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45年ぶり、都心では27cmの積雪でした。
都知事選の投票所に行く途中で寄ってみました。
先週に続き、今日は朝から雪でした。
(2014/2/14)
(2014/2/14)
(2014/2/14)
(2014/2/14)
(2014/2/14)
都心でも、27cmの積雪を観測し、先週に引き続き、記録的な積雪になった、とニュースで言ってました。
(2014/2/15)
(2014/2/15)
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およそ600年前の応永年間、この地に鈴木九郎という人が住みつきました。
ある日、九郎はやせた馬を一頭つれて、千葉の方の馬市へ出かけました。
その途中、浅草の観音様にお詣りをしてこんなお願いをしました。
「どうか観音様、馬がよい値で売れますように。この馬が売れて、そのお金のなかに大観通宝がまざっていたら、それはぜんぶ観音様にさしあげます」
さて、そうして馬市に行くと、馬は思ったよりずいぶん高く売れました。「これは観音様のおかげじゃ」九郎は大喜び。
ところが受け取ったお金を見てみると、みんな大観通宝だったのです。
「これは困った。大観通宝はみんな観音様にさしあげるといってしまった・・・それでは一銭も残らない」
さんざん迷った九郎ですがついに決心しました。
「やはり約束は守らなければならない。馬が高く売れることだけ願った自分がいけなかった。お金はしっかり働いて手に入れなければとならないと観音様が教えてくださったのだろう」
翌日から九郎は今まで以上に働いて財を成し、多くの人々も慕い集まって、中野長者とよばれるようになりました。
しかし、思わぬ不幸がやってきます。一人娘の小笹が、病気で亡くなってしまったのです。九郎夫妻の悲しみは大変なものでした。東西の社寺でお祈りをし、南北の偉い人を尋ねましたが心は晴れません。
永享十年(1438)小田原の最乗寺に参拝、五世春屋宗能禅師の励ましによって九郎は、十二社(西新宿)の敷地に御堂を建てて禅師一行を招き、小笹の供養と曹洞禅の普及に精進しました。
これが成願寺の始まりです。 (成願寺パンフレットより抜粋)
鈴木九郎の墓
枝垂れ梅
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