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去年の4月だったと思いますが、「彼岸島」の仕事の話が来て、まず監督に会いに行きました。そのときは、この映画は公開前だったんですけど、監督が海外セールス用の10分の予告編を見せてくれました。そのときに、ぐっと来るものがあり涙がでてしまいました。力のある映画だと。詳しい内容はまったく知らずに見たんですけど、すごい映画だと思いました。それで絶対この監督と仕事がやりたい!と思いました。そのときは、「ノーボーイズ・ノークライ(ボート)」の仕事があったので、タイミング的に一緒にできるかどうかはわからない状況だったんですよ。でも、キム・テギュン監督と一緒に仕事ができることになって、ほんとよかったと思います。
以下、監督の映画へのコメントです。
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私の人生にて、忘れることができない記憶のひとつは、
10年前に見た北朝鮮に関するドキュメンタリーです。
自分の子供たちと一緒に家族で集まり、テレビを見ていたとき、
これ以上ない心の痛みをその映像を見て感じました。
コッジェビ(北朝鮮の貧しい子供たちのこと)と呼ばれる5,6歳くらいの幼い子供たちが、
道端に落ちているうどんを下水のような汚い水で洗って食べていたのです。
私は言葉が見つかりませんでした。
私が存在していること、生きていくということに関して、
大きな懐疑心を感じてしまいました。
とても近い場所、すぐにでも到着できるくらいの場所で
起こっているということが、信じられなく、恐怖を感じ、
そして恥ずかしいとも思いました。
それから私は、その子供たちの顔を忘れることはできませんでした。
そして、10年の月日が流れた今、「クロッシング-祈りの大地」は
私の「生」を再び考えさせてくれる作品になりました。
もしかしたら、この映画を作るために私の「生」がここまで来たのかもしれません。
あの時、感じた、あの恥ずかしさが「クロッシング-祈りの大地」という作品を
完成まで導いてくれる力になったのです。
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この映画実現のためには、ほんといろんな苦労があったと思います。撮影のこととか聞くと、想像しただけでも疲れがどっとくるほどの大変さがありました。でも、それだけ素晴らしい経験もできたんだろうなとも思います。韓国、モンゴル、中国での撮影。モンゴルの砂漠での撮影は想像を絶するものだったようです。
チャ・インピョさんのインタビューの中で、ぐっとくるものがあったので、紹介します。
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「ロケハンで監督たちと一緒に、モンゴルに行ったときのこと。4月のモンゴルの砂漠は風がかなり強くて、そして夜はかなり寒かった。砂漠に立った私は、実際にモンゴルの砂漠を渡ってくる脱北してくる途中に凍え死んだ多くの脱北者のことを考えた。私ももしかしたら、この砂漠で一人残されて、誰の助けもなかったら、死んでしまうだとうと思った。しかし、砂漠の夜は素晴らしく美しかった。地平線から反対側の地平線まで、数え切れないほどの星がカーペットのように夜空に広がっていた。しかし、このような美しい星の輝きも、美しいと感じることができるのは、それなりの生活をしている人だけだろう。この砂漠を命がけで渡る、切迫した状態にいる彼らには、決して美しいとは感じられないかもしれないと思ってしまった。
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美しいというのは、やはり余裕のある人だけが感じられるのかもしれまんね。広大な砂漠の夜の星、それは美しいというよりも、無限に広がる不安につながったのかもしれません。でも、星明かりが彼らの希望になっていた、とも考えたいです。
監督は、この映画を撮りながら、やっぱり北朝鮮を扱うことは、簡単なことではないので、危ない目にあったり、脅されたり?するんじゃないかと思ったこともあったらしいです。でも、そんな不安に押しつぶされてこのプロジェクトから逃げずに、素晴らしい映画を作ってくれました。運良く?危ない目にあったことはなかったらしいので、ほっとしました。
台詞は北朝鮮の方言なので、やっぱり自分には難しかったです。なので、韓国語字幕で見ました。でも、台詞をそのまま字幕化しているので、難しい部分もありましたね。あと、北朝鮮に関する知識があまりないので、ここはどこだろう?なんでここに来ることになったんだ?というような疑問もたくさんありました。もっとこの映画を理解するために、もっと北朝鮮の人々を理解するように、ちょっと勉強したいと思います。これから、どんどん北朝鮮が問題化されるだろうし、マスコミで取り上げられることも多くなってくると思います。国じゃなくて、人のことももっと伝えてほしいですが、受身じゃなくて、自らすすんで情報を得たいと思います。
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