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ヴィルデ・フラングさん。つい先日も来日し、メンデルスゾーンのコンチェルトで
オケと共演したり、リヒャルト・シュトラウスのソナタを中心としたリサイタルで、
多くの聴衆を熱狂させた(のよね?)。ノルウェー出身のヴァイオリニストです。
私はいずれも聴きに行けず、とても残念でした。
なので、もうだいぶ前にリリースされたんだと思いますが、
彼女の新譜、ブリテンとコルンゴルトの協奏曲集についてちょっと感想。
当CDの1曲目に収録されたコルンゴルトについては、特に言うことありません。
「素晴らしい」。 以上。
唯一、さらなる希望があるとすれば、もうちょっとウィーンを彷彿とさせる
芳醇な音色があってもよいかな、という点。この曲は、確かにアメリカ亡命後の
1945年の作曲で、ハリウッドの映画音楽に携わってすっかり人気者になって
からの作品ですが、やっぱりコルンゴルト作品には、いつの時代の作品でも、
どこかウィーンの香りが漂っていてほしいというのが、私の個人的願望。
ただ、フラングさんの音は、非常に柔軟で美しいですが、しっかりと肉付きもあり、弦の上っ面をスカスカなでるだけの刹那的な音ではない点に、好感を持ちます。
さて、ブリテン。この曲は1939年、カナダ滞在中に仕上がったのですが、
書き始めはイギリスを出発する前からとのこと。25歳の時の作品。
彼の天才ぶりが如実に現れた、初期の傑作といえるでしょう。
この曲は、ベルクのヴァイオリン協奏曲の影響を受けているとよく言われます。
ベルクを心から尊敬し、彼の下で学びたいと熱望していた青年ブリテン。
バルセロナにおけるコンチェルトの初演に立ち合う幸運に恵まれたブリテンは、
ほとんど崇拝に近い賛辞を贈っています。
その3年後に完成した作曲者唯一のヴァイオリン協奏曲は、初演者アントニオ・
ブロサがスペイン人ということもあり、ベルク作品との縁を感じさせます。
内容的にも、1楽章冒頭のソロ・ヴァイオリンの旋律も、オスティナートとして
保持される伴奏音型も、スペイン風。他方、終楽章で用いられるパッサカリアも、
ブリテンが幼い時に聴いて感動したブラームス第4交響曲の終楽章が意識されて
いるようですが、もともとはスペイン起源の音楽様式です。
この曲にはスペイン内戦が暗い影を落としている、というのはブロサの言ですが、
非常に攻撃的な荒れぶる中間楽章も含め、一貫して、悲劇的な世界観が現れた
作品です。ブリテン自身、この曲のただならぬ「重たさ」について言及しています。
前置きが長くなりましたが、で、フラングさんの演奏はどうかというと、
私が最初に聴いたときの印象は、「(特に両端楽章が)軽いな」、というものでした。
でも、何度か聴いていくうちに、そういう印象はだんだん薄れ、内燃する情念の
ダイナミズムを、深刻さとは別の、むしろ心地よい緊張感の中に封じ込めた、
彼女らしい演奏だと思うようになりました。抜き差しならぬ第2大戦前夜の
張り詰めた空気とは別物なのかもしれませんが。
この作品は、とにかく技術的に弾きにくく、ヴァイオリンの指回りの常識に
反するような複雑さに満ちていて、6度、オクターブ、10度といった目まぐるしい
上下動を繰り返す音階的なパッセージや、グリッサンド、ハーモニクスの頻用、
非常にトリッキーなリズムの変化が相次ぐ、とんでもなく演奏困難な作品です。
だから、譜面どおりに音が並び、正確にリズムと音程を取っていくだけでも、
至難の業なのですが、そのうえで、度を越した緊張と静寂を醸し出しつつ
作品の悲劇性を表現しようとなると、生半可な表現力では太刀打ちできません。
ブリテンらしい鮮やかな色づかいも、あたかも日蝕に隠されて黒光りする
〈コロナ〉として描かなくてはいけないし、どんなに疾駆するパッセージも、
魂から絞り出すような終楽章の一音一音も、〈無〉の深淵から〈有〉の生命へ
閾値を突き破って湧きあがるエネルギーを感じさせなくては行けません。
無有、生死、明滅、沈黙と鳴動、絶望と希望、憎悪と慈愛・・・。
引力と斥力の衝突がもたらす、現実界と想像界の交錯。
この曲固有の〈弾きにくさ〉も、重く厳しい拮抗と葛藤の表出ゆえのことでしょう。
そういう迫真性を、このうえなく濃密に表現した演奏は、
やはり作曲者ブリテン自身の指揮による、マーク・ルボツキーの演奏です。
徹底的に音色を描き分け、歌い尽くし、語り尽くそうとする美学。
いつ聴いても、衝撃的なほどに、テクストの向こう側へと引き込まれていきます。
今日、ブリテンのヴァイオリン協奏曲のレコーディングは増えてきたし、
若い演奏家も果敢にチャレンジするようになりました。良いことですよね。
ただし、若きブリテン、しかも速書きでならしたブリテンが、火を吹く霊感と直観で
描き出したこの作品は、預言者的な眼光で時代の破局を映し出した類稀な作品
であって、弾き手も聴き手も、ある種の人生の成熟を要する作品にも思えます。
私は、ルボツキーとブリテンの演奏を聴き始めて、およそ20年。
年を経るごとに、驚嘆と厳粛さを感じるようになりました。
20年後、フラングさんのこの演奏を聴いて、私、どう思うのかしら。楽しみ。
みそ
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