上山信一の『見えないものを見よう』

未来は誰にもわからない。しかし洞察を深めれば、現実が変えられるかもしれない

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8月16日の第一回委員会の議事録(全体は、https://www.pref.aichi.jp/soshiki/bunka/gizigaiyo-aititori1.html)から私の意見部分を転載します。
(上山副座長) 
私は、残念ながら今まで「あいちトリエンナーレ」を見たことがありませんでした。しかし、今回
が4回目で毎回約 60 万人もの来場者を集め、大変素晴らしいイベントであると再認識しました。今回
については、先ほど事務局から説明があった通り、テーマとコンセプトが「情の時代」です。資料に
津田監督の力のこもった文章が書かれているが、一番最初に出てくる文字が「政治」です。「政治は可
能性の芸術である」という核心に突っ込んだところから今回の意図を説明していて、図らずしてあち
こちに、今回の問題につらなる言葉が書いてある。「世界を対立軸で解釈することはたやすいけれども、
グレーであるものを白と決めつけていいのか」とか「情報が多すぎる」とか、非常に鋭い論点を出し
ている。今回のテーマ自体は、私は、アートの力で政治に迫るという非常に意欲的なものであったと
思う。しかも、そこにジャーナリストの津田さんを選んだという人材の登用は、非常に斬新で、高く
評価したいと思う。 

しかし、その中の一部の「表現の不自由展・その後」は、展覧会内の展覧会という非常に特殊な位
置づけであったと思う。つまり過去に東京で、ほかの団体の方々が企画した展覧会で、各地で禁止さ
れた作品を集めた企画があった。今回はそれを招いてもう一度展示しようという展覧会だ。プラスア
ルファでその後に展示中止になったものを加え、その企画団体にお願いをして、実施した。ある意味
非常に特殊な展覧会であったと思う。 
特殊なものには特殊な体制が必要だったと思うが、残念ながらそれができなかったのでしょう。結
果的に中止となった。私が懸念するのは、それだけではなく、いろんな美術館や公共のイベントにお
いて、政治的だからやめておこうという自粛とか、忖度とか、そういう空気が広がるのはよくないと
思う。 

それは、芸術祭、美術館にとって非常によくないし、政治にとってもよくないし、社会全体にとっ
てもよくない。ということで、中止のままではなく、総括をして、検証をするのだが、今後どういう
形で状況を前向きに変えていくか。リカバリーに向けた検証をやるというのが、我々の使命だと考え
ている。 

どのあたりを中心に検証すべきかだが、私はアートに関しては素人なので、どこまで仮説が当たっ
ているのか分からないが、第一に展示のやり方、コンテンツ、出されたものの問題。それから第二に
展示に到るまでのプロセスの問題の、二つがあると考える。 

出された展示については、私はもっと工夫ができたのではないかと考える。 
不自由をテーマにするのであれば、例えば不自由になった原因には、それぞれの施設の意思決定が
ある。 例えば、東京都立美術館は、2012 年、2014 年、2016 年と3回中止している。それから、全国各地の
公立や民間企業の施設がいろんな形で、一旦展示としたものの許可を取り消したり、中止したりして
いる。 

なぜ中止になったのか、中止になってしまうことの良し悪しを考えることが主体であって、作品そ
のものはそれとセットで鑑賞すべきものではなかったのか。しかしながら、キュレーションというか
展示方法が不十分ではなかったのかと考える。 
その結果、一般の方が、トリエンナーレを楽しもうと思って準備なく見に来られると、一部にはこ
れは政治プロパガンダだと感じてしまわれることは否定出来ないと思う。それも、特定の考え方に偏
ったものじゃないかと思われてしまうことがありうる。 
それに対して、あれはアートの表現の自由だという主張をしても議論が噛み合わない。批判する人
は政治プロパガンダと思い、美術館側は特殊な空間のアートだと言っていても議論が噛み合わない。
これには対話が必要であるし、対話に対話を重ねないと、なかなかアートと政治というものは、お互
い分かり合えない。そしてそれ自体が、津田監督が言っている、斬新なテーマそのものに突き刺さる
難しい状況なんだろうと思う。 

具体的には、例えばあの展示を見せる前に、「表現の自由」とは何か、という基本的な勉強セッショ
ンをする。あるいは、表現の自由については、各国でいろいろな議論があり、絶対的な結論がなかな
か出ていないとか、時代によって表現の自由の範囲というものが、ヨーロッパでもアメリカでも少し
ずつ変わっているんだとか、とても悩ましいテーマだということを予告した上で、表現の自由につい
て勉強した人を前提に作品を見せるなど。そうしたいろんな工夫をしないと、表現の自由を訴えると
いう目的はなかなか達成出来なかったのではないかと思う。 
これはキュレーションなのか、アートを越えた工夫なのか分からないが、何か工夫や努力をしない
と、作品を持ち込んだところまではよかったが、受け手にちゃんとしたメッセージが伝わらなかった
のだと思う。 

もう一つ、そうなってしまった経緯として、契約が不十分だったのではないかと思う。この「不自
由展・その後」を東京でやっていた方々とこちらの実行委員会の間には民事契約がある。「不自由展」
側には、自分たちがやってきたことをできるだけそのまま展示したいという意向があるのは当然だろ
う。しかしながら、こちらの実行委員会側には会場の制約もある。そこの協議が、通常の契約のよう
に、お互い話し合うという枠組みで処理しきれたのかどうか。このあたりをはっきり検証していく必
要がある。 

あと施設管理面、動線といった物理的なこともある。規定をみると、芸術監督には、決定したり助
言したりする権限はあるが、実施するのは誰か、つまり実施責任や実施主体が文書には書かれていな
い。運営会議はあるけれども、結局、誰が実施面の具体的な精査をするのかがあまりはっきりしてい
ない。芸術監督はいろんな工夫をされたかと思うが、組織だったシュミレーションがどの程度できて
いたのかも分からない。これについても検証しないといけない。 
総じて、過去のトリエンナーレは大成功だったし、今年もたくさんのお客さんが来て全体としては
成功だと思う。しかし、ガバナンス、権限、役割分担、組織の作り方、そうした体制について、これ
を機に見直す工夫が必要だと思う。 

展示そのものについては、既にいろんな方がいろんなことを言っている。私は、政治的文脈での発
言や原理原則の発言よりも、重要なのは県民がどのくらい多様な意見を持っているか。そしてそれを
皆で共有することだと思う。展示内容について問題ないという県民もいると思うし、全く逆の意見も
いる。それぞれが、なぜそういう意見になるのか、反対の意見に接した時に、逆にどう思うのか。広
範な意見をもう一回集約して判断の事由にしていく必要がある。絶対的に黒とか白とか決めきれない
問題だとも思うので、県民の意見が重要だと思う。 

あと、作家の意図、本当は何を伝えたかったのかを、もう一度再確認する必要がある。検証が具体
的にどこまで限られた時間の中でできるかという限界はあるが、本来、作家と鑑賞者の間で成立すべ
き対話とか、環境が成立しなかったことが一番残念である。そこをつなぐような議論をこの検証の作
業に入れる必要がある。
 2019年8月16日に愛知県は「愛知トリエンナーレのあり方検証委員会」を発足させた(議事録は別のページ、本ブログで公開)。わたしは副座長をつとめることになった。委員会では9月下旬には中間的な経過報告をする予定である。
 さて関心の高いテーマだけあっていろいろな方から「どうするのですか」とか「こうしてほしい」というご質問や意見をいただく。そこで作業の準備と頭の整理の意味から現時点で気になる着眼点を紹介しておきたい(個人としての考えに過ぎない。また委員会でこれを全部調べるかどうかは別である)。
〇着眼1 展覧会の企画と準備のプロセスの解明と情報公開が重要
 本件の検証では「企画展」の検討と決定の過程を県民にきちんと情報公開する必要がある。特に実行委員会、会場、県庁の3組織がどう関わったか(あるいは、関わらなかったとしたらその背景と事情)。要は組織機能の解明が先決だろう。
 その上で芸術祭の運営とガバナンスのあり方を評価する必要がある。それを経て芸術監督、キュレーター、出展作家、作家との窓口になっていた不自由展実行委員会の5人の方々、会場管理者、県庁職員、知事らがどういう役割を果たしていたかを考察する。ちなみに芸術監督の個人の経験&能力不足(キュレーションの巧拙)や人選の妥当性についてはいくら検討しても価値判断から自由にならない。組織としてのプロセスの妥当性をむしろ検証すべきと考える。
〇着眼2 芸術祭のガバナンスのあり方を見直す
 運営や意思決定の過程に何か課題があったとしたらそれは、実行委員会、会場、県庁など芸術祭を支える組織の個々と芸術祭全体の運営とガバナンス構造に問題があったということだろう。また、今回のような事件が起きると美術館や芸術祭のブランドや信用が損なわれるという問題もある。

 組織のガバナンスは柔軟かつ丈夫にできている。もしも誰か個人やどこかの部門が間違っても他の仕組みが機能して補正が利くようになっている(はずだ)。三権分立がいい例だ。企業でも社長が間違った場合は、取締役会や株主総会でチェックを受け、それを前提に修正が起きる。そしてそれを会社法は義務付けている。

 だが、実行委員会形式の芸術祭のガバナンスは役所の枠を超えた広がりがあり、また芸術家の個人の意思なども尊重する必要がある。公立の場合、さらにステークホルダーは広がるのでなかなかに難しい。愛知に限らず各地の芸術祭に共通するガバナンス課題があろう。
 実は、私は2年前、小池都知事のもとで都庁の顧問及び特別顧問として東京五輪の予算膨張問題の解明を担当したことがある。本件は芸術祭だが、あちらはスポーツ祭。ガバナンス問題のむずかしさと構造は似ている気がする。
 五輪の準備は、都庁が出資する公益財団法人であるオリンピック組織委員会(会長は元総理の森さん)、IOC/JOC、そして都庁が一生懸命に進めていた。だが、全体予算の予測が当初予定の数千億円からどんどん膨張し「2兆、3兆(小池さんいわく、「お豆腐屋さんじゃあるまいし」)」といわれていた。いったいどうなっているのか、どう歯止めをかけるのか、調査チームとして予算の統括管理体制をチェックしたところ、誰も責任をもたない不思議な構造が露呈した。
 あいトレの場合もガバナンスは複雑なようだ。権限、予算、人事のすべてについておそらく実行委員会、会場である美術館(芸文センター)、県庁が複雑に関与しあっている。
〇着眼3 県庁と実行委員会の間は上場会社の親子上場問題に似たむずかしさがある
 実はその複雑さの一つに県庁と実行委員会の関係の曖昧さがある。後者は前者とは別だが、実質、資金面でも人的資源でも前者は後者を凌駕する存在である。
 だが、芸術文化には「内容については政治や行政は口出しすべきではない」という世界共通の原則があり、両者は単純な親子関係(いわゆる実施団体、外郭団体的存在)にあるわけではない。
 ここで想起されるのが最近、あいつぐ上場企業の親子上場問題である。例のアスクルの社長と役員の解任問題では、ヤフーがアスクルの親会社として子会社アスクルの社長と社外役員を解任した。社長解任まで踏み込むべきだったのか、さらに少数株主の利益をも体現する存在である社外役員まで解任してよかったのかどうか、ヤフーは各方面から権力の乱用だと批判を浴びている。
 さて、あいトレの場合はおそらく逆の批判が起きている。愛知県庁は「芸術文化には不介入」という原則に従って企画を実行委員会にゆだねた。手続き的には違法性はない。しかし結果的にはよくなかった。現地の展示を見た方はそうでもないようだが、行かずに報道だけに触れた県民の中には「政治プロパガンダのような作品展示を公共の施設で公金の入ったイベントでやってよいのか」という疑問をいだかれた方が多数おられたようだ。
 このように手続き的には違法ではないが、結果的に妥当ではないかもしれない事案はどう扱うべきだったのか。ことは単純ではない。
 芸術監督や知事の権限で進めたのだろうとか、やめさせられなかったのかという単純な話ではない。もしも、柔軟で丈夫なガバナンスが機能していたら今回の問題は起きなかった可能性が高い(展示するにせよ、しなかったにせよ、である)。
 
 以上は現時点での私の個人的な感想の域を超えない。他の委員の知見もいただき、委員会としての検証作業を始めたい。

(参考:過去の類似案件への取り組み実績)
 私の専門は政策評価と公共経営である。国交省の政策評価会の座長として各種事業の評価検証を行ってきた。公的機関の改革では08年から最近までの大阪府市の一連の経営改革のほか、福岡市(山崎市政)、新潟市(篠田市政)、東京都(小池都政、16-18年度)の行政改革、さらに国連機関、各種財団や大学病院等の改革をプロデュースしてきた。著書は行政改革、行政評価に関するものが10冊くらいあるが本件に関連する参考文献は「改革力」(朝日新聞社)である。
 ミュージアムに関しては静岡県立美術館の評価制度の設計を評価委員会の委員として担当。その後、東京芸大美術館、江戸東京博物館などの評価と運営改革を助言した。また新潟市立美術館の管理運営体制の見直し、横浜市立動物園の統廃合問題、長野県立美術館の建て替え問題等の検討委員会に参加した。そのほか、東京都では政策連携団体(いわゆる外郭団体=監理団体)の経営評価を行う委員として歴史文化財団、スポーツ財団等の評価と改革助言を行ってきた。ミュージアム分野では『ミュージアムが都市を再生する』(日経新聞社)を学芸の専門家と共著で書いた。

(補足)最後になるが私が大阪市の改革において大阪市音楽団の民営化や文楽の補助金見直しを提案したという情報が流布しているようだが事実ではない。私は上下水道や地下鉄バス病院等の民営化や独法化には関与した。しかし文化事業で積極的に関与したのは美術館博物館の独法化と美術館の統廃合問題、動物園改革、中ノ島公会堂の改革のみ。また大阪府については中ノ島図書館のサービス改善と公民連携である。他の案件については各部署や首長からの相談にのり、またヒアリングをしたことがある程度である。

 統一地方選挙、参院選と今年は選挙が続く。最近は若手を中心にビジネスから議員や首長に転身する方が増えた。政治を刷新する上では結構なことだ。一方、若くして政治家を辞める人もいる。政治家とは「辞めてしまえばただの人」、引退したら一般人である。秘書も車も肩書も一切なくなる。若くして公務を終えた政治家たち(特に35歳から50歳くらい)を社会はどう受け入れるべきか、考えてみたい。
●受け入れる企業側の戸惑い
 もともと弁護士や自営業だった方は前職に戻ればよい。あるいは公務の延長でNPO経営や大学教授、福祉系の仕事に就かれる方も一定数おられる。だが多くの元サラリーパーソンは、政治家を辞めるとまたビジネスに戻る。つまり就活か起業をすることになる。もともと世渡り上手な人が多いし、中には落選中に生活の糧を得るすべを身に付けた方も多い。たくましくアフター政治家の人生を切り開いておられる方も多いが、なかにはまだ若いのに才能を持て余しておられる例もあり、もったいない。
 受け入れる側の企業の姿勢はどうか。オーナー系やベンチャー系は比較的柔軟で、積極的に受け入れる。もともと支持者だったりもする。だが多くの一般企業では「アフター政治家」の受け入れに戸惑いがあるようだ。「政治色がつくと株主総会が心配だ」「取引先の官庁が嫌がる」「非営利の経験は会社では有用でない」といった懸念があるようだ。逆に「口利きが頼める」「法改正を働きかけてくれる」「官邸や役所とのコネに期待」といった過大な(あるいは勘違いの)期待も耳にするがこれも間違いだ。「アフター政治家」の採用は、どういう視点で行うべきか。
●自治体、特に市町村の元首長は経営能力が高い
 市町村長の仕事は現場で実際に人やモノや資金を動かす実務が多い。民間企業での実務経験が役に立つし、逆に市町村長の経験者は企業の経営にも向いている。また市町村長の場合、福祉から道路まで幅広い分野を経験する。いろいろな業種との付き合いから、豊富な実務経験を磨ける。特に市町村長で2期以上を経験された方はお買い得だろう。
 なぜなら、再選されたということは役所で部下をちゃんと使い、組織を動かし選挙もこなせた証拠であり、実務能力は高い。唯一、チェックすべきはプライドが高すぎないか、人との接し方はどうかという点だろう。というのは市町村長は独裁者に近い。選挙の洗礼は受けるが、それ以外の期間はオーナーのようなものである。まれだが、プライドが高すぎる、パワハラ傾向があるなどのリスクはあるのでチェックをしたい。
●政策通といえるか
 元政治家はどれくらい政策に通じているか。これは経験した役職と個人による差が大きい。知事は人による。現場に疎く、部下に任せていただけ、いわゆるおみこしに乗っていただけの人もいる。しかし市町村長は実務能力がないと厳しい。「タレント市町村長」がいないゆえんである。特に市町村長を長くやった人はかなりの政策通である。国の制度や予算と現場の実態の両方に精通している。
 議員はどうか。国でも自治体でも与党の政策担当を経験した議員は有能だ。与党だから役所の情報がかなり入手でき、実際の政策や予算策定にも関与してきた。これに対して野党は弱い。行政側が警戒し、与党ほど精度の高い情報を提供しない。実際の政策形成に関与することも少ないので、実務能力があまり磨かれない。
 もちろん人によるし、中には学者的に研究熱心な方もおられる。だが普通に野党議員をやっているだけでは、あまり経験が積めないといえよう。ちなみに民主党政権のときに閣僚になった方々が官僚組織をあまり動かせなかった印象がある(元官僚は除く)が、背景にはこういう事情もあるように思われる。ただし、組織政党(たとえば公明党や共産党)はやや違うかもしれない。もともと組織基盤があって、その中から厳選人材が議員になっている。主義主張が割合はっきりしていて、それに基づく会派内での勉強会、機関誌関連の仕事を通じた学習も盛んである。
●政治家をして磨かれるビジネススキルは何か
 さて、たとえば会社で中途採用の公募をしたら「大学を卒業後、サラリーマンをやめて議員を10年しました。またビジネスに戻りたい」という40歳男性が現れたとする。この方の議員生活10年をどう評価すべきか。実務から離れた空白期間と見るか、濃密な体験と見るか。
 評価したいのは個人で事務所を切り盛りし、支持者を組織化してきた個人商店の経営者としてのスキルである。資金集めはベンチャーのスタートアップと同様、腕力が必要だ。当選間もないころに先輩議員にいろいろ教えてもらって事務所を立ち上げるのもたいへんで、これは起業体験である。
 一方で議員の活動には企業のサラリーマン的要素もある。例えば会派で要職を得ていくのは出世の階段を上るのと同じことだ。たまには理不尽な先輩やいじめもあろう。いろいろな意味で鍛えられる。
●消費者との対話
 政治家の数多くの有権者と接した経験はたいへん価値がある。常に人に見られてきたので、話し方や人との接し方がこなれてくる。特に営業やクレーム対応に向いている。また、物腰の柔らかさから、例えば消費財や証券、生命保険などで、多種多彩、さまざまな雇用形態の営業パーソンを束ねる支店長、労使交渉などにもうってつけだろう。
 社内や交渉のコミュニケーション能力も高い。議場での丁々発止は交渉術そのものだし、演説をするのでプレゼンテーションがうまい。当選を重ねるには日ごろからの地味な地元活動や機関誌の編集もする。マーケティングや企画力も磨かれてくる。
 一言でいうと議員生活の期間は、起業してベンチャーを経営していたのと同等の評価をしていいと思う。ただし、再選しなかった、あるいはいわゆる組織政党に属していた、二世議員などは少し割り引いて見る必要がある。
●ネット上の誹謗中傷は気にしない
 さて「政治色」の問題をどう考えるか。政治家に限らず、学者やジャーナリストなど誰でも政治に関係し、大事な政策形成に関与すると必ずといっていいほどネット上で誹謗(ひぼう)中傷を受ける。あるいは週刊誌や怪文書で批判される。内容的には妥当なものもあるが、単なる誤解が多いし、反対勢力が意図的に流すデマもある。
 これを見て「政治色」を恐れ、元政治家の採用を躊躇(ちゅうちょ)する企業がある。確かに会社組織としては政治から距離を置き、中立でいたいだろう。しかし、これらを気にして有能な人物を遠ざけるのは間違っている。いわゆる「政治色」、スティグマ(レッテル貼り、偏見)は政治活動にはつきものだ。むしろ有能な政治家であればあるほど、ネット上では賛否両論の評価が出回る(しかも否定的なものが多い)。あれはある種の嫌がらせでもあり、それをいちいち気にしてはならない。
 民主主義とは究極は多数決である。また議会は社会の究極の利害調整の場であり、会派と会派のぶつかりあいは必須である。世が世なら戦争や決闘で決めていたことを議員たちが私達の代わりに議場の口論と議決で決める。だから議員はけんかをするのが仕事である。誹謗中傷は勝負を挑んできた脛(すね)の傷のようなものだ。
 ともかくデマ、誹謗中傷、怪文書に惑わされない。経営者が本人にまずは会ってみるべきだ。そして疑問があるなら、面と向かってデマの真偽を当人にズバリと聞くことが大事だ。
●新陳代謝が政治の質を上げる
 アフター政治家の再就職促進は、社会全体で取り組むべき課題だ。なぜなら、当選して政治家になっても辞めた後の人生が描けないとなると、有能な人物は政治を志さない。また、アフター政治家の道筋が見えないと、現職がなかなか辞めない。すると選挙で当選し続けることが自己目的化する。揚げ句の果てに族議員になって利権の媒介業に手を出しかねない。
 政治家の新陳代謝を促すためにもアフター政治家のキャリアデザインが大事だ。若くして選挙に出て数年、公務に就く。その後、またビジネスなどほかの世界に有利な形で行けるのが理想だ。そうでないと政治と民主主義の質が上がらない。
 もしかしたら不謹慎と思われる事例かもしれないが、このメカニズムは実は自動車メーカーの工夫に通じる。各メーカーは新車を売るのに負けず劣らず、中古車の流通促進に熱心だ。なぜなら新車に買い替えてもらうには、中古車が高い値段で買い取りされなければならない。そのために中古車市場を活性化させる、最後は途上国にも積極的に中古車を輸出する。
 事情は住宅などでも同じだ。プライマリーからセカンダリーへ、その次へと多段階の流通市場が活性化することで新陳代謝が進み、全体の質が上がっていく。
 その意味で日本の民主主義の質を上げる近道は、実は、有能で若い元政治家たちが退任したあとで社会のさまざまな場所で活躍できる場を作ることかもしれない。
(注)なお、この問題については引き続き私が主催するDMMのオンラインサロン「街の未来、日本の未来――市町村経営を考えよう」
で考えていきます。このサロンは、政治家志望の方々や現職の首長、国と地方の議員、公務員、NPO、コンサルタントなどまちづくりと行政のプロが集まるサロンです。テーマはスマートシティ、行政改革、財政のほか 産業、交通、福祉、教育など様々な分野について。ナビゲーターは経験豊富な元マッキンゼーのコンサルタント3人です。特に生活に身近な市町村のあり方を考えつつ、都道府県や国政、世界の政治も射程にいれます。詳しくは、以下をご覧下さい。https://lounge.dmm.com/detail/1745/

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