日々の浪漫

企画屋による発想用メモ。ゲーム、映画、本、フットサル、サッカー、その他個人の日記等々。とにかく量で勝負…

美術、芸術、展覧会

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中川一政美術館

※相当前なのでかなり忘れてしまった。


真鶴へ小旅行へ行った際に立ち寄った。
半島の真ん中あたり、周りを森に囲まれたところに美術館があった。

中川一政については、実はあまり知らなかったが、
画風がゴッホに似ていて好きになった。

魚などの生物が異様に力強かった。

後で調べたら、色々分かったのだが、
やはりゴッホにあこがれて絵を始めたようだ。

ウィキに載っていた話だが、集めていたコレクションの中に本物のゴッホの絵もあったそうな。
本人は知っていたか知らずに買ったか不明らしい

一葉記念館

http://www.taitocity.net/taito/ichiyo/

台東区にある樋口一葉の記念館へ行ってきた。
実は、たまたま近くを通っただけで、
樋口一葉については全然詳しくない。

まともに一冊読んだ事はないか、と。

きれいな館内には、一葉の歴史や、
一葉にまつわる品々、
それと同時に吉原の特集などをやっていて、
遊女の服や下駄や、吉原の模型などが展示されていた。

一葉自身が遊女であったわけではもちろんないが、
一葉の生家と吉原は非常に近く、
一家が借金から商売を始めたときも、
吉原通いの客相手に、にぎやかなとおりで小物などを売っていたようだ。

しかし、映画などではみたことあったが、
おいらんの下駄のでかいことでかいこと…

あんなでかい(高い)下駄を履いて足でもくじいたら骨でも折れてしまいそうだ


それはおいておいて、
一葉の人生はかなり波乱万丈だったようだ。

10代で和歌をならい、その面でもずば抜けていたようだが、
原稿料目当てで小説を書き始めたらしい。

24歳で結核で死んでしまうわけだが、
それだけの若さで、これほどまで名が残っているのが凄い。
普通に生きてたら、もっと色々な作品が読めたかもしれないわけだ。

しかし、かなりの貧乏だったのが、
いまや5千円札の表紙になっているとは、皮肉なものだ

崖の上のポニョ

イメージ 1

http://www.ghibli.jp/ponyo/


観てきた。
全く子供向きではなく、
さらに、物語ではない、と言う点で、
完全に評価が分かれる作品だと思うが、
自分としては、最高に良かった。

些細なつじつま、明確なテーマ、などは無く、
「驚き」や「社会性をもったテーマの断片」や、
登場人物の自立的な意志によって、
おもちゃ箱をひっくり返したような状態になっているが、
それを楽しめる、消化できる人ならばお勧め。

子供には向かない、とは思う一方で、
個々の断片的には、相当にぎやかで愉快な映像満載なので、
意外と年齢の低い子供には、楽しめるのかもしれない。
(ここら辺は、聞いてみたいものだ)


表面的には明るいのだが、明るさにも色々ある。
ここからは勝手な妄想だが、
ポニョは「動物であり、女であり、自然」である。
自然が持つ、問答言わせない、論理では説明つかない「怖さ」、
その怖さをこの作品は持っている。

ポニョが人間となって、
すさまじい嵐を伴い、ソウスケの前にやってくるとき、
それは「怖い」のである。

しかしその「怖さ」は、逃げ出したくなるような怖さではない。
そのような次元を遙かに越えた怖さ、であり、
それは同時に、次に来る「変化」を約束させる。


金魚であり、人間でもある半魚人を愛せるか?
ソウスケには、全く迷いがない点がとても救われる。


この映画は、現代の神話である。
もちろん、人魚姫などを連想させる、という点もあるが、
構造的に神話に近い。

神話には、理不尽さが満載だが、だから価値が無い、と言うことはならない。
古代の人は高度な抽象概念や、科学技術を持たなかった代わりに、
身近な自然物などを道具としてもちいて、あらがいがたい欲求の元に、
何かを記述しようとした。

いや、むしろ、ささいなつじつまなどはどうでも良いことであり、
「表現したい何か」の為には、色々あちこちから、面白く、分かりやすいものを借りれば良いのだ。
大事なのは完結することでも、一言で言えてしまうような明確なテーマでもない。
一言では言えないことを表現したいから、なんとか拾い集めで語っているのだ。

http://www.epson.jp/epsite/

「里山の雑木林は人が直接管理していく森だが、伊勢は心を通わせ、見守っていく森」と今森は言う。伊勢の森では、太古から変わることのない、日本の森の姿を見ることができる。そこには自然を畏れ、精神性を求めてきた日本人の心のふるさとがある。

(上記サイトより引用)


日本の神社は、特に昔から聖域とされていた場所には、
ほぼ太古の昔から人の手が入っていない。
文明や人の干渉が無い場合に、本来、その場所で自然がどのような姿を見せるかは、
神社に行けば分かる。

伊勢には行ったこと無いけど、いつか、
というか近い内にでも行ってみたい。

というわけで、その前にこの展覧会に行ければ行ってみようかと。

昆虫4億年の旅

http://www.syabi.com/details/conchu.html

今森光彦さんの昆虫をフィーチャーした写真展に行って来た。

世界中の珍しい昆虫が半分、
残り半分は、誰でも見たことあるような身近な昆虫。

珍しい昆虫もそうだが、
身近な昆虫でも、間近で見ると、ものすごい形態や構造をしていて、
昆虫が彼らの進化の極限まできている、と言う理由が肌で理解できる。

特に、周囲の環境に擬態する様子はすごい。
一見何も映っていないように見える、木の枝などの写真に、
よ〜く見ると、カマキリなどが隠れていたりする。


ダーウィンの進化論的に言って、
偶然、木の枝に似ていた種が残った?
ほんとだろうか?

生き物は全くランダムなふるいにかけられ、偶然の繰り返しで今の形になったのだろうか?

最近ちょっと読んでいる複雑系の学問によれば、
生命は自らある方向性を目指し、同時に、末端部分で偶然性のふるいにかけられる、
という理論を提唱しているが、
個人的には、その方が真実に近いように思う。


そんなことを思わせる展覧会であった。

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