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「柏木・角筈一目屏風」を画家に作らせたのは、四代目の南雲善佐衛門さんです。南雲家は少なくとも江戸時代後期から成子坂に住み、油屋を営んでいました。画家は高橋琴三さんで、欅橋(けやきばし)近辺に住んでいました。
この絵が描かれたのは大正末年から昭和初頭にかけてとされています。
この地域の風景は、すでに屏風絵に描かれた景観とは大きく変貌していました。
この屏風絵は、同時代的な事実を全く描いておりません。銀世界にガスタンクが設置されたのは、明治43年(1910年)、淀橋浄水場が作られたのは明治32年(1899年)ですが、この屏風絵にはそれが描かれていません。この屏風絵は、意識的に、同時代的なランドマークを無視し、むしろ、地域のより古い風景・景観を描こうと努めています。
つまり、この屏風絵が描かれたのは確かに大正末年ですが、この絵に描かれたのは、少なくとも明治20年代以前の柏木・角筈一帯の地域景観であった可能性がたかいのです。
屏風の左側は、青梅街道の淀橋・成子坂間の町並が描かれ、中央は十二社通り、右側には熊野神社・十二社池・銀世界と甲州街道までが描かれています。
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