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ここのところの注目といえば、アキラ兄さんこと前田日明!
デビュー当時は、前田明のリングネームだった。
大阪のケンカ番長だった彼は、まちで田中正吾氏(現在、修斗の解説やってる?)
と遭遇。170cmそこそこの田中氏にボッコボコにされ、氏の経営する道場へと連れられる。
そこから、空手家としてのトレーニングがはじまる。メキメキ頭角を現し、
田中氏-佐山聡(田中氏の知人と思われる)のラインから新日へ。
当初、ボクシングのヘビー級選手としてチャンピオンに!という夢から、
体づくりのつもりであったそうな。その後、プロレス界の異端児へと数奇な運命を辿る。
デビュー当時は、前田明のリングネーム。英国武者修行時代は、キックを武器にサミーリー(佐山)
の弟という振れ込みで、クィックキックリーを名乗る。カールゴッチ道場にも入門。サブミッションや
スープレックスを磨いた。凱旋帰国は、第1回のIWGPシリーズ。欧州チャンピオンとなっていたため
だった。「七色のスープレックス」をウリに「スパークリングフラッシュ前田明」と呼ばれた。
当時からのキック技「ニールキック」(ランディングニールキックとも呼ばれていた)は、若き日の
代名詞的なものだった。この使い手は、以後、橋本真也をはじめ、多くのレスラーが、、、。
第一次UWFからUターン上陸時は、それまでの手加減した姿から変貌し、黒髪のロベスピエール・
キックの千手観音などと。猪木との対戦要求を続けていたたが、ノラリクラリとかわされ続けた。
以後のプレイボーイ誌の前田VS猪木対談で「あの時何故、闘ってくれなかったんですか?」の質問に
猪木は、「前田が怖かったんだよ、がはははー!」と言わしめる。(この回答には、猪木の器の大きさ
を感じたが)
猪木戦は実現しなかったが、藤波戦は実現!この闘いは、その年のベストバウトとなる。
キックを中心に藤波は、サンドバック状態。うぉぉーすげー!藤波が壊れる〜!その試合振りに、
藤波が可愛そうになるぐらい、、、だった。コーナーに詰まった藤波。走りこみ込みながら、放った
大車輪キック一閃!(当時は、タテ回転のニールキックと呼ばれる。)前田の長いコンパスが大きな孤
を描きカカトが藤波の頭部へ命中!物凄い流血へ―。
以後、この技は、ジョージ高野にも放ち、同じ運命へ。
凄絶な「新日VSUWF」に燃え上がっていた中で、やった前田も凄いが、受けた藤波も凄い!という
試合だった。この技、プロレス界の伝説的な必殺技であるのは間違いない!
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