十二社 今昔物語

新宿区にあった十二社(じゅうにそう)にまつわる思い出を語るサイトです

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方南通り沿い

十二社映画館
正式には「十二社文化劇場」だったかもしれません。
方南通り側の非常扉の隙間から覗きました。良く見えないから扉を大きく開けてしまうとスクリーンに光が差し込んでしまうので、中の客から閉められたものです。冷房がない時代だから夏には扉を少し開けていたのですが、夏の暑い日に映画を見ていたなんて今では信じられないことです。
当時のスターは、嵐寛寿郎、片岡千恵蔵、東千代介、中村錦之助でしょうか。
 
テレビの普及とともに映画館は少なくなっていき、昭和36年にはもう無くなっていたかもしれません。
昭和33年(1958年)の東京の下町を舞台とした、「ALWAYS 三丁目の夕日」を見ていると、この頃を懐かしく感じます。
 
少年時代のテレビドラマ(テレビ映画)といえば、「月光仮面」「怪傑ハリマオ」でした。
 
 
そば屋・斉藤庵
日本そばのお店ですが、なぜかラーメンの出前をよくとりました。
そのころは「支那そば」でした。
現在この場所は、コンビニになっています。
 
 
菓子屋
お店の名前は三関さんでした。(現在は事務所などが入っているビルになっています)明治や森永などのメーカーがちゃんとした?お菓子を売っていたのは、この店ぐらいだったと思います。当時は駄菓子屋がいくつもあって子供としては駄菓子屋の方が楽しみでした。駄菓子屋で買っていいものが風船ガムやキャラメルでした。でもガラス管に入った色のついた寒天菓子が好きでした。生ものの菓子やアイスキャンデーは今と違って衛生上問題があると親は考えていたと思いますが、子供でもそのあたりは心得ていたつもりです。
 
昭和34年(1959年)まで「紅梅キャラメル」がありました。
キャラメルには、巨人軍の選手のカードが入っていて、1チーム分の選手と水原監督のカードを集めると、野球用品一式やカメラがもらえるというものでした。たぶん私より年上の人のなかには、野球カードにはまっていた人もいたのではないでしょうか。
私は、紅梅キャラメルを食べた記憶がありませんが、赤いパッケージのミルクキャラメルは覚えています。
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このお菓子屋の右手に三角形の土地がありました。(現在も三角形です)
平屋でお店ではなかったようですが、子供心に不思議な家だなぁと思ったものです。
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