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十二社熊野神社に初詣に行きました。
風もなく暖かで日向は熱いくらいの陽気でした。
去年はいろいろあってブログの更新は一年ぶりになってしまいましたが、少しずつ再開したいと思っています。
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日記
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伊勢神宮遷宮記念の改修工事のうち池広場の改修がほぼ終わりました。
以前あった滝のモニュメントと池は小さくなり、広場ができました。
また中央公園から入る東神門が作られました。
改修前
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新宿中央公園には、江戸城を築いた太田道灌の若いころのエピソードとして「山吹の里」伝説があり、そのシーンを題材にした「久遠の像」があります。
(太田道灌は室町時代後期の武将で、徳川家康が江戸に入るずっと前に江戸城を築城した。)
道灌が若いころに、鷹狩りに向かう途中で雨にふられて、近くの小屋で蓑を借りようとした。
中から若い娘が現れて、山吹の花を一枝折って差し出した。
道灌は、俺が欲しいのは、花じゃないと怒って帰ってしまった。
その後、その話を聞いた人に、それは、「七重八重 花は咲けども 山吹の 実のひとつだに なきぞ悲しき」という古歌の心なるべしといわれ、道灌は驚き、以降歌に精進したという。
これは、「蓑」と歌の「実の」をひっかけてあり、山吹の花を差し出すことで、「家は貧乏なので蓑の一つもありません」と暗に伝えた言葉遊びだったのです。
東新宿の大聖院というお寺には山吹の里伝説の娘の墓がある。
山吹の花を差し出した娘は、「紅皿」という名で落ちぶれた名家の娘でしたが、道灌はのちに江戸城へ招いて歌の友とした。
その紅皿の墓といわれる板碑が大聖院にある。
大聖院に上る坂は、「山吹坂」と呼ばれている。
大聖院の隣には、西向天神社があり、藤圭子の「新宿の女」の歌碑があります。
この西向天神社は、デビュー時に、新宿の女発売キャンペーンの出陣式を行った場所とされている。
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