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【チョコレートケーキ編】
「投資信託100万円。」
「それは、少ないんじゃないか?」
朝の朝礼中。
課長の視線が痛い。
「いや・・・でも・・・。」
聞かなくても、課長の言いたい事は分かっている。
“投資信託500万”と言えば済むのだ。分かっているけど、自信がない。
次第に目線を落としてしまう。
「投資信託3000万!彼女の分も私が取りますから。」
突然、背後から自信に満ちた声が聞こえた。
“!?”
思わず声の主である、A先輩を振り返る。
“大丈夫よ。”
視線が合うなり、A先輩がこっそりささやく。
待ち構えていたかのように、課長に満面の笑みが浮かんだ。
「そうだよ。そうこなくっちゃ!みんなもAさんを見習いなさい。
じゃあ、これで、朝礼を終わりにする。各自持ち場に戻るように。」
“なんとか無事に終わった。”ほっと胸をなで下ろす。
毎朝の朝礼では、各自の目標を言うのが日課だ。
セールス実績のない自分には、これが結構、精神的苦痛でもある。
“店頭テラーになって、1ヶ月は、投資信託100万の目標で許してもらえるだろう。”と甘く考えていたが、2週間目にして、今朝の事態になってしまったのである。
機械に現金を装填しながら、A先輩に話しかける。
「先輩。今朝はありがとうございました。」
「え?何が?それにしても、課長も意地悪よね。テラーに出て、まだ1週間しか経っていないのに“投資信託100万じゃ少ない”なんてね。ま、気にしないで頑張ろ。」
「でも、本当に自信がないんです。」声が小さくなる。
ガー!ガガーッ!ピー!!!
瞬間、先輩の機械が嫌な音を立てて止まった。
「あ〜!現金がジャムっちゃった!最悪!話は後でね。早くしないとお店が開いちゃう!」
結局、先輩の機械が直る間もなく、お客様が来店し、先輩はその対応にも追われていた。
夕刻。
終礼の時間では、各自が実績を聞かれる。
「今日の実績は?」
重たい気分になりつつも、おずおずと答える。
「ありません。」
「君、テラーになって何日経ってると・・。」
課長の語調がきつくなる。
その時、A先輩の明るい声が課長の言葉をさえぎった。
「課長〜!私、5,000万ですよ。すごいでしょ?ね?」
先輩の笑顔につられて、課長の表情もほころぶ。
「いやぁ。Aさんは本当にいつもすばらしいね。それじゃ今日はこれで終わりにする。ああ、そうそう来週は“ロープレ”をするから各自練習しておくように。以上。おつかれさま。」
A先輩のやや強引な報告で、終礼は無事に終わった。
会社の帰り道。
「ケーキ食べたいよね?お茶して帰ろうよ。」
駅まで一緒になったA先輩にお茶に誘われ、おいしいケーキで有名な喫茶店に入った。
「先輩、ノルマってどうすればいいんでしょう?」
席に座るなり、それまで聞きたかった質問をしてみた。
「ノルマなんて、適当に言えばいいのよ。」
コーヒーに砂糖を入れながら、A先輩が答える。
「と言われても、全く自信がないんです。だから、“ノルマ”がきつくて。」
「あら、私も自信なんてないわよ。“ノルマ”なんて儀式みたいなものだと思ってるし。」
「本当ですか?」
意外な言葉に驚いて、聞きかえす。
「そうよ。だいたい、“ノルマ”なんて考えてたら、お客様に失礼でしょ?」
“確かに。お客様に失礼かも。”
先輩の言葉に、目から鱗が落ちるような感覚を覚える。
「でも、先輩はすごいですよね。一日、1,000万は確実じゃないですか。今日だって、ゆうに越えていましたよね。いつもどうやって投資信託をセールスしているのですか?」
「どうやって、って言われてもね。これ、チョコかしら?」
ふと見ると、先輩の視線はケーキに釘付けだ。ケーキに乗った飾りをつついている。
チョコに負けじ、と質問を続ける。
「例えば、今日はどうしたんですか?」
先輩が笑いながら、答えた。
「ああ、あれね。予約があったのよ。“明日、1,000万投資信託購入したいからよろしく”っていうのが、3件。だから、“大丈夫よ”って言ったじゃない。」
「じゃあ、残りは?」
「お客様が“買いたい”っておっしゃるから、説明してセールスしたのよ。」
A先輩はあっさり言い切って、ケーキの飾りを口にした。
「やっぱりチョコだわ。う〜ん、おいしい。あら、食べないの?」
自分は、ケーキどころではない。
それよりも、先輩のセールス方法に掴み所がないのに困惑。
思わず、率直な言葉が漏れた。
「私、セールス能力がないのでしょうか?」
とたんに先輩が真顔で質問してきた。
「投資信託、興味ない?」
「そんなことはないですけど。」
「今日は何をしたの?」
「投資信託はとれませんでした。」
“そんなこと、重ねがさね聞かなくったって・・・。”
「そうじゃなくて、お客様の何の手続きをしたの?」
「“定期書換”ばかりです。」
自然と声のトーンが下がる。
“定期書換”は、獲得ポイントにはならない。銀行にとっては、増減がないからだ。
しかも、今日は、20万円の書き換えにきた女性のお客様に、強引にねだられ、サランラップを5本も渡してしまい、課長に“元を考えろ”と怒られた。ついてない・・・。
「あら、いいチャンスじゃない。」
意外な反応。
「なんでですか?」
「だって、“定期書換”ということは、お客様に“資産運用をしたい”という意思があるでしょ?そこで、投資信託を提案すればいいんじゃない?お客様も選択肢が広がって、喜ばれると思うわよ。」
「本当に“投資信託”を喜ぶんですか?元本保証じゃないのに?」
「それは、お客様のご判断しだいよ。まずは、提案をしてみないと、ね?ケーキだって、一つより二つ。種類が多い方が嬉しいでしょ?」
「ええ。まぁ。」
その言葉に、先輩の調子は更にエスカレートした。
「じゃあ、明日のノルマは“1,000万”で言ってみよう!」
「無理ですよ。まだ、1件もとってないんですよ!」
必死に抵抗する。
「じゃあ、500万ね。決まり!」
抵抗むなしく、私のノルマは“500万”になっていた。
その日、“実は、A先輩って、課長よりも鬼?”
とささやかな疑惑を抱いたのは、言うまでもない。
<続く・・・と思う。>
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以前、
「投資信託に関係した話で、地銀のテラー(←窓口の人のこと)向けの話を書いてみては?」
とすすめられて、書いてみたものです。
お読みいただければ幸いです。
『銀行テラーは女性が多い→甘いもの好き!?→題名にケーキの名前をつけてみよう・・・♪』
という単純な発想から、初回は“チョコレートケーキ”になりました。(笑)
※他でも掲載したので、お読みいただいた方もいらっしゃるかもしれないです。
その方は、再読、ありがとうございます。
就活中の学生さんから、
「銀行窓口で働くのが楽しみです」
と言っていただいたことが嬉しかったので、ここでも掲載しようと思います♪
ただし、「就職先として、銀行をおすすめしたものではありません」ので、悪しからず。。
私は退職しちゃったので何もいえません。(苦笑)
※あと、登場人物の名前は募集中。名前を考えるの苦手です。。。
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