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3・11東日本大震災から2年が過ぎました。
テレビや新聞では多くの特別番組や特集記事が報道され、
パパもいろんな番組を見ました。
そして最近、たまたま本屋で手に取った、笠井潔さんの『8・15と3・11』という本を読みました。
この本、昨年9月に出版されていたそうですね。知らなかった。
それにしても、怒りが沸々と漲ってるような文章ですね・・・。
怒れる「3・11」論、みたいな?
内容的には、あまり目新しいわけじゃないみたい。でも、概ね共感できます。
敗戦時の政府や軍部、そして原発事故をめぐる電力業界・政府・学者ら「原子力ムラ」の
無責任ぶりを同型的なものと捉えて批判し、また、起きた悲劇を反省的に直視せず、
その教訓を歴史的に意識化しようとしない私たち日本人の心性にも鋭いメスを入れ、
何とかそうした悪習を乗り越える道を見出そうと格闘する論考なんです。
参照される議論は、三島由紀夫、小田実、江藤淳、山本七平、丸山眞男、吉本隆明、
和辻哲郎、鈴木大拙・・・と、この手の論考ではお馴染の面々。ふむふむ。
終章では、原発を一神教的だとして斥け、日本古来の多神教的・アニミズム的宗教性を
称揚して自然との共生を説く中沢新一を鋭く批判します。「むしろアニミズムの頽落が、
いまのような無反省・無責任の体制を招いたのではないか」と。
この点については、そのとおりなんじゃないかな。
笠井さんが「ニッポン・イデオロギー」と呼んで批判する、日本社会の
「隠蔽・忘却・抑圧」バイアスを脱するために、親鸞思想やプロテスタンティズムに
期待を寄せている点も、なかなか興味深く読みました。
ただ、浄土真宗(一向一揆)とプロテスタンティズム(ドイツ農民戦争)のごとき
(超越者に直接依拠した)庶民による抵抗運動を、21世紀の日本において
具体的にどのように再活性化していったらよいのか、それが具体的に
どのように「ニッポン・イデオロギー」の超克につながるのか、
まだよく分からないです。今後の検討課題ということかな。
そのへんの続編が出るなら、ちょっと読んでみようかしら。
賛否両論、いろいろある本でしょうけれど、けっこう考えさせられました。
パパ
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読書
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「いま見るべきは 緊急の中にある永遠の課題」と題して、2月の論壇を振り返っています。
『環』(48号)に掲載された論考にふれながら、債務(負債)とは? クレジット(信用)とは?
エネルギーとは?といった、現在にとって喫緊のテーマでありつつ永遠の課題についての
思想的な考察を紹介しています。中には、単なる金融論に留まらない、宗教的な救済論にも
関係するような論文もあるようで、読んでみようかと思っています。
このように、例えば「お金」っていったい何ものなのか、という問題を根本的に考えてみたい
という際に、とても面白い本が、上に紹介した、仲正昌樹さんの『お金に「正しさ」はあるのか』。
2004年発刊の新書ですが、ときどき読み返しては、内容の魅力にグイグイ引きこまれます。
この本に出てくるのは、キリスト教中世からマルクス、そしてジョン・ロールズの正義論まで、
シェークスピアからゲーテ、ドラキュラ、そして金原ひとみや綿矢りさ、止めは村上春樹の
「海辺のカフカ」まで、洋の東西を超えて思想史や文芸史を辿りつつ、「お金」って何なの?
と突き詰めます。
無から価値を作る錬金術、人工的に子を作製するクローン技術、抑圧された野蛮や抑圧が
生み出す亡霊・妖怪・・・。「お金」は、様々なテーマと結ばれながら、妖しい相貌を露わにします。
その昔、パンと葡萄酒が果たしていた機能はいま貨幣に置き換わっている?
いのちに値段をつけるのは正義に適うのか?・・・などなど、グッと答えに詰まる問題に
いざなわれます。「神様の正義」と「お金の正義」、さてこの関係ってどうなってるのか??
・・・・刺激的ですね。敬虔な人ほど「なんと冒涜的な!」とお感じかもしれませんが、
そう単純に割りきれませんぞ!
経済学的な金融論、財政論の観点とはひと味違う、仲正流「貨幣論」。
いまこそ、読んでみると面白い本かもしれません。
なお、仲正さんには『貨幣空間』というもう少し専門的な本もありますが、これについては、
松岡正剛さんが詳しく合の手を打っていらっしゃいますので、そちらもどうぞ。
パパ
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