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夜の先斗町は暗がりの使い方が巧い。
きっと昔の日本の盛り場はいずこもそうだったのだろう。
こんな街の場合はスポットのように照らされて浮かび上がっているところに読み取るべき情報があるが、暗がりには暗がりの意味がある。それを読み解きながら街を漂うのは面白い。
この夜は京都らしいところで夕飯を食べたかった。
とはいえ京都に住んでいる人たちがいつもおばんざいの夕飯というわけでないことは知っている。旅行者が求める京都らしさに甘えたいという気持ちだった。長崎から伊丹への飛行機が遅れ、さらに伊丹から京都までのリムジンバスが事故渋滞で遅延。知り合いの方と合流して夕食をとるつもりが、ホテルに着いたのが午後9時半。荷物を置いて午後10時にホテルフロントで「どこか夕食を食べられるところを」を尋ねたところ、駅前の全国チェーン居酒屋を勧められた。それに抗って木屋町・先斗町まで来たのだった。
店の心当たりがあるわけではない。
それでも先斗町に入ると、店の行灯と石畳がやわらかく僕を包んでくれる。むろん行灯のひとつひとつを見てみれば、凛として僕を迎え入れない意思を示しているものもある。けれどゆっくりと眺めながら歩く分には、街の包容感が気持ちいい。
まず、いずれかの店に入らなくてはならない。
できれば鉄筋コンクリートやモルタル造りの建物ではなく、京町家の店がいい。できれば表通りというよりは通路の奥にあるような、できれば置き行灯に導かれて入って行くような…あ、目の前にそんな店があるじゃないの。
町家の合間に通路が奥に延びていて行灯が続いている。入り口には「お気軽にお入りください」とある。
だがこの雰囲気はお気軽に入れる人を選ぶ雰囲気満々だ。
このときほど「スナック飛び込みゲーム」でスキルを磨いておいてよかったと思ったことはない。ノウハウはいくつかあるが、それは飲みながらでないと話せんので、ご希望の人は僕を飲みに誘ってください。敢えて言えば「あくなき未知への探究心と猜疑心」とだけつぶやいておこう。
さて、ドアを開けてみると、実にフツーの小さな割烹。
カウンターの中には若いおばちゃんと少し年季の入ったおばちゃん。
僕を柔らかく迎えてくれた。意外といい店かも知れない。ゲーム最高潮の緊張感が和らいでいく。
最初にビールを頂き、
「この時期、僕は何を食べたらいいでしょう」
と尋ねてみる。すると満願寺唐辛子を勧められた。これ、今頃の季節になると関西の青果売り場によく出ている。だが今まできちんと料られたものを食べたことはない。それをお願いしつつ、お品書きにあったシメ鯖もお願いした。ちなみにいずれもお値段は書いてない。その意味では「プレイ中の緊張感」は続いている。
最初に届いた満願寺唐辛子。さっと焼いて花鰹かけて出し醤油張ったもの。緑が美しい。聞けば京野菜としては新顔だという。昔はそれこそ満願寺のお寺だけで作られ食べられていたのが、最近ではよく栽培されるようになった。そんな話を伺いながら頂くのが楽しい。
次にシメ鯖が出てきた。
「フツーに刺身のように切ったシメ鯖もありますけど、家庭ではよくこんなに出し酢張って出します」
という言葉とともに出されたそれは、また長崎のそれとは大きく違っている。皮目は銀色に光るが、脂の乗りは幾分少なそうだ。
「ここの鯖は若狭の方からですね」
前にテレビで見た取材では若狭の焼鯖の殆どが輸入鯖を使っているということだったが、生食できる鯖も幾分揚がっているのだろう。
その一つを箸で取り、出し酢をまぶすようにしてそっと口に入れた。酢のツンとする感じはなく、鯖の身の旨味と相まってふわっと口の中に広がった。生姜の刺激が舌の感覚を新鮮にする。添えられた黄瓜の塩揉みに酢が回って美味しい。大阪の生寿司と同じく、長崎の僕が良く食べるシメ鯖よりも塩が強い。長崎が素材を活かす剛の料理とすれば、ここは柔のそれ。ところ変わればシメ鯖も変わる。面白いなあ。それぞれの地域の歴史や文化や経済が反映している。
酒はビールから京都の地酒「玉の光」に。
柔らかい酒だ。
その余勢を駆って、もう一品頼んだ。棒ダラと茄子の炊き合わせ。
松葉だったか、鰊そばの店でも思ったのだけど、京都の料理って塩干物を戻して他のものと合わせるのが本当にうまい。ボソリとしたテクスチャーながら甘辛く炊かれた鱈とにゅるんとした茄子の取り合わせがいい。
最後にお勘定。それがゲームの第2の山場となる。ラストのハイライトは、ゆるやかに時を過ごしたこと、淡々と美味しさを楽しんだことの裏返しだ。もちろんここのお値段はリーズナボーだった。
この晩はこの他にも楽しいエピソードが生まれたのだが、そればかりは酒を飲みながら、しかも仲間内にしか話せん。
〔お店メモ〕
京都府京都市中京区先斗町四条アガル鍋屋町216−1 ひろ作
この店を訪れた後にインターネットで検索してみたら、このお店、数年前までは「一見さんお断り」だったそう。聞いたところでは創業70年だという。高級という訳ではないけれど、常連さんを優しく迎え入れる、しんと静まった店の風からすれば、今でも人によっては入店を断られるということもありそうだと思った。小さなお店で席数も限られるし、電話入れて予約して行く常連さんも多そうだ。
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いろいろなお味とお店
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長崎は、じつにフツーの店でも青魚が旨い。 仕事が終わった夜10時。歩いて10分の店もいいが、歩いて2分の店もまたいい。 この夜暖簾をくぐったお店は僕らの会社が入っているビルのすぐ裏。周り4つくらいのオフィスビルで働くサラリーマンをなじみ客としているような小さなお店だ。 カウンター席に座ってアタマの上にあるホワイトボードを見る。今日のお勧めが書いてある。ほとんど毎日同じ品名が並んでいるのだと思うが、左上の一画だけは書き直した跡がある。 そこには刺身や焼き魚が並ぶ。やはり魚は仕入れによって変わるのだ。 その中に「シメ鯖」めっけ。 なら頼まんと。 「シメ鯖、ください」とお願いしたら、 「はーい」といいながら少し困った顔。刺身のつまが無くなって、彩りが悪いらしい。 「そがんた、よかよか」と熊本弁で返しながら、「この店のシメ鯖はどうかなあ」と想像を巡らす。 何しろ会社のすぐま裏の(若い)おばちゃんが一人でやっているような店である(夜は女子大生のアルバイトもいるけど)。 正直、あまり期待していなかった。 「はい、おまちどーさまー」という声とともにカウンターの冷ケースの上からシメ鯖がやってくる。 「ごめんねー。彩りでバラン、いれといたー」 あの食えないプラスチックのヤツである。 まあ、そんなものが笑顔とともに彩りで添えられてくることが、まさにこの店の真骨頂だ。
で、予想以上に美しく銀色に光る皮目を上にしてきれいに並んでいるシメ鯖を、まずは一口。 むむむっ! おぬし、できるな! 別に剣法の使い手ではないが、口の中でピーチピーチッと跳ね回る鯖の筋肉とそれを噛み切るとググッと舌の上に広がる旨味、その旨味を殺さないように…いや、そっと支えるためにと思えるほど浅くつけられた酢と塩。まさに第一級のシメ鯖ではないか。 おー。これはこれは。 思わず福顔になる。 写真を見てもお分かりいただけるだろう。脂の乗り切ったピカピカの新鮮さ。 凄みを放つシメ鯖の背景にプラのバランが見えているのはご愛嬌。 こんなざっかけない小さなお店(失礼!)でも、もの凄いモノを出してくる。それが長崎の怖さであり、旨さだと再認識した夜であった。 〔お店メモ〕 長崎県長崎市万才町1−13 居酒屋「旬」 このお店、お昼ご飯もやっている。僕らサラリーマンとしては手作り感満々の煮込みハンバーグが実にいい感じ。家で下ごしらえするらしく、それを(ほんとうに若い)おばちゃんがキャリーカートで朝から運んでくるのによく遭遇する。そんなときいつも笑顔でご挨拶いただくのがまた嬉しい。当然僕もご挨拶返し。いいもんだよなあ、朝の街角で「おはよーございますっ」って挨拶を交わすの。 |
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今日のタイトルは偽りあり。 「今宵」ではなく、「今日の昼も」と書くべきところだ。無理矢理シリーズ化しているのでご了承ください。 さて、長崎人は昼も青魚を食べるのである。ごく一部だけど。 それはとも也の鯖寿司。 とも也は長崎市内賑町の裏通りにある讃岐うどん屋さん。うどんのサイドオーダーといえば普通はおにぎりとかいなり寿司というのがスタンダードなんだが、ここは鯖寿司である(おにぎりもあるにはある)。 ここのうどんはうまい。詳しくはここでは触れないが、本当にうまい。しかも量もすごい。 なのに、サイドオーダーの鯖寿司である。 この鯖寿司が、ちょっと名物。
どう見ても鯖と酢飯のバランスが悪い。酢飯多すぎ。しかも押し寿司だからしっかりと握り固められている。 見た目のネタとメシのバランスは悪いのだが、なぜかカブリつくといいアンバイで、口の中でのネタとメシの味のバランスに陶然とする。うまいのである。 どうしたことか。 酢でしめられた鯖はしっかりとした歯ごたえ。 酢も塩気も、この酢飯とのバランスを考えてあらかじめ準備されている。 酢飯は、噛むと甘くなるお米のまったり感を前提として、口中が飽きないようにガリや胡麻が仕込まれている。 そのような気遣いが、この鯖寿司を旨くしている。 こうしてうどんを待つ間に鯖寿司を食ってしまう。 その時点で腹イッパイ。まるで計ったかのように、そこにずっしりと持ち重りのするおうどんが運ばれてくるのだ。 毎回そこで「ああ、鯖寿司がよけいだった」という気持ちがよぎる。 けれど次に来たときも絶対に 「えー、肉ぶっかけうどんのフツーと、鯖寿司ください」 と頼んでしまうんである。 お店を出るとき「今日も昼から食い過ぎたなあ」と思いながら目の前の江戸時代からある石垣の上に広がる狭い空を眺め上げる。 それが青魚っ食いの長崎人である。 〔お店メモ〕 長崎県長崎市賑町5−25−2 「讃岐手打ちうどん とも也」 |
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一日の仕事が終わる。 すでに夜は結構更けている。 いまから家に帰って飯作るのはちょい面倒だ。幸いなことに今日は外で飯を食えるくらいの懐具合。 そんなとき、つい足が向いてしまうのが、数回前にもこの欄に登場した大波止の麻寿喜。 歩きながら頭の中はいつもの美味しいシメ鯖で占められている。 空いていたカウンター席に座って。 まずビールを頼み、次いでシメ鯖を…と思ってたら、 「今日はアジのヨカとの入っとるよ」 おじさんがそういいながらネタケースを示すのだ。 どれどれと見てみると。 頭から尾ひれの先まで40センチもあろうかという大アジ。大きさからは鰹と言ってもいいくらいの代物。 そういや長崎はアジどころでもある。 アジと言えば大分の関アジが有名だが、長崎のアジもなかなかだ。特に五島列島近海の大振りのアジを一本釣りしたあと、海上生け簀で餌を与えずに数日間畜養して、身に偏在している脂身を全身に散らした「ごんあじ」(長崎市新三重漁協の柏木水産が一手に扱っている)などは相当のものだ。食べると青魚というよりも味の濃いヒラメのような、そんな上品な甘さがある。 目の前にあるのはもう少し黒みが濃い。ごんあじではないが、やはり近海天然物のマアジと見た。 「これはもうそろそろ食べ時だけん、切ろうか」 青魚なのに新しけりゃいいってモンじゃないという勧め方が、すでに長崎の青魚ッ食い御用達の店のシルシ。生け簀で泳がせたものを、掬ってすぐに切って新鮮さだけをアピールする店とは一線を画している。 そうわざわざ勧められたら断る理由はない。 「お願いします」 誘導尋問に引っかかるようにして、今日もまた頼んでしまった。 しばらくして出てきた。 皿を見たとたんに、「おー」という声が思わず漏れる。 でかい。 一切れが、つまり背びれの方から腹皮までの半身のスライスが、12、3センチほどの長さになる。大きさだけならまるで鮭のようだ。
切り方は少しだけ薄め。 身の歯ごたえがありすぎるのでそう切ったと親父さんがいう。 親父さんはそういうが、どう見ても厚くはない。そんなもんだと思って口に運んでモグッと。 すると。 予想外のグリグリッとしたアジの筋肉質の噛みごたえ。ねっとりとした固さというか、そういうテクスチャー。それに抗って噛み進むと、口蓋にすっきりとした脂や肉の旨味が広がってくる。噛めば噛むほど広がってくる。 これは、すごい。 長崎で美味しい青魚は鯖だけではなかった。 口に運ぶ。 グリグリを噛む。 シュパッと口の中に旨味が広がる。 ひとしきり旨味を楽しんだら焼酎のお湯割りを流し込む。 アルコール刺激性の甘みで、旨味をのどの奥へ。 ああ、こりゃ口福だなあ。 そうして今夜も長崎の青魚な夜は更けて行く。 〔お店メモ〕 長崎県長崎市元船町11−22 麻寿喜(ますき) 地味なところでは、豆腐の味噌漬けという一品もしみじみとうまい。豆腐の味噌漬けは熊本の五家荘(ごかのしょう・平家落人伝説があるほどの九州山地の山奥の里)のものが有名だ。そちらは保存食の意味合いもあり、味噌の味が強い。この店のはふんわりと味噌の風味が染みた長崎豆腐。長崎の豆腐は沖縄の豆腐に次いで固い。だからこのような豆腐料理がこの店でできているのだと思う。 |
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東京、大阪などの大都市へ出張する。
一日、二日と大都市でしごとをして、その間、三度の飯を食べていると、少しずつ心の中にむくむくとわき起こってくる思いがある。 その思いは長崎へ帰る飛行機に搭乗する前、羽田や伊丹の空港ラウンジで最高潮になる。 「ああ、うまい鯖が食べたいっ」 「銀色の皮が光り、その下に官能的な飴色の肉がむっちりと詰まった、グリグリッとした歯ごたえの、あの長崎の鯖を食べたひっ」 もうここまで来ると、帰巣本能ならぬ帰味本能である。 鯖のことでアタマが一杯になって、長崎空港に着陸。 すでに時間は午後7時過ぎ。高速バスで長崎市内に着くのは午後8時。 そのまま家に帰ってもいいのだが、市内のバス停「中央橋」で途中下車する。 何しろ頭の中は「鯖」でイッパイだからね。 バス停「中央橋」から徒歩3分くらい。 席が空いていることを祈りつつ白い暖簾から中をのぞいて、引き戸を開けてみる…おっ、空いてる。カウンターしかないから、すぐに一杯になるのだが、この日は運がよかった。 まずはビールをもらい、軽く刺身を切ってもらう。 お腹と心を一段落したところで、 「握りで、鯖、ください。僕流の一貫で」 お店のお兄さんも了解してくれている。お好みで握ってもらう寿司は、正しくは二つで一貫だ。いつの頃からか、大手のチェーン寿司屋とかが一つで一貫と言い出して、定着してしまった。一つずつだと握る方も効率悪いし、何より江戸から続く寿司の文化を壊している。ただし、お寿司屋さんの好意で「一つからでもいいですよ」と言ってくれる場合には、僕もそのお誘いに乗るようにしてるんだけどね。 鯖を切り、すすすっとお兄さんが手際よく握ってくれる。 飯台の上にきれいに並んだ鯖の寿司。腹側の銀色の皮がまぶしく光る。そして、ピッカピカの肉が、生々しく僕を誘っている。 ああ、うまそう。 いっただっきまーす。
お寿司を親指と薬指で挟み持って、軽く人差し指と中指で鯖を押さえつつ、くるっと手首を返して鯖の身に醤油を少しつけて、一気に口の中へ。 ぬるりっとした舌触りの鯖の身をグッと咀嚼すると、肉の旨味、脂の旨味がぐわっと口の中に広がる。追って、すっとそれを中和する酢飯の旨味。 あああっ。長崎って、いいなあ。 こんなうまい鯖寿司が食える店がある街なんてほかに(あまり)ない。 すかさず二つ目も平らげた。 鯖の豊穣なおいしさで口の中を満たすと、次はしっとりとした筋肉の繊維の旨味を食べたくなった。 「車エビをお願いします」 この日の車エビは天然だいう。 同じように一口で頬張ると、エビの筋肉を僕の歯が食いちぎる感触がヒト噛みごとに伝わってくる。海の命を頂く感謝の気持ちさえ浮かんでくる。
そして最後は、長崎ならではの鯨の握り。 頬張ると口の中に鯨の脂身の豊かさが広がる。微かに海獣臭く、また郷愁を感じる味。筋肉質の柔らかな歯ごたえが追ってくる。 うまいなあ。 長崎は、そして小吉はやっぱり美味しい。そう再確認する出張帰りの夜である。 〔お店メモ〕長崎県長崎市銅座町6−8 小吉(こきち) 席数は9席。一晩に何回転かはするんだろうけど、その瞬間は世界中で9人しかこの幸せにあずかれない、そういう店である。ちなみに僕もたまに行けるくらいなのでお値段はそう高くない。ま、食べた量、呑んだ量によるけどね。 |


