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長く暑かった季節がようやく終わりました。夜半に思わぬ涼しさで目覚め、布団をかぶることもあります▼東日本大震災の被災地では駆け足で秋が過ぎれば2度目の厳しい冬を迎えます。仮設住宅の風呂に追いだき機能を追加する作業は間に合うのでしょうか。住民と共産党の国会・地方議員団が国に何度も求めてきたことです▼厚生労働省がこれを国庫負担の対象にすると被災自治体に通知したのは今年4月。遅すぎます。温かい風呂に入りたいというのは当然の要求です。最初から整えるべき機能でした▼復興予算の使途が問題になっています。自衛隊の輸送機8機440億円、公安調査庁の車両購入費、被災地以外の道路建設費、電気自動車の燃料電池開発への補助金まで計上されています。これがなぜ復興予算なのか。追いだき機能の追加費用は150億〜200億円です▼官僚が予算を食い物にしているだけではありません。「そうしたお金があるんだったら風呂の方に回すべきだという意見もありますが、YS11も重要です」。自衛隊の輸送機購入を国会で追及した共産党の佐々木憲昭衆院議員にそう答えたのは安住淳財務相です。YS11は老朽化したという輸送機です▼震災1年半を前に本紙が行った被災者実態調査では76%の人が「自宅再建の展望がない」、74%が「生業(なりわい)再建が進まない、めどが立たない」と答えました。被災者はそっちのけ。震災対策にかこつけて無関係な事業に熱を上げる民主党政権が復興を遅らせています。 |
きょうの潮流
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先ごろ、東京・八王子市の日刊紙配達員激励会に参加する機会がありました。もちろん、「しんぶん赤旗」の日刊紙です▼悪政退治の黄門さま一行が全国を巡る寸劇あり、“日刊紙配達員の歌”とよんで「夜明けのうた」の大合唱あり…。「やはり雨の日はきつい」「ランニング配達で足腰をきたえています」。配達の体験談に、盛んな拍手が送られました▼読者の「配達員へのメッセージ」も紹介されました。「毎朝、郵便受けから『しんぶん赤旗』を取り出すとき、心の中で『ご苦労さま』とあいさつし、頭を下げています」▼「皆様ひとりひとりが日本共産党の輝かしい歴史を作ってきたのではないでしょうか? くれぐれもお体を大切に」。「『赤旗』を読むと、目の前の霧がサーッと晴れるようです」。原発報道に期待するメッセージもありました▼「世界で唯一、原爆被害にあった国、日本。その大きな苦しみの中で『原発反対』を叫ぶ国民を欺くように『安全神話』を流し、箝口(かんこう)令を敷くようにおしすすめた国、東電、保安院。正しいことを正しいと言い続けて下さい」▼読者が告発する原子力安全・保安院はなくなり、原子力規制委員会ができました。その規制委が、赤旗の記者を会見から締め出します。「特定の主義主張を持つ」からといっていたのですから、異論を排する言論弾圧が本音でしょう。そうして再び「安全神話」を流し、報道人を黙らせ原発を推進するのなら、いよいよ本紙は読者の期待を裏切れません。すぐに撤回を。 |
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報道写真家の樋口健二さんが撮った、ある親子3人の記念写真があります。仏壇の前で正座する父と母。息子は、額に入った遺影です▼息子さんは、29歳で亡くなりました。白血病。原発の下請け会社で働き、放射線をたくさんあびていました。会社は、彼の放射線管理手帳を書き換えていました。あびた放射線量は「0」と▼お父さんは自衛隊の関係者で、“国の仕事だから原発は安全”と思っていたようです。お母さんも、「もう嫌だ」という息子さんをなだめ、仕事を続けさせました。「こんなに危険な仕事だと知っていれば…」。なげき続けるお母さん(学習の友社『「最先端技術の粋をつくした原発」を支える労働』から)▼06年。日本共産党の吉井英勝衆院議員は、政府に質問主意書を出しました。地震や津波で原発の電源がすべて失われる危険に、警告を発したのです。「考えられない」、「安全の確保に万全を期している」と答えた人は、「内閣総理大臣 安倍晋三」でした▼昨年3月、福島で電源すべてが失われる原発事故がおこりました。労働者が、命がけで後始末にあたっています。しかし、自民党の総裁に返り咲いた安倍氏は語ります。原発を推進して「間違いがなかった」、再稼働は「必要」…▼労働者や住民の犠牲の上に成り立つ原発。安倍氏には、当然の犠牲かもしれません。「誰かが命をかけないと(日本を)守れない」という人ですから。かつて日本を破滅させた、“国のために命をささげよ”の思想よ再び、です。 |

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相撲界を「角界」ともいいます。相撲を「角力」と書き表していた大正時代までの名残です▼古代中国で、相撲は「角觝」や「角力」とよばれました。「かくてい」「かくりき」。日本でも、漢字が伝わってきてから「角力」に「すもう」の読みをあてました。「見ず知らぬ角力にさへもひいきかな」(一茶)▼1909(明治42)年、相撲専用の建物を「国技館」と名づけるとき、決め手になったのはある文人の文章です。「そもそも…角力は日本の国技にして…」。国技といえども、表記は中国の言葉でした▼取っ組み合いの力比べ競技は世界中で生まれ、日本の相撲に似た格闘技も今、15カ国にあります。相撲は、世界とつながる下地を備えていました。しかし大相撲の横綱が、67代の武蔵丸(ハワイ出身)以来4代続けてすべて外国人の時代がくると、かつて誰が予想したでしょう。白鵬と同じモンゴル出身の日馬富士(はるまふじ)が、70代横綱に昇進しました▼「真っ向勝負」「全身全霊」。日馬富士の好きな標語です。闘志あらわに観客をわかせます。時々、負けん気の強さが張り手など荒い技にでて批判をあびました。が、幕内で2番目に軽い体で巨体を倒す気迫の技を、「相撲の醍醐味(だいごみ)」と評す人は多い▼白鵬より一つ年上の28歳。6年前に交通事故で亡くなった父に、「人のためにつくす人間になれ」と常にいわれて育った人は、新横綱の役目も心得ているようです。「みなさんに感動と勇気を与え、相撲をもっと好きになってもらえばいい」と。 |
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