★2006人生の達人★

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 次のページ ]

価値ある卒業式

3月25日は、全国的に小学校卒業式だったようです。



大阪では、国旗掲揚時に起立した生徒が1名だけだった…

といったニュースも伝えられている中、、、



九州の妹からメールが。。。



昨年の4月19日に旅立った娘(私から見れば姪)にも

卒業証書がいただけるとのこと。



たった19日間だけの小学6年生。

6年生の教室に一度も登校することは、できなかったけど、

先生方をはじめ、クラスのお友達は、

入院中の病院、修学旅行やクリスマス…などの行事のたびに、

何度も何度も…足を運んでくれました。。



葬儀の後、私も父親代理として、

学校にもお邪魔させていただき、職員室の朝礼で、



「あの子は、小学校を卒業することは出来ませんでしたが、

 これまでの11年間、あまりにも頑張って、出来が良かったもんで、

 神様が早々と試練から解いてくれました。よって、

 人生そのものを卒業させていただきました。。。」



そんなお話をさせていただいていましたが、

逆に校長先生、担任の先生、各先生方に大変なご配慮を

いただいたようです。



祝辞の中で、姪の話をしてくれた校長先生。

卒業証書を授与する時、遺影を持ってくれて登壇してくれた担任の先生。

「星になったお友達」という曲を合唱してくれたお友達。

このやりとりを快く受け入れてくれた父兄ならびに地域の皆様。



本当に感謝の言葉も見つからないほどの感激・感動です。

姪は、今頃、誰よりも飛び跳ねて喜んでくれていることでしょう!



いじめを苦にして小学生が自殺を…などの事件も耳にします。

学校教育の崩壊などが叫ばれる時代に

こんなに粋で素敵な計らいを行ってくれる、学校があります。

まだまだ日本の教育現場も捨てたもんじゃありません!



肉体の限界を越えても最後の最後まで諦めなかった姪。

その生き様をメッセージとして、多くの方々の生きる力へと…



先生方のご配慮は、そういったメッセージも含まれている。

もちろんあの子だけでなく、これから人生の荒波に立ち向かう、

卒業生のお友達にとっても、なんと価値ある卒業式であろうか。



本当にお世話になりました。

そして、ありがとうございました。
最愛の姪が、一昨日、100年にも匹敵する濃密な11年の人生を卒業しました。

このブログを通じて、多くの方々にご声援をいただいておりましたが、

その一念一念が、目に見えない力となって、ここまで頑張らせてもらえたと確信しております。

長い間、本当にありがとうございました。

数ミリの笑顔

ハッピィーバースデー!
11歳になったよぉ〜
○○ちゃん、おめでとう♪

肉体に残る表現する力は、
わずかなまばたき、わずかな皮膚の反応だけ。
それでも姪は、力を振り絞ってくれました。
右のまぶたを数ミリ開け、口がぴくっと動きました。
妹は、「あぁー笑ってるんよ!」と。

私にもわかります。
笑顔です。

こんな小さな反応でも、
その空間に居た、姪と妹(ママ)とおばあちゃんと私には、
伝わっています。繋がっています。

これほどの苦境の中でも病室には、
笑い声がこだましています。
ささやかな幸せを感じる瞬間があります。

今日まで積み上げたこの11年間にありがとう―。

午後から、担当医と面談。
1月末のパニック時の話を聞きました。
一旦、呼吸が止まった時、呼吸器を使わないという取り決めを
行っていたが、とっさに使う判断を。
治療には繋がらないが、苦しい・痛いというものを
軽減することを目的に。そして、、、、
「おじちゃんに会わせず、ここで終わらせちゃダメだと。。。。」

このあとのシミュレーションも話し合いました。
それはそれは、恐ろしい単語もありましたが、
私たちの気持ちは、「痛くないように」「辛くないように」ただ…
穏やかな時間が過ごせられればということ。
更に、その日が来たら、一番のショックを受けるであろう、
妹をしっかりとサポートすること。

担当の医師もまったく同じ考え、同じ判断です。
私たち家族と医師団は、がっちりとスクラムを組んでいます。

夕方、妹と食事を。ここのところ、
「子育てに自信が無い、母親として自信が無い。」
とこぼしていたので、あるメッセージを伝えることにした…。

いいか、お前が看取るんだ。
看取ることで、ホンモノの母親になれるんだ。
そして、、、以後は、体験を生かすんだ。
オマエに起きたこの体験は、何かの意味があるはず。
意味の無い体験なんか、何一つ無い。

彼女も涙を流しながら、何度もうなづいてくれました。
もちろん私も―。

ハッピーバースデー

今日は、愛する姪の11回目のバースデー。
これから、一路九州へ。

11月末には、一旦、危篤へ。
医師には、年内わからないかも…と宣告されたが、
なんとか乗り越えてくれた。
お正月が終わり、別れるときには、
吐血をしている状態でもあった。
後ろ髪を引かれながら、、、
3/7のお誕生日に帰る約束をした。

あの後、病状は更に進み、麻痺が下半身から左半身、両手、、、、
今は、時々右目をうっすら開けるだけとのこと。

その右目に私の姿は、映るのか?
「ハッピーバースデー!」の声は聞こえるのか?

それでも、ここまで生かしてくれた奇跡に感謝―。

のんびりと復活

「年内もたないかもしれない…。」

そんな医師の声に反して、
姪は、凄まじい生命力を見せてくれました。

元旦から、故郷に帰省。その足で、病院へ。
年末から流動食を入れ始めたということで、
少し持ち直してくれてます。ちょっと力も出ているようでした。

再会を祈って、彼女と別れた12月初旬から、約1ヶ月。
病気そのものは、侵攻していますが、
体力的には、押し返しているようでした。
そして、これまた1ヶ月ぶりの声も。

「いたぁ〜い」
「やだぁ〜」
「ありがとぉ〜」

腫瘍の広がりから、会話する機能も失っていたかと
思いきや、なんとなんと…凄まじいパワーです。

もう会えないかも…という覚悟がもう一度奇跡を起こしてくれました。

みなさんの祈りもひとつになって、
パワーをもらえたんだと思います。
ありがとうございます。。。

私も12月は、体調がかなり悪く、みぞおちを中心に腹部・胸部に激痛が続いたのですが、
血液検査では異常なし、、、胃カメラでは、胃潰瘍&食道炎が発見されました。
やはり、秋口からの超ハードスケジュールやらなんやらで、やられてしまったかぁ〜
原因は、ストレスです。。。これまでは、こんなことでも乗り越えていましたが、
厄年の41歳ということで、自分で考えていた以上に肉体が衰えていますね。

現在は、用心しながらの生活です。

1ヶ月以上もブログから離れていましたが、
また、のんびりと復活したいと思います。

姪のがんばりに負けず、私ものんびりと頑張ることにします。

開く トラックバック(1)

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 次のページ ]


.

ブログバナー

SHINNOH
SHINNOH
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

過去の記事一覧

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事