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東大門運動場跡に、デザインプラザというもんが建設されますが、その敷地内で1年前くらいから発掘調査をしています。建設のために来月5月の中ごろには終るらしいんですが。敷地内から出てくるものは、1910年、20年くらいのものが中心です。それはなぜかというと、その昔、1910年、20年あたりに東大門運動場の前身となるキョンソン運動場というものがありまして、その建設によって埋められたものがそのまま発掘されてるのです。
発掘してみると、いろんなものが発見されてましたね。建物の跡、柱の跡、水路、井戸とか。当時は日本が侵略していた時代なので、日本製の茶碗などが山のようにありました。昔の人の生活がここにはあり、昔の人がこれを使っていた。正直、歴史には昔から興味はありませんでしたが、実際に、当時の人のことを思い浮かべてみると、歴史っておもしろいかもしれないと思いました。学生の頃は、歴史の授業が一番嫌で、赤点ばかりでした(笑。8メートルくらい掘られたところに、東大門と繋がる壁が姿を現せました。もともとは東大門、南大門、西大門、そしておそらく北大門(と呼ばれるものは今はないけど)は壁でつながっていてソウルを取り囲んでいました。その壁の一部が見つかったのです。これはすごい発掘だと思いますね。まじかで見て感動してしまいました。
8メートルくらい掘ったところにでてきたということは、当時は、8メートル下に地面があったということになります。もともとはすぐ横に山(までは大きくはないと思いますが、峠?かなにか)があったらしくて、その山を削って、その土で埋め尽くしてから、キョンソン運動場をを作ったらしいんですよ。だから、東大門運動場一体は、今は平らだと思いますが、昔は坂道が続いていたのでしょうか。そういえば、東大門から大学路(テハンノ)への道は今でも坂道です。
面白いことに、発掘現場の下は、地下鉄が走っています。トンネルを掘るときに、この東大門から延びる壁にうまくぶつからなかったのでしょうか。それとも、偶然ぶつからなかったのでしょうか。今回、発掘してみたたら、壁が見つかった!っと言っていたので、偶然ぶつからなかったのかもしれませんね。なんか不思議です。
開発のために、発掘調査も終えざるをえないのは、大変悲しいことです。が、発掘された壁の一部はデザインプラザの敷地内に作る公園の中に残すようです。
ちなみに、発掘現場は外から見れるようになってます。ミリオレの向かい側に渡ると、壁の一部が透明になっていて、中が見れるようになっています。5月の中ごろまでということなので、皆さん急げ!です。
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