きょうの潮流

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きょうの潮流

 「家は人間の生きる拠(よ)り所」―。東京都美術館で催されている「Arts&Life・生きるための家」展(30日まで)を見て、いろいろ考えさせられました▼「生きるための家」というテーマで若手建築家から公募した、近未来の住まいの入選作を模型で展示しています。募集時期は昨年夏。当然ながら東日本大震災という重い現実を直視した作品が目を引きます▼家とはなにか、鋭く問いかける作品群です。冒頭に紹介した「生きる拠り所」について考察した作品は、説明文で家がいかに大切なものであるかを説き、道路を工夫することで津波に強い街づくりを提案しています▼新しい発想の仮設住宅の提案も。一刻も早く提供できることを考えた、折りたたみ式の住宅です。その作者が定義する仮設とは「失われてしまった生活と、これから再建される生活とをつなぐ住宅」▼震災から1年半を経た現実はどうでしょう。本紙が実施した「被災者300人実態調査」では、仮設住宅について「夏は暑く、冬は寒い」「狭くて壁が薄い」などの声が圧倒的でした。避難生活のストレスで心身を痛めつけられ、被災者の4割が体調不良を訴える異常事態▼新しい住まいへの見通しも暗い。住宅再建が困難と答えた人が76%にのぼります。生きる拠り所となる住まいの再建は、政治の大きな責任のはずです。生活や産業の再建に国の全面支援が引き続き必要と求める被災者が約9割。消費税を上げたり、政争にうつつを抜かしている場合ではないでしょう。


「しんぶん赤旗」2012年9月25日(火)より

きょうの潮流

 日本ろう者劇団の創作劇を見る機会がありました。新解釈の「小次郎×武蔵」。謎の多い佐々木小次郎を主役にすえたところが特徴です▼ある誤解から母を父に殺され、その父を自分が殺すという悲劇を内包した物語。青年・小次郎が心に抱えた闇と孤独は、いかばかりであったか…。小次郎の師匠を演じる渚香織さんは、元日劇のダンサーです。現役時代は指揮の棒や照明、風を頼りに踊り、聞こえないことを仲間にすら伏せていたというから驚きです▼健聴者に合わせて生きてきた渚さん。ろう者劇団に入った11年前は、手話がわからず外国に来たような気持ちだったそうです。でも、みんなが手話で話している不思議な世界を見て、人生観が変わったと。劇団仲間と手話でにぎやかにおしゃべりし、笑い合う姿は生き生きしています▼劇団は32年前に演劇好きのろう者が集まり、東京ろう演劇サークルとして発足しました。その後、黒柳徹子さんと出会い、トット基金の付帯劇団に。87年に芸術祭賞を受賞したこともある手話狂言は、黒柳さんの発案だといいます▼活動の拠点であるトット文化館は、手話が“公用語”です。日本では最近まで手話は法律上、言語として認められていませんでした。ろう教育の現場でも長く手話は排除されてきました。手話を言語と規定した「改正障害者基本法」が全会一致で可決・成立したのは、ほんの1年前のことです▼苦難の末の第一歩。これを絵に描いた餅にしないために。まずは、ろう文化に触れてみては―。


「しんぶん赤旗」2012年9月24日(月)より

 人形のこけしは、江戸時代に東北で生まれました。温泉地のお土産でした。田植えの後や暑さ寒さの盛りに湯治にやってくる、農民が買ってゆきました▼こけしで有名な福島県の温泉地といえば、土湯(つちゆ)です。温泉街の橋の上にも、巨大なこけしが街のシンボルのように立っています。福島市の郊外、磐梯朝日国立公園の一角です▼土湯の公衆浴場の湯の熱いこと。60度の源泉かけ流し。水でうめてはいます。が、入ったとたん、たまらず飛び出し、涼しい顔でつかる地元の人たちに、笑われてしまいました▼いま土湯で、地熱発電所をつくる計画が進行中です。最近まで地熱発電に規制がかかってきた国立公園の特別地域で、初の試みです。従来の方式にくらべて低い温度の湯を使い、蒸気をとりだす、「バイナリー発電」というやり方を採用します。温泉水の熱を利用し、新しい井戸を掘らなくてもすむそうです。蒸気と湯を地下にもどせば温泉も枯れない方法、といいます▼地球という星で、100度以下のところは0・1%にすぎないとみられています。内部の99%は1000度以上。日本列島には世界の活火山の1割が集まっているのですから、地熱への期待は大きい▼土湯は、原発事故のあおりで客が半分に減り、旅館の休廃業も相次ぎました。そこで始まる、原発に頼らない地域づくり。景観や湯脈への影響を確かめつつ、どうすすむでしょう。大地のエネルギーがひそかに乗り移ったような生命力を感じさせる、こけしも見守ります。


「しんぶん赤旗」2012年9月23日(日)きょうの潮流より

 「軍人」「凡人」「変人」。話題をよんだ言葉も、はやってから14年がたちます。当時、自民党の田中真紀子衆院議員が、総裁選に立った3人を評しました▼「凡人」とよばれた小渕恵三氏がまず首相になり、みずから「借金王」と名乗りつつ、病に倒れました。次の次の首相が、「変人」といわれた小泉純一郎氏。国の借金を積み増しした上、格差・貧困をひどくして退きました▼いま、行き詰まって政権の座を明け渡した自民の、総裁選の最中です。田中議員、こんどは5人の候補まとめて評しています。「5人の方々は中国でいえば太子党」「戦争を辞さない勢いの方々だ」▼中国で「太子党」とよばれる人々は、権力をになう幹部の2世です。自民の5候補には、政治家2世はもちろん、3世もいます。「戦争を辞さない勢い」とは、5人が「領土」をめぐり繰り返す、危なっかしい発言をさすのでしょう▼さて、いま民主党の田中議員は、自分の党の代表選で野田佳彦首相を推していました。野田氏は、得点で3分の2の支持を集めて圧勝しました。内閣の支持率が2割台、不人気の首相に次も期待せざるをえないのですから、民主もいよいよ行き詰まってきました▼しかし野田氏、財界の受けはいい。経団連の米倉会長が、再選を歓迎しました。「すぐれた政治リーダーと思う」。消費税の増税。30年後の「原発ゼロ」さえ閣議で決められない腰砕け。野田氏自身は2世の政治家ではありませんが、自民党の遺伝子はしっかり受け継いでいます。


「しんぶん赤旗」2012年9月22日(土)きょうの潮流より

 「昭和三陸津波」が襲った1933年3月。日本共産党のよびかけにこたえ、医師や看護師が岩手の田老村にかけつけます▼義援金と薬を役場に届け、肺炎などが心配な被災者を診る。その最中に弾圧で逮捕された医師は、渡邊宗治。東京の亀有無産者診療所の所長でした▼ことし、亀有の診療所で渡邊医師の先輩だった人の没後80年にあたります。中島辰猪(たつい)。初代の所長です。藤田廣登著『野葡萄(のぶどう)の蔓(つる)』によれば、彼は1904年大分県生まれ。千葉医科大に学び、母にこう語ったといいます▼「金もうけのため勉強するのではない。病院にもいけないような人を助けるためだ」。彼は、志をつらぬきました。東京・墨田の病院に勤めたあと、大学の先輩の熱心な説得に打たれ、青砥(あおと)無産者診療所へ。1931年に亀有の診療所ができると、所長に▼診療の合間をぬって小作争議や工場のストライキの応援にかけつけ、労働者や農民とすぐに打ち解け、患者にもしたわれる中島医師。次いで、小作争議が盛んな千葉県豊住村(いま成田市)の無産者診療所で働きます。官憲が「共産村」とよぶ村で、弾圧とたたかう人々を励ましました▼しかし、重病にかかり、病院でまともな治療をほどこされないまま、苦しみにのたうちながら強制退院させられます。亀有の診療所に移されますが、手遅れでした。29歳のあまりにも若い死。「水乏しき川辺に立ちて野葡萄の蔓を引きたり故里に来て」。彼の歌です。「野葡萄」の花言葉は「人間愛」といいます。


「しんぶん赤旗」2012年9月21日(金)きょうの潮流より


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