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小西六写真工業(現:コニカ・ミノルタホールディングス株式会社)
小西六写真工業は明治35年(1902年)に淀橋浄水場の西側に工場と研究所が竣工し、写真感光材料の製造を開始しました。(六桜社)
淀橋浄水場の隣に立地したのは、玉川上水の良質な水が得られたからといわれています。また土手には桜が咲いていたことから「さくらフィルム」(SAKURA Film)と名付けられたそうです。
碑文
この地は, 明治35年5月(1902年), 小西本店(現・コニカミノルタ)が, 写真感光材料の国産化を図り, 研究所と工場(六桜社)を建設し, 製造を始めたところである。同社は, さらにカメラの製造も始め, 写真フィルムの国産化にも成功した。その後, 昭和38年, 新宿副都心建設事業により, 八王子・日野へ移転した。今日わが国は, 世界の写真王国となっているが, その礎は, この地で築かれたものである。 明治から大正にかけての十二社・櫻山
東京生命野球場
野球場とテニスコートが数面あったと思います。
現在の新宿中央公園「ちびっこ広場」のあたりにありました。
1回だけ友達と無断で野球場に入ったことがあります。ホームベースの後には、バックネットがあって、それだけで本格的だ〜と思ったものでした。
当時、十二社には空き地(原っぱ)が沢山あり、野球とか遊ぶ所には不自由しませんでしたので、わざわざ東京生命まで行くことはほとんどありませんでした。
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