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この日は朝から雨が降り、寒かった。
すぅ、はぁ。すぅ、はぁ。
吐く息も白くなる。
その白い息を大きく吸い込み、一瞬とめる。
「神雅流破城拳・とっかん!!」
ぱらぱら、と雨の粒が落ちてきた。
だが木は揺れるだけで、弾力でもとの静寂を取り戻した。
「なんで!なんでできないんだっ!」
今から2年前、俺はこのときも道場の裏で修行していた。
「やはり内功だけじゃ、この技の習得できないんか・・・?」
夕凪《ユウナギ》の失踪から6年。
修行を本格的に行い始めると、内功関係の技はあっという間にできた。
だが『突貫』は拳を氣によって、突きで生じる耐え切れない衝撃を、保護することで成立する外功の技。
「〜〜〜ッ」
自身の指先を見る。
内功で内側から守っているが爪は割れ、皮膚は裂けていた。
「仕方ない・・・帰るか・・・」
これ以上傷が深まれば、今後の修行にも差し支えるため、断念せざるを得なかった。
「?」
道場の入り口へ戻ってくると、その前に箱が置いてあった。
「なんだこれ?」
手にとって見ると、それには薬と包帯が入っていた。
自分で置いた記憶はない。
(じゃあ、だれが?)
家族はいない。
宗家な訳ないし・・・。
きっと、俺をまだ見捨ててない分家の誰かだろう。
そう自己完結することにした。
「くっ!」
手馴れた手つきで、自分の手に包帯を巻く。
しかし、消毒は誰が塗っても痛い。
古傷が治る前に新しい傷ができるため、だんだんと包帯が増えていく。
「これで良し、と」
手当てをし終わり、包帯がほどけないか確かめる。
「筋トレでもするか・・・」
手を傷めるため、技の修行はできないが、筋トレならばできるだろう。
そう考え、道場の中に入るため扉を開ける。
ドン、ドンッ!
その時、門を叩く音がする。
「いったい誰だ・・・」
客なんて久しく来ていない。
出入りする者といえば江茉《エマ》ぐらいだが、あいつは勝手に入ってくる。
あと考えられるのは、分家の住人だが。
ぎぃ・・・
古い木の門を少しだけ開ける。
予想通り、そこにいたのは分家の人。
「なんのようだ?」
修行の邪魔をされたことに少々苛立ちながら、問う。
「ハヤト、ちょっと来てくれっ!」
そういって手を掴まれ、引っ張られる。
久々に会った彼は走ってきたのだろう、寒い中顔を赤くしていた。
「ちょ・・・いったい何なんだっ!」
俺は手を振りほどこうとする。
「いいから、来い!」
だが、傷ついた手を掴まれているため力が入らず、振りほどけない。
その状態でどれくらい連れて行かれただろうか。
町の中央部、分家と宗家それぞれ土地の境あたりか。
辺りは畑くらいしかない、その場所に人だかりが出来ていた。
(なに事だ?)
「お〜い!ハヤトを連れてきたぞ!」
彼は手を振り合図を送る。
すると人垣が割れ、俺をその中心に押し進める。
「なん・・・?」
その中央には少女が、1人倒れていた。
「エマ?」
次第に強くなってきた雨が当たらないように傘で遮っていたが、江茉《エマ》は全身ビショビショに濡れていた。
「どうしたんだ?どうしてこんな所で倒れてる?」
俺が心配する事はない。
江茉《エマ》は宗家だし、毎回修行の邪魔をしに来る。
「わからん。だが、『尋常』じゃない」
様子を見てみると、雨が原因と思われた『濡れ』は、江茉《エマ》の体から発していた。
汗かと思われたが、その量は半端でなく多い。
「どうして、だれも宗家に連れて行かない?」
「どうして、といわれても・・・なぁ?」
宗家と分家は夕凪《ユウナギ》の一件以降、互いに『不可侵』を保っていた。
だからといって、急患を道端でそのままにしている状況に、憤りを感じた。
「それにしても俺を呼びに来る前に、やる事はあったんじゃないか?」
「いや、お前の名前をうわ言で言っていたんで、呼んだんだが・・・」
その言い訳は俺の苛立ちの火に油を注ぐだけだった。
「もういい、俺が宗家まで連れて行く!」
そう言い、俺は江茉《エマ》を背負う。
(くっ!)
12歳の女児とはいえ13歳には重く、傷のある手に食い込む。
ここから江茉《エマ》の家までは普通に歩いても、15分。
この状態では20分は掛かるだろう。
両手で支えているため、傘も差すことができず、雨が傷にしみる。
どうして、江茉《エマ》はあんな所にいたのか。
どうして、あんな所で倒れることになったのか。
そんな事は解らない。
だが、きっと任務をしてきたのだろう。
江茉《エマ》は神雅流の英才教育によって、同年代では最強の外功使いに成長していた。
そのため夕凪《ユウナギ》の次に早く、十二支会なった。
現在、第十支『申』隊の隊長であり、次第に任務も増えてきた。
「雪、か」
雨はいつの間にか雪になっていた。
本格的に気温が下がったが、2人の体が接触しているところだけ火照るように熱かった。
江茉《エマ》の体から流れる水は止まることなく、それに雪が触れた瞬間解けて同化した。
気がつけば、目の前には大きな門があった。
宗家の門である。
「門を開けろっ!エマを連れてきたっ!」
両手がふさがり、門を叩く事が出来ない俺は代わりに叫ぶ。
すると、すぐに門が開いた。
「はいはい!?ハヤト様!?」
出てきた庭師は俺の姿を見て驚く。
宗家と争ってから数年、来ていないのだから、それも当然だろう。
「コイツを届けに来た」
俺は背を傾け、江茉《エマ》を見せる。
「え、エマ様!?」
当然、もう一度驚く。
「早く受け取ってくれないか?こんなところ他の奴に見られたくない」
「では、お入りください」
俺はさっさと渡そうとするが、庭師はそのまま迎え入れる。
「な、なんだ?」
「ワタクシの力ではエマ様を抱え、お運びすることが出来ませんで」
俺はしかたなく、かすかな記憶にある江茉《エマ》の部屋まで運ぶ。
だが全身、雨だか雪だか、謎の水だかで濡れに濡れており、あっという間に畳に水溜りができる。
(せめて、体を拭かないと・・・)
このままでは良くなる前に、風邪を引く。
だが、俺がそこまでする義理もない。
「あとは私が面倒みます」
そこに表れたのは、江茉《エマ》の妹の千和《チノワ》だった。
現在9歳だが、すでに鴉《カラス》に開眼しており、その能力の希少性のため家に閉じ込められている、らしい。
夕凪《ユウナギ》の再来と言われるほど、才能は姉の江茉《エマ》以上だ。
(鴉《カラス》・・・?)
「もしかして、これが鴉《カラス》の目覚め、なのか?」
聞いたことはある。
鴉《カラス》はとても強い力であるが、その『目覚め』の時は能力をコントロールできず暴走する。
その性質が強ければ強いほど体へのダメージを大きく、酷いときは死にいたることもある、と。
「朝から体調が悪かったけど、それが『目覚め』の時だったみたい」
江茉《エマ》の息は荒い。
その息遣いだけで、『異常』なのは解った。
そんな異常は今まで、見たことないほど。
「俺に出来る事はないか?」
だから焦って、そんなこと聞いたのだろう。
「ハヤトにいさんに出来る事は、ここから出てく事だけ」
「えっ!?ごめんっ!」
千和《チノワ》は江茉《エマ》の体を拭いていた。
だがそれは付け焼刃で、完全に水を無くすことが出来ない。
しかし、それをさらに続けるには、迅人《ハヤト》は邪魔だったのだろう。
俺はその言葉に従い、外に出た。
雪はさらに勢いを増していた。
明日には積もっているだろう。
俺の足跡と『水』で開いた穴が通ってきた道を教える。
俺は門をくぐって、敷地の外へ。
だが、そこまで出て、足が止まる。
(チノワはエマが朝から体調が悪そうだった、と言っていた。なのにあんな所でいったい何をやっていたんだ?)
腐っても江茉《エマ》は宗家の娘だ。
任務を交代させる事など、簡単だろう。
(じゃあ、いったい何を・・・?)
解らなかった。
その時、雪を踏みしめ駆けてくる音が後ろから聞こえ、振り返る。
千和《チノワ》が追いかけて来た。
「エマはどうしたん?」
「おじいさまに交代してもらったよ」
「そっか・・・で、何のようだ?」
「さっき、言い忘れたことがあって・・・」
俺がそっけなげに言い放つと、千和《チノワ》は萎縮しながらも、しっかり答える。
「言い忘れた事って?」
そこにいたのは9歳の女児。
だが、その姉にも勝るとも劣らない目の強さに、若干後ずさる。
「ねえさんの事は大丈夫だから心配しないで・・・だけど、もう少し想ってあげて」
その最後に残した、言葉の意味はまるで解らなかった。
「どういう意・・「じゃあまた、後でね」
それを言い終わると、すぐに帰っていったため、聞くことも出来なかった。
(いったいなんだったんだ?)
俺も帰ることにした。
正直、こんな所に用もなく長居したくない。
(エマは大丈夫だろうか?)
千和《チノワ》は大丈夫と言っていた。
それに宗家には『氣』のプロも沢山いる。
(まったく何、心配してんだ、俺は・・・)
俺が心配しても、どうにもならないし、仕方ない。
雪が街灯の光を乱反射させ、辺りはいつも異常にあかるいが、日はとっくに落ちていた。
(まったく、疲れる一日だった)
騒ぎの収まった町は静寂を取り戻していた。
(こんな日は、書物を読むに限る、な)
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