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昨年末 韓国の国民日報社さん 来日のうえ 行われた 周藤彌兵衛翁 清原太兵衛翁 大梶七兵衛翁 それぞれの偉業 その取材された内容は 【国民日報】 の週刊誌「イウッ(隣り)」 に「日本の治山治水の偉人を訪ねて」 と題して 1月はじめ 3週にわたって報道されました 目に飛び込む 日本地図 ピックアップされた 島根半島 出雲の三兵衛翁 が偉業をなされた地 の大きな写真と銅像 そして 「日本・治山治水・英雄に道を聞く」 と題して 丁寧に報道されていました 写真は 【財団法人人間自然科学研究所】様 から戴きました「国民日報」の記事 ページを掲載しました 【西脇屋善べえ】 (C)DANDAN WORLD
周藤弥兵衛 没年:宝暦2.12.18(1753.1.21) 生年:慶安4(1651) 江戸中期の切通水路の開削,新田開発の功労者。出雲国(島根県)意宇郡日吉村の下郡役を勤める家に生まれる。のち出家して良刹と名乗る。 祖父弥兵衛(初代)家正が村の度々の水害を救うため岩山を開削し,かつ築堤して新田も開いていたが,承応3(1654)年の堤防決壊,元禄15(1702)年の大洪水で本田新田とも跡形もなく破壊された。 孫の3代目弥兵衛良刹は祖父の偉業を継承,宝永3(1706)年岩山開削,川違工事を松江藩に願い出,私財を投じて着手,延享4(1747)年まで42年間をかけて完成した。また貞享・元禄期(1684〜1704)には,下郡役として意宇郡古志原村(松江市)の開発にも尽力した。
2018/8/5(日) 午後 3:27 [ 環境歴史観光防災カメラマン ]
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周藤弥兵衛
没年:宝暦2.12.18(1753.1.21)
生年:慶安4(1651)
江戸中期の切通水路の開削,新田開発の功労者。出雲国(島根県)意宇郡日吉村の下郡役を勤める家に生まれる。のち出家して良刹と名乗る。
祖父弥兵衛(初代)家正が村の度々の水害を救うため岩山を開削し,かつ築堤して新田も開いていたが,承応3(1654)年の堤防決壊,元禄15(1702)年の大洪水で本田新田とも跡形もなく破壊された。
孫の3代目弥兵衛良刹は祖父の偉業を継承,宝永3(1706)年岩山開削,川違工事を松江藩に願い出,私財を投じて着手,延享4(1747)年まで42年間をかけて完成した。また貞享・元禄期(1684〜1704)には,下郡役として意宇郡古志原村(松江市)の開発にも尽力した。
2018/8/5(日) 午後 3:27 [ 環境歴史観光防災カメラマン ]