十二社 今昔物語

新宿区にあった十二社(じゅうにそう)にまつわる思い出を語るサイトです

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新宿ワシントンホテル近辺は江戸時代には上野国館林藩秋元家の下屋敷があり、「寒香園」という梅園があり、その西側に「銀世界」と呼ばれる梅屋敷があって、将軍御目留の梅、御腰掛の松などもあったといわれています。
「銀世界梅屋敷」は、明治44年(1911年)に東京ガス(株)の所有となり、その時、多くの梅樹が芝公園に移されました。現在は新宿パークタワーの一画に「銀世界稲荷神社」のみが当時の名残を留めています。
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銀世界稲荷神社は、この新宿パークタワーの右手、十二社通り側にあります。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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絵本江戸土産(広重)より
この石碑も芝公園に移されています。
 
 
 
 
 
 
 
 

柏木・角筈一目屏風

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「柏木・角筈一目屏風」を画家に作らせたのは、四代目の南雲善佐衛門さんです。南雲家は少なくとも江戸時代後期から成子坂に住み、油屋を営んでいました。画家は高橋琴三さんで、欅橋(けやきばし)近辺に住んでいました。
この絵が描かれたのは大正末年から昭和初頭にかけてとされています。
この地域の風景は、すでに屏風絵に描かれた景観とは大きく変貌していました。
この屏風絵は、同時代的な事実を全く描いておりません。銀世界にガスタンクが設置されたのは、明治43年(1910年)、淀橋浄水場が作られたのは明治32年(1899年)ですが、この屏風絵にはそれが描かれていません。この屏風絵は、意識的に、同時代的なランドマークを無視し、むしろ、地域のより古い風景・景観を描こうと努めています。
つまり、この屏風絵が描かれたのは確かに大正末年ですが、この絵に描かれたのは、少なくとも明治20年代以前の柏木・角筈一帯の地域景観であった可能性がたかいのです。
 
屏風の左側は、青梅街道の淀橋・成子坂間の町並が描かれ、中央は十二社通り、右側には熊野神社・十二社池・銀世界と甲州街道までが描かれています。
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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