な役割を担う日米安保条約(軍事同盟)をやめ、新しい日米関係、日本とアメリカの対等平等関係を構築することが世界平和にとっても重要だとつくづく思いました。 (つづく)
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最高裁判所憲法法廷を訪問した話から、テーマは「軍隊を持たないコスタリカとアメリカとの関係」そして「コスタリカと中南米諸国との比較」など、帰国後の検証に広がりました。 最高裁判所でのアルバラード副裁判官との懇談に戻ります。 憲法裁判所が、小学生も提訴できるという気軽さを持っており、国民に開かれた場所であることもお伝えしました。 「再審請求」が出来ないと言うことでしたので、私が「再審も必要ではないのか」と質問をしたら、アルバラード氏が「なぜ?」という不思議な顔をしたことも「連載2」に書きました。 質疑応答のなかで分かったことは、「憲法違反」かどうかを裁く憲法裁判所では、「違憲判決」は「司法新聞」やインターネット等のメディアに載せて公開しているということでした。 ただし、個人の場合は非公開だそうです。 憲法裁判所の判決を受けた事件の内容によっては、民事裁判や刑事裁判が行われるということです。 「連載2」で紹介したように、憲法が国民の暮らしに根付いているため、1年間で約1万6000件もの提訴を受けつけるというのですから、裁判所で働く方たちはたいへん忙しことでしょう。 私(志村)は、アルバラード氏に、「大変忙しいでしょう」と聞いたところ、彼は「働く時間は長いです」と答えました。 私が「コスタリカの憲法58条には、『労働は一日8時間、週48時間を超えてはならない』と書いてあるのですから『憲法違反』ではないのですか?」と冗談半分で尋ねたところ、アルバラード氏は、赤くなって笑いながら「仕事が好きだから」と答えました。 憲法にたずさわる彼の「誇り」を強く感じ、好感が持てました。 私たちは、裁判所を後にして、コスタリカ弁護士会の理事に会いに行きました。 (つづく)
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