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「淀橋」の名は、江戸時代の三代将軍徳川家光が名づけたといわれています。古くからあるこの橋は、昔は「姿見ずの橋」とか「いとま乞いの橋」といわれていたといいます。このあたりで中野長者といわれていた鈴木九郎が、自分の財産を地中に隠す際、他人に知られることを恐れ、手伝った人を殺して神田川に投げ込みました。九郎と橋を渡るときには見えた人が、帰るときには姿が見えなかったことからその名がついたといわれます。
江戸時代の初めに鷹狩りのためこの地を訪れた将軍家光はこの話を聞き、「不幸な話でよくない、景色が淀川を思い出させるので淀橋と改めるよう」に命じ、これ以降、その名が定まったそうです。
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