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大変なことに気づいてしまった。
俺が、これまでにしでかしてしまったこと、会社が行き詰まり、多くのスタッフと縁が切れ、
危機的状態になってしまった意味や理由を自分の中に探すため、このブログを始めて7年、 やっと掴みかけてるのかもしれない。 人間って自覚できる自分の人格と自覚できない人格とがあり、
基本的に自覚できない人格によって人生は造られる。 だから人生に不充足感を感じたり他人の評価に不満を感じたり、
或は誤解されていると思ったりする。
自分の顔に飯粒が着いてても他人には見えるが、自分では気づかないのと同じ。
他人の言葉に耳を傾けられれば一番いいのだが、これがとっても苦しい。 自分で気づいて自分で納得しない限り、中々この本当の自分ってのにはお目にかかれない。 人格ってのは、幼い頃からの親からの影響とかで石の上にも3年ってくらい、 地道に地道に造られていく。
前々から俺の生い立ちは話しているが、俺の人生ホン〜と別にたいしたことはない。
何も誇れることや胸を張って威張れるようなこともない。 極々平平凡凡のありふれた人生で、
特に幼少の頃は、転校が多く、いつも、直ぐに強い奴か勉強のできる奴と仲良くなり、
危害を加えられないように防波堤を築いた。
ホンと『借りてきたネコ』みたいに大人しくしていた。 つ・も・り・だった。
しかし、いまさらと言われそうだが、
俺の中に『天上天下、唯我独尊』的な思いがあることに気づいてしまった。
幼い頃の生い立ちから、『人はあてにならない!』『自分でやるしかない!』という思いが湧き、
それは『いつか、見返してやる!』『俺は絶対人と違うことをやってやる!』という強い感情に 変わって行った。
だから、徒党を組むのを嫌い、孤独も平気、一人でいるのが好きだったし、
人に迎合するのが嫌いで、だからこそ事業家の道を選んだ。 しかし、『人はあてにならない!』『人が信じられない!』という思いは、
漠然と遠くにあるような気がしていた。
ある特定の人間ではなく、一般的な第三者、社会に対してそう思っていると感じていた。 ナン個か前の記事で、芸能人を貶したが、そいう思いは日常でもあるのだ。
人がやっていること、言っていことや考え方が陳腐で下らなく見える。 悩んでいることや囚われていることが低レベルに感じる。 人が大切にしていることがそう大事だとは思えない。
嫁さんからは、『人と違うところを見せたくて、わざと、違う意見とか行動をとってるみたい。』 と言われるが、そうじゃない。実際そう感じてしまうのだから仕方ないのだ。 或いは長年そうやってきたから、天の邪鬼で違うことを言っていたら、 いつのまにかそういう無自覚の言動になってしまったのか? いずれにせよ、俺のが『俺は人と違う!』ってのから、人を人と思わない
『唯我独尊』的な言動だったら、廻りの人間にとって、俺は『こん畜生!野郎!』だな。
まぁ、長年そういう生き方してきたから、例えそう思われても全然平気なのだから始末に悪い。 例え、みんなが俺に嫌悪の感情を抱いたとしても俺にまともに言ってくるわけがない。 『クールだよね。冷静だよね。判断に情が入らないよね。ある意味冷たいよね。』 こういう評価は誉め言葉に聞こえていた。 いずれにせよ。人生このままで終われないわけで、
何とかいい方向で決着をつけなければならない。
前も、松藤さんとの関わりで、
『えっ?裏切るか、裏切ったかもしれない奴のことえをまだ考え心配するの?』
ってのがあって、目から鱗状態だったっことがあった。言ったかな? 俺は、ウマの合う奴としか付き合わないために経営の道を選んだ。 サラリーマンじゃぁそうはいかないからな。
だから、気に食わない奴と商売する気もないし付き合うつもりもなかった。 まぁ、100歩譲って『付き合ってもいいな。』と思える奴は10%くらいしかいない。そ れで十分だろう。みんなそうだと思っていた。
しかし、それが間違いだとしたら90%のチャンスを捨てていたのかもしれない。
このこともきっかけの一つだが、儲けを一生懸命考えても中々都合のいい結果にならない。
これからは、事態や流れに委ねよう。もっと言えば『神様に委ねよう!』的な感覚で 最近はそう生きよう思っていた。
しかしだ、神様に委ねるって言ったって具体的にどうすんだぁ。
お告げがあるまでじっとしてるのか?って訳にも当然行かない。 物理的にも一人じゃ何もできない訳で、『人はあてにならない!』という思いから
『じゃぁ、誰があてになるのか?』と自分に問いかけたところ、
ナンと残念ながら誰も出て来ないのだ。
『嫁さん?無理。プッツンのaki?普通じゃない!松藤さん?ナンもできん。・・・・・・。』
今関わり合っている奴らへの思いを文字にしてみた。 延々と誰も頼りにしていないことがわかった。
これが俺の『あてにならないリスト』なのだ。 いやぁ〜!前にも何度も言われたなぁ。俺が誰も必要としていないってね。
その度に『そんなことは絶対にない!』と答えたが、 でも今になって思えば、嫁さんに対してもそうなんだから・・・な。ガクゼン!!
ということで、神様に委ねるってことは、廻りの奴らに委ねることだって感じたんだな。
俺がやっても絶対いい結果が出るとは限らないってのは嫌と言うほど身に沁みた。 誰がやっても結果は同じなのだ。だから、一緒に方向性を考え一緒にやってみる。 任せたことは信じて最後まで任せる。・・・ミタイナ。 今すぐには具体的には難しいから、今度は本気で『誰々に委ねるリスト』を作ってみようと思う。
う〜ン?少しは変わるかもしれない。 |
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なんだか
家の旦那みたいだな(笑)
う〜んとね
あてにされなくてもいいんだな
だけど
一緒に寄り添って
支えているのは
わかって欲しいな
by妻
2014/7/12(土) 午後 4:05
おっと(笑)
妻じゃおかしい( ´艸`)
妻じゃないし
ってか、家の旦那は仕事以外は私に頼りっきりだし(笑)
人を頼るのは意外と大変よね
自分がやった方が速いし。。。(笑)
だけど、頼らないと
自分でイライラしても我慢して任せないと
人は育たないし
相手の信頼は得られない
タカさん
魂が次のステージに上がるのかもね(´`)
2014/7/13(日) 午前 0:00
おっと、本音が出たなぁ。…ココロノツマッテカ???
でも俺は、恋人にするにはいいが、…フリンジャナイゾ!
旦那にするには、ダメだな。
まぁ、shimamaの旦那も俺も同じ野郎である訳だから、
そうは変わらんだろ。
俺も同じようにぐうたらの要素はあるわけだ。
しかし、妻の前でナ〜ンもせんで、ぐうたらできるってのは、
それだけ妻に頼りっ切り、あてにしている証だからな。
俺の場合、嫁の実家に転がり込んでも、俺が料理することは稀ではない。
初め、お袋さんも野郎が飯作って、自分が何もしないってのは
飛んでもない非常識で落ち着かなかったみたいだが、
最近は慣れたみたい。
これにしても、俺が作った方が、美味いからだ。
結果、自分のやりたいようにやりたいだけ。
だから、ナ〜ンもしないぐうたら旦那を持ってる奴は、
それだけ愛されているってことだな。…オメデト!!
2014/7/13(日) 午前 10:03
タカさんが旦那は無理
私、旦那にするなら
おとなしい公務員の定年までしっかり勤めて
しっかりボーナス出て老後も年金いっぱいです人で
何やっても良いよって人が良い(´V`)♪
それでデブ専なら最高(*⌒▽⌒*)
もう荒波たってる海に
小舟で漕ぎ出す人生はヤダ
2014/7/13(日) 午前 11:19
親友が良いなぁ
戦友でも良いなぁ(笑)
2014/7/13(日) 午前 11:23
男が50歳も過ぎたら、やはり自分一人いや、もしかしたら、男というものは、5歳の時から自分しかあにしてないのかもなあ。。。。(もちろん例外は多いでしょうが)
女の人はそうではなく、頼れる人をいつも探してる気がします。
高さんの、「俺は人とは違う」という自信は度胸と頭の良さに起因してるのかもなあ。それが若い時だけでなく、今でもそうなら、それはそれで事業家としては必須条件なんかもなあ。
2014/7/13(日) 午後 4:33
じゅんこ、多分な。俺が普通の奴と同じような人生を
選んで来たんだったら、それは正解だな。
俺はナルシストで、カッコよく生きたい!カッコよく死にたい!
ってのがあるからねぇ。
しかし、遺憾ながら神様のシモベだってことに気づいちまった
からなぁ。
多分、この先世のため人のために働かなければ、
みじめな死に方をするような気がする。
2014/7/14(月) 午後 8:14