九州・日本味覚王国日記

タイトル変えました。九州と日本の行った先の旨い!を綴ります。

こんな品々もございました

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 その土曜日は妻の誕生日だった。

 単身赴任中なのでいつも何か妻にしてやるということはできないが、こういうときは絶好の挽回の機会である。

 

 その日しごと関係のいくつかのことを終わらせ、やっとその準備に入れたのは夕方5時過ぎ。まず手当てすべきはケーキである。しかもホールの。で、こんなときに頼りになる福岡市内の老舗のホテルのケーキ屋さんに行ったところ、

 「うりきれてます」

 ああ!なんてこった。

 

 つぎに行ったけやき通り沿いの「頼みの店」は、なんとしばらく僕が福岡を離れている間に店ごとなくなっていた。

 

 万事休す…とあきらめかけたとき、フト思いついた。

 けやき通りからほど近い町にある、昔住んでたマンションの一階にイイ感じのケーキ屋さんが僕らが出た後にできたことを。いちどそこでショートケーキを買ったことがあって、それが意外と(失礼)美味しかったのだった。

 藁にもすがる思いで行ってみた。

 あった。

 助かった。

 
 

 それからスーパーへよって夕食材料の買い出し。

 妻が地域の集まりで遅くなるので、その日の夕食を僕が作ることになっていたのだ。

 

 さて、その晩作りましたモノは…。

 

 一つ目の前菜みたいなものは、スモークサーモンの玉葱ドレッシング掛け。軽く燻された(ちょっと安い)スモークサーモンを美味しくするために、手作りドレッシングでアレンジしてみた。玉葱の摺りおろしと、オリーブオイルと、塩胡椒、それにレモン果汁を加えて混ぜたもの。オリーブオイルの濃厚さと玉葱の甘み、レモンの酸っぱさがサーモンの魚肉のまったり感と組み合わさって実に美味い。

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 二つ目は満願寺とうがらし(意外と全部軽く「当たり」だった)。焦げ付くくらいに焼いて、だし汁と、少し醤油をかけてみた。上に振った削り節と一緒に齧ると、うまー!

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 三つ目の主菜。その日は意外と冷え込んだので、鍋にしてみた。

 25年くらい前に銀座のつばめグリルで食べたソーセージ鍋を、記憶をたよりに再現してみたもの。もちろん本家本元はもっとソーセージやハムがバンバン入っているが、家庭食なのでお野菜を増やしてみた。ジャガイモ、人参、ブロッコリと、その茎、セロリは大人の味かな。肉類はポークソーセージと、ベーコン塊を切ったもの。ベーコンは最初にいくつか投入しておいて、ベースのコンソメスープにベーコンのダシが加わるようにしてみた。

 これは子供たちにも大人気。

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 そしていよいよケーキ登場。

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 スポンジは軽く、しかもしっとり。

 生クリームも重たすぎず、おいしい。

 「甘過ぎなくておいしい」ということばを、久しぶりに妻とかわす誕生日お祝いとなりました。

 いやいや、今年もこの日が無事に過ぎて実によかった。

 
 

〔お店メモ〕

福岡県福岡市中央区鳥飼1−4−31−1F 

パティスリーダム ドゥ キャロー

店内でスイーツを頂くこともできるようです。

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 今はなくなった熊本の名物風景に「まんじゅう屋の風景」がある。

 お城の南側の一帯は加藤清正築城時に整備された、新しい町。
 一般的に韓国の人々から嫌われている加藤清正だが、秀吉の朝鮮出兵の際に連れ帰った朝鮮半島の人々を住まわせた蔚山町という町や、中国人が多く住んでいた唐人町というのもこの辺りにある。
 文禄の役のときに帰還した清正を慕って日本に同行した李氏朝鮮の重臣であった良甫鑑(通称金官)などがいるが、蔚山町には同様にして来た者も含めておもに商工人を住まわせたらしい。その後徳川の世になって日本に連れてこられた朝鮮人を国元に戻す帰国事業が行われた際に、多くは熊本に残ったとされている。朝鮮での商工人への差別のひどさに比べて、日本では彼らの能力を高く評価して遇したためであろう。
 その後、唐人町の中国方面からの方々も、蔚山町の朝鮮半島方面からの方々も、長い年月のうちに人種混交され、熊本の生活文化を担うひとびととなって行くのである。

 熊本では麦が穫れていた。
 これも清正が推奨して大きく作付け面積を増やした作物だ。
 スペイン、ポルトガルが飢饉となったことを知った清正が、熊本の麦を八代の港から大量に輸出したことがある。それが熊本城を築く資金のもとになるのだが、それほどに熊本は麦どころであった。
 この良質な麦が、熊本の饅頭文化や麺の文化を支える元となった。

 そのような歴史と生産状況を背景として、熊本の下町には江戸時代から本当に質の高い生活文化があったと思う。

 そのひとつが認知症の母のココロにさえかすかに残る慶徳饅頭。
 熊本の数奇な歴史が生み出し、地元の人に愛され、そして母の心に残っている味。
 まずいはずがないではないか。

 で、買いに行ったのである。
 その「まんじゅう屋の風景」の場所へ。

 場所は熊本市慶徳堀町。
http://map.yahoo.co.jp/pl?lat=32.79152389&lon=130.70487194&ac=43201&az=98&v=2&sc=3

 記憶では、ここに2軒のまんじゅう屋が寄り添うように建っていた。
 ひとつは「慶徳饅頭」、もうひとつは「慶徳堀饅頭」。
 2軒続きで並んでいるだけでも面白いのに、それぞれ店の看板に「本家」「元祖」と大きく描いていた。
 だが「慶徳饅頭」も「慶徳堀饅頭」もここにしかないのである。
 ということは、それぞれが隣同士でものすごく競い合っているというか、「熊本の饅頭はうちとこがホンモノ!」と争っている感じだったのだ。
 見るだけで面白い風景、それがここであった。

 と思いながらクルマで近くまで行ってみると…。
 なんと2軒とも廃業状態。
 しもた屋風の2軒の建物がありはしたものの、もうずっと戸を開けたことがないという風情。

 こりゃ参ったなあと思いながら。

 あ。そうだ。こういうときは郷土のデパート、鶴屋に行けば何とかなるかも知れんと思い返した。

 結果、大正解。
 鶴屋百貨店の地下で、みごと慶徳饅頭をゲット。
 家に帰って母にも食べさせた。
 酒種が香る、甘さを押さえた漉し餡がうまい一品。これが一個60円くらい。たまらんなあ、熊本の饅頭は。


〔お店メモ〕
慶徳饅頭 熊本市手取本町6−1 鶴屋百貨店地下1階
店のおばちゃんに頼むと、頼んだ個数を蒸籠のなかから手早く包んでくれる。昔ながらの経木でくるみ、さらに紙包みしてくれる。家に帰って包みを開けたとき、饅頭の酒種の香りと、経木のさわやかな木の香りが広がって、実に幸せな気持ちになるのだ。
なお、慶徳堀饅頭は熊本市のJR九州の竜田口駅の前にお店を移転したところまでは知っているが、営業しているところを見たことが無い。ご存知の方がいたら教えてくださいな。

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 もう25年も前のことだが、東京の大学に通っていたとき先輩方と話していて、
 「えっ?熊本でも納豆食べるの?」
 と驚かれたことがある。

 ボクが就職してからマーケティングのしごとをするようになって、数回、納豆の大阪プロモーションをお手伝いしたことがある。メーカーさんのそのような努力があって、今ではいくらか食べられるようになったということだ。
 だがそれより前は関西では納豆が食べられていないということになっており、さらにその西のほうではまったく食べないというふうに東京では信じられていたのだ。

 その質問に驚いたのはボクのほう。
 何しろ物心ついてから予備校を卒業して東京に出るまで、熊本の家では毎朝納豆を食べていた。さらに中学生・高校生時代の身長がグイグイ伸びたときは、身体が欲するという状態で一日2〜3パックほども食べていた。

 熊本には納豆メーカーが2社ある。その2社が昭和50年代にはテレビCMなど流してしのぎを削っていたのだ。納豆は熊本人にとって当たり前の食材だった。
 確かに九州には、ほかに同規模の納豆メーカーがなかったということを考えると、熊本だけが特異だったのかもしれない。

 熊本の納豆には古い歴史があるとされている。最初に納豆作りを熊本にもたらしたのは加藤清正であるという。当時の納豆は糸引き納豆ではなく、納豆菌が豆の表面にまぶされて発酵した乾燥気味の納豆である。熊本ではこれを「こるまめ」という。
 これがどのようにして糸引き納豆へと変化したかについては定かでない。

 ただし、ボクは明治時代に熊本が九州の最大拠点都市とされたことが大きな転機であったと睨んでいる。睨んでいるというのは、確証があってのことではないが蓋然性を感じているということだ。

 熊本鎮台や第八師団が置かれたことによって、全国から健康な男子がここに軍隊として駐屯することになった。熊本医学師範や第五高等学校がおかれて全国から勉学を志す若者が集まった。特に熊本鎮台や第八師団、第五高等学校では宿舎や寮があり、食糧を一括購入するということが行われていた。自然と東京で調達するものと同じものを求めたろう。栄養価が高く比較的安価な納豆を、地元調達することになったのだ。

 納豆製造者は、街の小規模事業者が多かった。だからそういう大口需要があって大きくなった熊本の「まるきん」「丸美屋」ほどのメーカーは全国にも少なかったろう。
 全国規模の納豆メーカーが出てきたのはここ20数年ほどのことだ。おかめ納豆は関東の小メーカーだったが、大手スーパーの流通力と結びつくことで大きくなった。たとえば大手スーパーが九州に進出する際に一緒に売り場に出てくるのだ。
 ところで九州では中粒納豆が好まれていた。関東では小粒だ。当初そういう全国メーカーは九州でも小粒納豆を展開し、予想に反して苦戦した。その後九州風に中粒納豆をそろえ、タレも九州風に甘辛くしたものを発売。次第に根付いてきている。また小粒納豆も価格の安さから流通量が増えてきている。

 さて福岡でも、長崎でも、九州のメーカーのものとして定番化しているのは熊本の「まるきん」「丸美屋」の2つのメーカーのものだ。
 この2社のものは幼少のころから食べなれてきているせいか、ボクにとっては滅法うまい。
 ちなみに関東生まれの妻にはおかめ納豆の小粒納豆がうまいらしい。
 (小さな性格の不一致がここにも!)

 長崎駅アミュプラザのSEIYUにも定番としてこの丸美屋のお城納豆が入っている。
 このお城納豆、ボクにとっては大のお気に入りだ。

 何より一パックの量がいい。
 以前はほとんどの納豆パックが一パックの容量が50グラムだった。
 納豆は前にも書いたが栄養価が高くて、安い食べ物。家庭の常備菜のうちのひとつなんだが、だからこそスーパーからの値引き要請も強い。今のように景気後退下でも、材料の大豆が値上がりしてもスーパーのバイヤーから値引きを要求される。
 その結果、いくつかのメーカーのものは見た目は変わらないが一パックあたりの分量がごんごん下がってきている。50グラムから45グラムへ。そして40グラムへ。先日は某所で38グラムというのを見た。
 だが、えらいね。このお城納豆は50グラム死守なんである。
 その分、値引き販売の目玉になることがあまりない。

 ただ、この日は一パック増量といううれしい得点つきだった。
 これは買わねば。ということで熊本納豆好きには堪えられないお買い物となった。

 丸美屋さんには、ぜひこの50グラム・中粒のお城納豆(マミ)を、ポリシーを持って造り続けていただきたいし、スーパーのバイヤーの方にはそのメーカーの心を汲んで仕入れ続けていただきたいと、そう、切に思うのである。

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 東京日本橋三越前でサラリーマンをやってた16年ほど前。
 バブルが過ぎ、経済は後退局面だった。

 いま、年下のひとから
 「しん○○さんはいいですねぇ、バブル時代を過ごすことができて」
 なんていわれるが、そんなもんではなかったと思う。

 1984年くらいからアジア、特に香港やシンガポールで回っていたドルが日本市場に徐々に流れ込み始めた。
 流入したドルは、当時は「価格は下がらない」といわれていた土地の市場に流れ込んだ。
 ボクが大学の2年生の頃に、上尾の中古の一戸建てに一億八千万の値段が付き、都内まで折り込み広告が出回ったことがあった。
 それを見たときに
 「もう、生涯賃金が追いつかないなぁ」
 と思ったのだが、それはそれから始まる土地狂乱バブルの嚆矢に過ぎなかった。

 1990年には表面上の好景気がマックス状態となった。
 銀座の鳩居堂の土地にものすごい値段が付き、足の裏片足分でいくら、なんていわれ方をした。
 そのころペーペーの新人だったボクは、確かに月100時間くらいの残業をし、深夜から仲間と集って勉強会したり、ディスコへ行ったりしていた。
 それは「バブルへGO!」の映画のようにキャーキャーいって楽しかったのかというと、ちょっと違う。
 一生懸命働いても経済の拡大に追いつかない、そういうコトが見えていて、その中でなんとか上に上がれないかという焦りにも、諦めにも似たものがベースとなった狂乱の時期だったような気がする。

 そしてバブルが終了。

 バブルのときに開いた(?)格差はそのままに、やはりボクらは貧乏サラリーマンという場所にいた。

 朝、出社する前に三越前の裏通りにあるドトールコーヒーに行く。
 ボクと同じようなサラリーマンとか、キャリアっぽいお姉さんとかが朝のコーヒーを楽しんでいる。
 その中に混じって、ミラノサンドをもそもそと食べる。
 決して明るい未来を感じていたわけではない。どちらかというと「なんとかしないといけないなぁ」と悩むともなく思っていたという感じだ。
 そう感じにひたりながら「もそもそ」。

 ミラノサンドのプロシュートの塩味が、なんとも口の中に心地よかった。


 さて、それから幾星霜。
 サブプライム問題の余波というか、ただいま、まさに日本の経済も正念場。
 出張先の東京・初台でドトールコーヒーに入る。

 頼んだのはミラノサンド。
 ちょっと昔よりもプロシュート含有率が下がったか?

 でも、「先が見えないなあ。なんとかしないと行けないなぁ。不安だなぁ」みたいな感じでもそもそ食べている、そういうところが16年前に逆戻り。

 さわやかなのは朝の日差しさし込むテーブルの上のミラノサンドとコーヒーがある風景だけであった。


 今日も、東京へいまから出張。今日は恵比寿方面でござる。今日はどういう食の風景と出会えるのだろう。それだけはちょっと楽しみ。

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 ああーっ、昼飯食う時間がないぃぃぃぃ。

 そう思いながら早足で会社に戻っている最中、
 「あ。コンビニ弁当、という手がある」
 と思ってセブンイレブンに入った。

 カロリーが高い揚げ物が多く、繊維質に乏しいコンビニ弁当は、ふだんはできるだけ避けるようにしている。
 このときも、ちょっと諦め気味で店内に入ったんだが、フト見るといつもとは違う面持ちの弁当が。

 「長崎うまかもん弁当」。
 御飯の上に載せられたアジとおぼしき魚の身のほぐしたのが目を引く。煮物も豊富。これはいいかもしれない。

 買ってみた。

 御飯は彼杵茶で炊いた茶飯。
 そのうえに高菜漬けと「長崎松浦漁港水揚げ真鯵の塩焼きほぐし身」(蒸したものかも知れん)が載っている。
 おかずは、豚肉を甘辛く炒めて皿うどんの具のように炒め野菜と餡かけでまとめたもの、魚のすり身てんぷらを加えた煮物、長崎島原産ニシユタカを使った芋甘辛煮、長崎松浦漁港水揚げさば南蛮、長崎産アスパラと人参を使ったささみチーズカツ。それにひじきの煮物。

 けっこうおかず的に盛りだくさんだ。

 それぞれのおかずがまことに旨い。
 特にニシユタカを使ったじゃが甘辛煮は秀逸。

 コンビニ弁当としては珍しく、御飯の良に対しておかずが多くて大満足という内容であった。

 県外の方には、ぜひ長崎県内のセブンイレブンにてご購入および賞味頂きたいと思う。

 余談だが、セブンイレブンのホームページには、この弁当は2008年7月3日から7月31日の限定と掲出されている。ということはランタンフェアのお客狙いで復活したのかな。さすがセブンイレブン、お商売もタイムリーなんであった。


〔お店メモ〕
長崎県内のセブンイレブンには、あると思います。

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