きょうの潮流

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 昨年、陸前高田の一本松を探していて迷いました。海の方角にみつけた1本の木をめざし、廃虚の街から歩いたのですが▼近づくと、どうも変です。津波にたえて踏ん張った木には違いないようですが、丸太ん棒みたいで枝がありません。君もがんばったが、一本松はどこに? あ、あれだ! さらに遠くに立っています▼迷ったせいで、余計に深く感じ入ったかもしれません。7万本の松原でただ1本、原形をとどめた松が無言ですべてを語っているようでした。「ひどかったよ」「大丈夫かい?」「ともに立ち上がろう」「3・11を忘れないで」…▼政府や国会にも、語りかけているようにみえました。「確かな復旧、復興で、被災地をよみがえらせて。進み具合をしっかりみているから」。しかし、現実はどうでしょう。復興予算のおかしな使い方が、次々と報じられています▼「日本全体の再生」や「地震対策」の名目で、岐阜のコンタクト工場の設備づくりや沖縄の国道工事に回す。霞ケ関の官庁の耐震工事にあてる。“少しは被災地も訪れるから”と外国の青少年を招く交流事業を復活させ、震災後の「過激派」の動きが心配だといって対策予算をふやす…。一方、被災地の商店街の復興や病院の再建への補助金は、「予算が足りない」とけちります▼保存のため先日切られた一本松も、さぞ悲しかったでしょう。税を納める人も復興国債を買った人も、声をあげていい。「話が違う」「こんな信用ならない政府が、消費税も増税するのだと?」


「しんぶん赤旗」2012年9月15日(土)きょうの潮流より

 ちょうど200年前の9月14日、ナポレオン軍はモスクワに入城しました。しかし、街の大半が火事で焼けます。宿も食料も欠くナポレオン軍は、1カ月あまりで撤退に追い込まれます▼ナポレオンは、自分の宣伝にたけた人でした。戦場での成功を大げさに伝え、失敗は他人のせいにしてしまう。絵、彫刻や硬貨に雄姿を描かせ、自分を伝説にかえる…▼彼は、フランス革命を輸出する戦争で自由・平等の旗手のようにふるまい、国内では自分に反対する新聞の発行を禁じるなど独裁者になりあがります。1804年、皇帝に▼革命の守り手ナポレオンへの期待が裏切られた、作曲家ベートーベンの怒りの言葉が有名です。「彼もまた人間のすべての権利を足元に踏みにじるのか。自分の名誉心にのみ仕えようとするのか。すべての他の者よりも一段高いところに自分を置くだろう」▼ナポレオン後、広く人に伝える手段を利用し自分を一段高いところの大物のように宣伝する、独裁者ゆずりの政治家が相次いで登場します。「日本維新の会」の橋下大阪市長も、その末端の一人でしょう。過激な発言を絶やさない。テレビ・新聞がもてはやし、英雄扱いする。“人気”をあてこみ群がる政治家に、政見の踏み絵をふませ、認めたら仲間にしてやると大物ぶる▼盛んに「民意」を口にしながら、市民から募った意見に「政策は左右されない」と語り、市民に奉仕する職員を市長の下僕にかえる橋下氏。ベートーベンの怒りの言葉は、彼をも撃ちます。


「しんぶん赤旗」2012年9月14日(金)きょうの潮流より

 ことしも、暑い日にゴーヤやアサガオの緑のカーテンに、ずいぶん助けられました。感謝、感謝です▼同じカーテンでも、鉄のカーテンはかつての冷戦時代に東西の分断をあらわした言葉。冷戦のもとでは、ウラニウム・カーテンという言葉も生まれました。アメリカで赤狩りが盛んだったころの話です▼物理学者たちがアメリカで国際会議を開こうとしても、米政府が多くの著名な学者の入国を認めない。“好ましくない人物だから”と。そんなアメリカを、ウラニウム・カーテンと皮肉りました▼ウラニウム・カーテンは、まず米国内にありました。「原爆帝国主義」とよばれたアメリカ。軍・政府や核兵器をつくる企業がむすびついて、科学者や労働者に忠誠を誓わせ、彼らの思想をしばり、行動を監視しました。同様の大学や研究所もありました▼日本を代表する物理学者だった、故坂田昌一がのべています。「科学者は秘密と命令をまもる従順な兵士となることを要求された」。アメリカが原子力を日本に輸出する計画がでてきたとき、「従順な兵士」になるまいと決意したわが国の科学者たちは、「公開」「民主」「自主」の原子力研究3原則を守ろうとします。しかし、科学者もとりこんで、原発の利益共同体「原子力村」ができてしまいました▼さて、新しい原子力規制委員会の人事です。規制する側なのに開発推進の立場の人が中心に。決め方も国会の同意をえないまま。「原子力村」のウラニウム・カーテンがひらひらしています。


「しんぶん赤旗」2012年9月13日(木)きょうの潮流より

 2年前、ある党員の方からお便りをいただきました。近所の80代の読者夫妻が、2日分の「潮流」欄を切り抜いてとっておられ、「書いた記者によろしく」と話していた、というのです▼その2日分の本欄は、かつて尖閣諸島を開拓して事業を営んだ、古賀辰四郎・善次の親子について書いていました。読者夫妻は、善次氏の親類筋にあたる人たちでした▼2人が切り抜いた本欄は、1920年に当時の中国政府から善次氏らに贈られた感謝状も紹介しています。前年、尖閣諸島の沖で中国の漁船が難破しました。31人の乗組員を助け、もてなしたのが、善次氏や石垣島の人々です▼中国の感謝状は、遭難した所を「日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島内」と記していました。中国も尖閣を日本領とみなしていた、証拠の一つです。50年後、古賀氏に縁のある人誰もが驚いたでしょう。だしぬけに中国が、“尖閣は中国領”といいだしたのですから▼諸島は1970年代、古賀氏から人手に渡っています。おもな5島のうち、国有地の大正島以外の4島です。政府は昨日、うち3島を国有化しました。国が借り上げアメリカ軍に提供している久場島(くばしま))を除く、魚釣島、北小島、南小島です▼が、一件落着とはいきません。なおも自分の領土という中国に、確かな証拠や史実にもとづき日本の立場をどう主張してゆくか。“領土問題は存在しない”といって、正論を堂々と伝える外交努力を怠り、あげくに両国民の過激な行動を招いたりすれば、逆効果です。


「しんぶん赤旗」2012年9月12日(水)きょうの潮流より

 この夏、ロンドンにともり続けた聖火が静かに消えました。スポーツを通して、世界がひとつになったオリンピックとパラリンピック。心ときめかせたプレーの数々、あの笑顔や涙がまだ鮮明によみがえります▼発祥の地の大会は盛り上がりました。パラリンピックでは、障害者スポーツを競技として楽しみ、他国の選手も惜しみなくたたえる。大観衆の温かい拍手のなか、男子走り高跳びで自身最高の4位に入った鈴木徹選手は「気持ちよく跳べて楽しかった」▼成熟した大会は選手の力を引き出します。日本の選手団も五輪では史上最多となる38個のメダル、パラリンピックでも前回と並ぶ金メダル5個をつかみとる奮闘ぶりでした▼とはいえ、課題もはっきりとみえます。低迷した競技は指導や強化方法が根本から問われ、国の支援が届かない競技は落ち込んだまま。メダルの総数では大きく減らしたパラリンピックも、世界との差のひろがりを口にする選手は多い▼「人間の可能性の極限を追求する有意義な営み」(スポーツ基本法)として位置づけられているトップスポーツ。選手たちの躍動する姿は、国民に夢と感動をあたえ、社会全体に活力をもたらします▼その価値を守り、発展させていくことは国の責務でしょう。パラリンピックで忘れられない場面がありました。競泳でメダルをとった日本とスペインの選手が車いすにのり、手をつないで表彰台を後にする―。あらゆる壁をのりこえていく、そこにもスポーツの魅力があります。


「しんぶん赤旗」2012年9月11日(火)きょうの潮流より


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