新ハイキング よもやま情報

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森田 武さんには、夏沢鉱泉―硫黄岳をご寄稿いただきました。
 
森田さんからのコメントです。
1960年ごろ『新ハイキング』と出合い、1986年ごろから、紀行、ガイド、随想を寄稿させていただいてます。
好みの山は、南・北・中央アルプス、八ヶ岳、谷川岳で、半世紀を掛けて、東京湾から、中部山岳地帯を越えて、富山湾までの山々を縦走しました。今は力尽きて、もっぱら「里山歩き」です。
山歩きのこだわりは、「野鳥と野草との出合い」ですが、植物や生き物と出合える機会は、里山の方が多いことに気づきました。
最近は、日本自然保護協会の自然観察指導員として、山仲間と毎月一回里山歩きを楽しんでいます。
写真は、175月龍崖山(飯能市)でのものです。

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 久曽神皐浩(きゅうそじん たかひろ)さんには、北海道知円別岳―東岳をご寄稿いただきました。

 久曽神さんからのコメントです。

  50歳近くまでに我流で百名山を登りましたが、いろいろな考えの人と知り合いながら変化に富んだ山歩きをしたいと思い入会しました。植物、花、鳥などにも詳しい人が大勢おり、いろいろな方と知り合いになり楽しく歩いております。 
 好みの山域は、南アの深南部、上越国境線、飯豊山系、越後の山と変遷しましたが、ここ30年変わらず歩いているのは北海道の山です。最近は残雪期のブナ林に幕営し、低山を放浪するのを無上の喜びとしています。
 写真は,辺計礼山で撮りました。


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 石森長博さんには、福井県のバンビラインをご寄稿いただきました。

石森さんから寄せられた自己紹介です。
鶴来山岳会(石川県)の会員として50数年間、山歩きを続けています。
1970年の岩手国体の山岳競技に選手として参加。その後山岳協会理事として京都や北海道での国体山岳競技審判員を経て、1991年地元開催の石川国体では競技運営責任者を務めましたが、自然の山を会場とする競技に違和感を覚え次第に競技と離別し、山の文化を探求する道に入って行きました。
日本山岳修験学会に入会して学術的な講演や論文に接し、修験道の歴史や痕跡をたどる山歩きが続きました。山岳修験の開祖と崇められる役行者ゆかりの山や、開創した寺社の探訪をフイールドワークとして全国各地を巡り、昨年の山歩きは60回を数えました。
新ハイキング誌との出合いは東京勤務の際、土地勘のない関東の山歩きガイドとして購読し、93年9月に入会しております。
「せせらぎ」欄に投稿したことがきっかけで、編集部からの依頼があり、2007年5月号(№619)に「霊峰白山の魅力」の寄稿を最初に、本年3月の№737号まで通算57誌、お世話になっています。
写真は15年7月、飛騨新道(伴次郎街道)の大滝山南峰(2614.5m)でのものです。

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鶴野さんには、「明神ヶ岳」をご寄稿いただきました。鶴野さんからのメッセージを紹介します。

 私と『新ハイキング』誌との関わりは、35年前にさかのぼります。第316号(昭和57年2月号)に投稿した「随想」が掲載されたのが、始まりです。
 それ以来、紀行やガイドも掲載されるようになりました。今日でも、年に4〜5本、紀行文を投稿しています。
 私には、好みの山域は特にありません。50余年山登りを続けてきて、
70歳を超えました。山登りができるのもあと4〜5年ではないかと実感しています。
 したがって、国内のまだ登っていない山々に、標高の高低や、有名か無名かを問わずに、一つでも二つでも多く登りたいと強く願っています。

 最近は、茨城県の八溝山、男体山、竪破山、高鈴山、吾国山などの山々に

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登っています。
 また、北は北海道の利尻山から、南は屋久島の宮之浦岳まで登りましたが、東京都内に住む私にとって、関西地方の山々は空白地帯です。そのため、一昨年からは、努めて三重、滋賀、奈良、兵庫県の山々にも登るようにしています。
 今年登りたいのは、藤原岳、大峰の山上ヶ岳、武奈ヶ岳、氷ノ山などです。時間だけはたっぷりありますが、東京からは遠く、交通費がかさむのが悩みです。
 私にとって山登りは、しょせん「遊び」にすぎません。従って、遭難事故を起こしたり怪我をして、他人や家族に迷惑をかけることをしてはならない、と常に自戒して計画を立て行動をしています。
             (写真は1611月俱留尊山山頂でのものです)




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 上村幸司さんには、美ヶ原でのスノーシュー紀行をご寄稿いただきました。
 上村さんのコメントをご紹介します。

 1997年に「新ハイ」に入会し、同じ都庁の職員という関係もありHリーダーの山行を中心に本部山行に参加してきました。
 私と新ハイとの関係は意外と古く、自宅にある『新ハイ』誌の一番古いバックナンバーは昭和43(1968)年5月号です。渋谷の大盛堂で買い求めていました。
40代になり職場に山の会を結成して本格的な雪山を除いて月1回ほどの山行を行ってきました。しかし40代後半になって『新ハイ』誌に書かれている本部山行にひかれていきました。
 「新ハイ」に入り、多様で多彩な人が多いことに驚かされると同時に、そういう人たちと知りあえたことは私にとっての財産だと思っています。
 最近は親しくなった新ハイの仲間と、夏は北・南アルプス、冬は八ヶ岳を歩いています。
 写真は、1603月八ヶ岳・硫黄岳山頂です。
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