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行ってきました!素晴らしかったです。
長い感想です。私自身の思い出のために書いていますが、
お時間のある方は、どうぞお付き合いください!
玉井菜採 & 野平一郎 ヴァイオリン・リサイタル
2016年4月11日(月) 東京文化会館 小ホール
玉井菜採(ヴァイオリン)、野平一郎(ピアノ)
F.シューベルト:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ ニ長調 D384 J.S.バッハ :無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第2番 ニ短調 BWV1004 ************** M.ラヴェル:ヴァイオリン・ソナタ「遺作」(1897)
G.エネスク:ヴァイオリン・ソナタ 第3番 作品25 「ルーマニア民族音楽の性格によって」 【アンコール】
G.エネスク:「幼き頃の印象」作品28 より ”籠の中の鳥とカッコウ時計”
J.S.バッハ:チェンバロとヴァイオリンのためのソナタ第1番 ロ短調 より アンダンテ
始まりのシューベルトから、アンサンブルの妙味に引き込まれます。
歌心に溢れた旋律美、ハーモニーの美しさ、柔らかく呼吸するフレージング。
まさに歌、ヴァイオリンとピアノのために書かれた〈リート〉ですね。
前に出たり、後ろに退いたり、ヴァイオリンとピアノの掛け合いが絶妙。
裏に回った時の合いの手の打ち方ひとつとっても、見事。
例えば3楽章ロンドなど顕著。8分の6拍子を基礎づけるスラー音型の伴奏部が
ヴァイオリンに度々登場しますが、そのリズム感と流動性が実に音楽的。
こういうところひとつひとつ、隅々まで歌い、語るヴァイオリン。
さすが、恩師アナ・チュマチェンコ譲りのシューベルト弾きですね。
また1楽章展開部や、2、3楽章の中間部での、移ろう音色と詩情。
シューベルトらしい和声変化の醍醐味を味わうことができました。
それにしてもシューベルトで始める今回のプログラム構成は見事です。
シューベルトで始めるのは、モーツァルトで始まるよりずっと難しい。ほんとうに。
続くバッハ。圧巻。
最初のアルマンドから最後のシャコンヌまで、このパルティータが一貫して舞曲で
あることが、いきいきと伝わってきます。そのキャラクターの描き分けが見事です。
いつもながら和声の処理、解決の仕方、リズムの扱い、多声構造の明晰な形成、どれをとっても、飛びきりのバッハです。
そして玉井さんのバッハは毎回新たな変化に富み、ファンタジーに溢れています。
ときには、もっと古楽奏法に寄った演奏をされることもありますが、今回はモダンで
演奏することの美質を存分に生かす点で、より顕著でした。
要所要所で柔らかく心地よいヴィブラートがかかりますが、基本的に控えめ。
一方、モダン弓の強さと機能性をフルに生かし、自在なボウイングで、
ダイナミックに呼吸し、朗々と歌い、軽やかに、時に力強く舞っていました。
私にはもはや「謎」でしかないのは、シャコンヌでのバス声部の動きの明晰さ。
流れるようなボウイングの中でまったく誇張的な運弓操作が見られないのに、
D線、G線のたっぷりとした響きが見事に立ち上がってきます。素晴らしい!
それにしてもバロック音楽は低声部が運んでいることを改めて実感させられます。
今日もたくさん学生が聴きに来ていましたが、バッハ演奏の素晴らしいお手本
ですね。そしてエネスクへの最高のオマージュを聴かせてもらいました。
後半のラヴェル。
がらりと雰囲気が変わります。バッハとの違いはもちろんのことですが、
フレージングのアプローチが、シューベルトとも完全に違います。
ウィーン古典派やドイツ・ロマン派の弾き方と明確に切り換えています。
フレーズの頂点への登り方、降り方をコントロールすることで、濃厚に弾いても、
艶やかなハリができるだけで、重たい膨らみは作りません。これは大切な点ね。
そして野平さんのピアノ。この曲はピアノのほうがはるかに面白いのですが、
ハーモニーの変化が、ただ移ろうのではなく、「切り換わる」瞬間として
表現されるところが素晴らしいです。映写機で一枚一枚カラーグラスを
切り換えていくように、照らし出される色が瞬間瞬間に連続変化していきます。
シューベルトとは実に対照的。後半最初にラヴェルを置いた味わいもひとしお!
最後にエネスク。
はぁ、もう一回聴きたい! いや、もう何度でも。
1楽章は、非常に柔軟に起伏をつくり、彫の深い演奏でしたが、
哀愁や郷愁と並んで、どこか洗練と気品も漂っていて、すこぶる美しい演奏。
ある種、もっと頽廃的で、持ち崩した翳りがある演奏も面白いかもしれませんが、
私は、この一楽章、心に真っすぐ届きました。
続く2楽章、3楽章は言葉がありません。
2楽章では、荒れぶる中間部の高揚の後に、音楽的なクライマックスを持ってくる
その語りの説得力に脱帽。ミュートをつけて、まるで嗚咽にむせる口元を押さながら歌うような、この場所こそ、この曲の魂の深奥なのだと気づかされます。
3楽章は、めくるめくキャラクター変化が命ですが、エネスクの指定したテンポ
変化を的確に捉えつつ、各キャラクターが実に生き生きと描き分けられます。
この楽章は、非常に高度なテクニックと力動性が必要ですが、
運動性能の高さだけが前に出るアスレティックな演奏になってはいけないし、
どぎつい技巧をひけらかすアクロバティックな演奏になっても、台無しです。
そんなことが大事なのではなく、エネスクがバッハについて述べているのと同様、各キャラクターをいかに捉え、どう弾き分けるかが大切。
エネスクにとって、バッハも自作ソナタも、同一線上にあったはずなのです。
この楽章に限った話ではありませんが、今回の玉井さんと野平さんの演奏は、
各キャラクターの個性を的確に掴み、それをしっかりと語り尽くす演奏でした。
とりわけこの3楽章では、能の「序破急」のごとき展開の中で、連続と断絶の
ステップ・シークエンスが、しっかりと方向性を持って描き出されていました。
(エネスクにお能を観せたら、彼は熱狂したに違いない!)
この曲が無軌道の乱舞ではないことを明確に示してくれました。
最後にアンコール。
ラヴェルのツィガーヌかな、と思った方も多いかもしれませんよね。
私もあり得ると思いました。しかしエネスク作品からの一節を選択。
ここでツィガーヌを選ばなかった見識は、さすが。
もちろんツィガーヌは実によく書けている名曲ですが、エネスク3番の
後にもってきたら、やはり蛇足というものでしょう。
驚いたのはバッハ。最後の最後で、そう来たか!
まったくテイストが異なる曲が並ぶ今日のプログラム。
どれだけ演奏者は頭と体の切り替えが大変だっただろうか。
その最後に、こんなにシンプルで清らかなバッハに、あえて戻ります?
もはやピシッとテンポ感を決めるのさえ、難しかったに違いないのに、
おふたりはさらりと弾いて、お客さんの心を鎮めてくれました。感服。
ニ長調のシューベルトに始まり、ニ長調のバッハ・アンダンテで終わる。
見事な円環を描いて、忘れられないリサイタルが幕を閉じました。
みそ
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