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俳優チャールズ・チャプリンは1972年、20年ぶりにアメリカの地を踏みました。かつて赤狩りでチャプリンを追放したアメリカの映画界が、彼にアカデミー賞の特別名誉賞を贈ったのです▼授賞の瞬間、会場から大合唱がおこります。「ほほ笑もう 君の心が痛んでいても/ほほ笑もう 君の心が破れそうだとしても」。チャプリンが作曲した「スマイル」です▼36年の映画「モダンタイムス」の終わり、主人公と貧しい少女が自由を求めて旅に出る場面を、音で彩りました。初めは詞のない曲でしたが、甘美な旋律を人が放っておきません。54年、2人の作詞家が英語の歌に仕立てました▼「ほほ笑めば、怖くても悲しくても/明日には太陽が/君の顔をよろこびで照らし…」。以来、どれほど多くの歌手が歌ってきたでしょう。チャプリン自身が録音を勧めたというナット・キング・コールからエリック・クラプトン、マイケル・ジャクソン…。最近、わが国で新しい録音が登場しました▼歌い手は、おおたか静流(しずる)さん。CD「ノー・ニュークス・ジャズ・オーケストラ」の一曲です。CDの表紙は、上空高くから撮った、白煙、黒煙を吹き上げる福島第1原発です。話題のCDをつくったベース奏者・沢田穣治さんによれば、「変革の意志としてのジャズ」を世に問いました▼おおたかさんの、しみじみ歌う「スマイル」をなんども聴いています。「涙があふれそうでも…さあほほ笑んで/やっぱり生きる価値はあるんだなって、気づくよ」 |
きょうの潮流
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2004年8月13日のこと。米軍ヘリが普天間基地近くの沖縄国際大学に墜落した事件を、あらためて振り返りましょう▼本館に激突したヘリの破片と、回転翼が削り取ったコンクリートのかけらが、周りの40世帯近くに弾丸のように飛び散りました。窓を割って部屋に突っ込む。板戸を破って反対側の壁に突き刺さる▼ヘリは爆発、炎上。火を止め、乗員を病院に運んだのは、宜野湾市の消防職員です。後から来た米軍は、勝手に現場を囲い込み、大学関係者も警察も入らせない。日本の主権もなんのその。1週間、一帯を「占領」しました▼ヘリは、翼の装置に使っていた猛毒の放射性物質ストロンチウム90をまき散らしたようです。米軍は、土など証拠を持ち去りました。そして、在日米軍ワスコー司令官が発言しました。「乗員は…機体を精いっぱい、人のいない所に行かせて被害を最小限にとめた。素晴らしい功績だ」と▼運よく人命は奪われなかったものの、住民が恐怖に震えた事件。が、世界一危険な基地も、沖縄に先月着任したマグルビー米総領事によれば、「とくに危険という認識はない」。ヘリを住宅地の大学に激突させた乗員をたたえるワスコー発言に重なります。心配なのは米軍の身だ。それならどこも同じ、普天間もとくに危なくない、というのか。住民を見下す占領者意識に、沖縄の怒りが燃え上がります。 |
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きょうは、二十四節気の一つ、「白露(はくろ)」です。暦の解説によれば、野草に宿るしらつゆが秋の趣をひとしお感じさせるころです▼秋気はいよいよ加わり、秋分の日にかけて、水辺でセキレイが鳴き始め、ツバメは去ってゆく、といいます。「草ごもる鳥の眼とあう白露かな」(鷲谷七菜子)▼さて、現実の秋の趣はどうでしょう。日差しの強い日中の暑さといったら。気象庁も、9月の前半は北日本や東日本で高温が続くと予想します。しかし、風が吹いてくると、たしかに秋気が体を通りぬけてゆく感じがします▼日本気象協会は、今秋にも「日本版二十四節気」を提案するつもりでした。「立春」や「寒露」など古代中国で生まれたいまの二十四節気は、日本の季節感と合わなかったり、現代ではなじみが薄かったりする。新しい言葉に置き換えよう、と。対して、とくに俳人から「いまのままで」の意見が多く寄せられました▼「二十四節気と実感とのずれが日本文化を豊かにしてきた」と説いたのは、俳人の長谷川櫂さん。冬のさなかに春の気配を探るような先取りの精神が、日本人の繊細な季節感を養った、というわけです▼気象協会は改めました。二十四節気は変えないまま、いまの言葉で表す「季節のことば」づくりへ。いま、「季節のことば」を募集中です。暦と季節感のずれを語るなら、温暖化による気候の変化に目を向けた方がよかったかもしれません。しかし温暖化の中でも日本人は、まだ暑い「白露」のころに秋を探します。 |
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「メディアの世界に身を置くと、力をもっていると勘違いしてしまうことがあります。高みから物事をみるのではなく、思いやりのある、優しい人になってください」▼シリア内戦を取材中に亡くなった、山本美香さんが残した言葉です。ジャーナリストをめざす学生たちに語りました。自戒をこめて彼女の言葉を思い起こすたびに、ともに記憶のよみがえる話があります▼ニューヨーク・タイムズ東京支局長のマーティン・ファクラーさんが、『「本当のこと」を伝えない日本の新聞』で驚いている、わが国大手メディアの「生態」です。ある日マーティンさんは、日本の大企業の経営陣と記者たちとの「オフレコ懇談会」に出ました▼すると、1人の記者がいかにも慣れた感じで会長の横の「指定席」に座る。会長とごく親しそうで、会長が語る新情報もとっくに知っているようす。会長秘書のようにみえる彼は、ファクラーさんが日ごろ「企業広報掲示板」と思っている大新聞の記者でした▼ファクラーさんは、ある元閣僚の誕生日を祝う宴会にも言葉を失いました。かつての担当記者らの催しです。50人が集まり、花束や記念品を贈るようすが新聞に報道されました。ニューヨーク・タイムズ記者が同様の誕生会を企画したら、すぐ「クビを宣告されるだろう」といいます▼権力をもつ者と一体化すれば、記者は余計に自分も「力をもっていると勘違い」(山本さん)しがちです。人に思いやりのある報道が、彼らにどうしてできるでしょう。 |

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じわりと心にしみ入る深い余情。映画が終わったあと、しばし席を立てませんでした▼高倉健さん主演の映画「あなたへ」。みた翌日、カナダ・モントリオール世界映画祭の「エキュメニカル審査員賞特別賞」の受賞が伝えられました。「人間性の内面を豊かに表現した作品」に贈られる賞ときけば、得心がいきます▼妻に先立たれた主人公に、しばらくたって遺言の絵手紙が届く。故郷の海への散骨を願う1通。もう1通は故郷の郵便局で受け取ってほしい、という。なぜ? 富山から長崎・平戸へ、彼の車の旅が始まります▼道中に知り合う人たちも、どこか謎めいた過去の持ち主だ。平戸へ着くと、食堂の女主人に娘の婚礼着姿の写真を渡される。“台風で遭難した漁師の夫に届けたい。散骨のときに海に流して”というのだが…▼妻の遺言も女主人の頼みも、大切な伝言が真意を秘めた間接話法で語られます。昔、キリスト教徒が弾圧された平戸。人々が信仰を胸に隠し持ち、伝え合った名残なのか。しかしなにより、彼女たちは主人公を信じているのでしょう。分かってくれる人に違いない。彼は、伝言の意味を探り当て、人生の新しい一歩をふみだします▼亡き妻は、宮沢賢治の「星めぐりの歌」をよく歌いました。♪オリオンは高くうたい…。くらく青い海に星のように散らばり沈みゆく彼女の骨粒は、人間も星のかけらの一部と気づかせます。けれど、他人を思いやり理解できる人間とは、星々の中のなんと素晴らしい存在でしょう。 |



