★2006人生の達人★

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奇跡が続いてます

Make A Wish から妹へ連絡が入りました。
な、なんとぉ〜
特例の中の特例として、私の同行許可…
いや、同行要請か来たようです。

うわぁー☆こんなこと、、、あるんだなぁー
またまた、奇跡が起きてますよぉー

皆さんが少しでも願って頂いたことで、
目に見えない凄いパワーが集約されて、
ひとつになったのでしょう!

まだまだ奇跡が続いています!
ありがとうございました!

5/31.6/1.6/2は、いよいよディズニーランドです!!

私の判断

妹からメールが来ました。
再来週の平日2泊3日で、ディズニーランド行き決定!!
しかし、、、
家族(親・兄弟)以外は、同行不可!!
というのが、MAKE A WISHの規定だそうです。
自費での同行も不可。
宿での若干の顔合わせはOKだそうです。
妹は、これまでの流れを説明したと思いますが、無理のようです。。。

えぇーマジかよぉ〜!そんなぁ〜、、、

しかし、ここは気を取り直し、
妹と姪の二人しかいない親子が水入らずの時間を過ごす。
そして、お互いが「愛し、愛されている」ということを実感する。
それが、二人にとって、一番大事な時間なんだと。

実家の母からTELあり。
「無理をして、姪が行きたくも無いところに引っ張り出されているんじゃないか?
 妹が言い出したら、姪は、NOとは言えない。。。あれだけ身体がキツイんだから。
 本心で行きたいかどうかがわからない。」
私は、反論した、
「それは、心根を確認しなければわからない。親のエゴ、自己満足もあるかもしれない。
 ただ、仮にそうであっても誰がこの流れを止められるのか?確かに現在の状況は、
 非常に危険である。水痘症も出始めている。飛行機に乗ることさえ危険だ。
 急な展開も十分考えられる。しかし、、、 覚悟を決めよ!
 もうどうなってもいいちゅう、覚悟を決めんか!」

「それは、もう死にに行くかもしれんちゅうことやな?」

「そうや。ここまで来たら、、、、妹の好きなようにやらせろ!」

母親の言うとおり、あれだけ身体がキツイんだから。本心で行きたいかは、わからない。
しかし、、、最後の最後まで、病院と自宅の往復だけでは、何のための人生なんだ!
私は、医師から聞かされた決定的な内容は、母にも父にも伝えてない。
いや、母には、少しだけニオわせはしていたが…。

姪は、ここでこれまでの人生で最も素晴らしい感動を得てくれればいい。
妹も愛する娘(姪)の感動をつくってくれればいい。それは、2泊3日のディズニーランドを通して、、、
二人が、今世で出会った意味を実感するラストチャンスかもしれないと過ぎった。。。

その後、父親からもTELが…
「もう、オレから何を言っても聞いてもらえんのだよ。なんとか、母ちゃんだけでも
 同行させてくれっちゅう、話をしてもらえんか?何が起こるかわからんのじゃろ?」

「親父じゃなくても聞いてもらえんよ。オレだって同じだ。ただ…
 もう…任せようや。それで、例えどうなっても二人に、、、妹に任せようや。
 それと、相手方のルールも守ってやらないとね。」
父親
「単に行って帰ってくるならば、金がいくらかかろうが出す。だから、、、、。」

「オレと親父が出せば、ゆうゆうにそんなことはできるだろう。でも、今回は、
 そんな問題じゃないのかもよ。とにかくやらせるんだよ。他人様の力を借りて、
 二人が初めて家族旅行に行く。そこには、意味があるはず…。」
父親
「そっか。じゃぁ、緊急の時は、お前だけでも…。」

「わかった。こちらでは、近くでスタンバイしておくよ。。。」

一人しかいない孫だ。
父母の思いは、痛烈であろう。
しかも、この年齢で、この痛みは、あまりに辛かろう。。。

それでも、私は振り切るしかない。。。

私たち家族の中で、今一番必要なもの、、、、それは、
子が『親からこんなにも愛されている』という実感である。
姪が妹から感じ、妹が父母から感じる。。。

それが、私の判断である。
家族に愛を!感動を!
すべては、体験から生まれる!

二人だけのディズニーランド(もちろんボランティアさんはいますが)ですが、、、
義弟の魂もその2泊3日だけは、そっと降りて来てくれるのかもしれません。

すべての自然・物・人にありがとう。
自然の流れの中で、、、、私は、全力を尽くします。

奇跡が起きる!

やりました!
MAKE A WISHへの申請が通過しました!
本日、スタッフの方と姪の面談が行われたようです。
今月末か来月早々には、ディズニーランドに行けそうとの連絡が入りました!!
こんなに素早い展開になるとは…!?

いよいよ彼女の夢がかないます!!

皆様の応援、願い、祈りのパワーがひとつになって、奇跡を呼び込んでくれています!
ほんとうにありがとうございます!

MAKE A WISH

ブログというツールで、自分の置かれた現実、人生そのものを書くことは、
読み手にとって気持ちいいものばかりではありません。
時として、辛いモノ、残酷なモノも含まれてきます。

逆にいい話ばかりの人生なんてありえない。
そんな軽々しい世界で生きてもいませんから。

文字数にも限界があって、すべての状況を伝えることもできないでしょう。
どこから書けばいいのでしょうか。。。

重い記事を読みたくない方は、どうぞここで閉じてください。

体調を崩しておりましたが、徐々に復調していたためGWは、故郷でのんびりしました。
といっても私には、今回、二つの使命がありました。
ひとつは、幼い頃から妹のように可愛がった従兄弟の結婚式。
もうひとつは、父親代わりをしている姪との時間をつくることです。

なぜ父親代わりなのかというのは、以前からおつきあい頂いている方は、
ご存知でしょう。姪の父親は、数年前に予期せぬ病に倒れ、帰らぬ人となりました。
それ以来、私が父親代わりとして、振舞っています。それも義弟に「オレが二人(妹と姪)
を守ってやるから!」と誓ったからでもあります。しかし、東京〜九州と離れて
もいるため、それも満足にしてあげられず、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

昨年の夏、やはり帰省をした時、大きな検査が行える最先端の医療機関ができた
ということもあって、姪の検診を行いました。そして、そこで4度目の小児がんの再発が
見られました。そして、決定的な診断結果も言い渡されました、「彼女が生まれてきて、
ここまで、何度も再発を繰り返す原因は、遺伝子の18番・19番に異常が存在する。」
つまり、先天的に免疫力が無い肉体であるということ。

これは、遺伝子治療という分野が格段に進歩しなければ、
この治療の根本的な部分には踏み込めないんじゃないか…。
それは、今年や来年では無い。何年も先の話であろうと。
そこまで、この闘いを続けていくことは、姪の衰弱状態を見れば、
どれほどのものなのか…。私は、ここである程度の覚悟をしました。

この頃、彼女は、「父親」の存在を欲しがりました。
それもそうでしょう。寂しいはずです。この闘病生活は、学校に行くことも
ままなりません。もう何年も学校へは、行けていません。
病院と自宅の往復。抗がん剤を投与すれば、白血球が低下するため、
外出ができない。たぶん、この9年間のうち4年半という時間は、病院の中での
生活だったと思います。そんな中で、亡くなった父親の記憶が薄れながら、
私に「おじちゃん、お父さんになって。」という言葉をかけられもしました。
私は、義弟の遺影の前で、どうしても「YES」が言えなかった。義弟に悪い気がして、
言えなかった。「おじちゃんはね、ママと兄妹だから、パパになれないんだよ。」
と答えると、寂しそうな顔をしていました。今思えば嘘でもなんでもいいから、
「YES」を言ってあげればよかったんじゃないか?悔いが残ります。

3月の姪のお誕生日。今年は、できるだけ姪との時間を持つということを決めていましたので、
はじめて、お誕生日を一緒に過ごしました。すると、姪は、「私とママとおじちゃんの
3人で暮らせないの?」って…。もう、彼女は、寂しくて、寂しくて、しょうがない状態でした。
私には、抱きしめてあげるのが精一杯でした。

そして、今回の帰省でした。
ここのところになって、彼女の病状と感情が手にとるように感じられていました。
妹から、担当の医師とあって欲しいとのことが、、、。いよいよか…。
5月2日の午後、担当の医師にあいました。
これまでの流れ、病気の現状、様々なデータを、、、、、
「あと5−6ヶ月は、大丈夫だが、以後は、保証できない。。。」と宣告されました。
ついにこの時が来てしまいました。。。
「もうできる限り、やりたいことをやらせてあげてください。」
との話の中で、姪が行きたがっていたディズニーランドへ行かせようとのことに。

「ディズニーランドに行くこと」…普通の人ならば、何の迷いも無く行けること、できること、、、
それがこの子の人生の夢だなんて、、、あまりに悲しすぎます。

それでも、かなえるには、大変な準備が必要になります。
担当医の同行、往復の路線での緊急対応の準備。数名の応援などなど。
そこで、紹介されたのが、MAKE A WISHジャパンという
ボランティア団体でした。

メイク・ア・ウィッシュは1980年にアメリカで発足しました。
アリゾナに住む、クリスという7歳の男の子は警察官になるのが夢でした。しかし白血病にかかり、学校に行くこともできなくなってしまいました。この少年の話を聞いたアリゾナ警察の警察官たちは、本物そっくりの制服とヘルメットとバッジを用意し、クリスを名誉警察官に任命することにしたのです。
小さな名誉警察官は規則に従って宣誓し、駐車違反の取締りもし、また、ヘリコプターに乗って空からの監視もさせてもらいました。ミニチュアのバイクもプレゼントされクリスは大喜びでした。
5日後、クリスは亡くなりました。警察では、名誉警察官のための葬儀を執り行いました。ほんの短い間でしたがクリスの夢はかなったのです。
クリスの夢の実現に関わった人々は、他にも、大きな夢を持ちながら、難病のため夢をかなえることができない子どもたちがいるに違いないと考えました。こうして設立されたのが、メイク・ア・ウィッシュ基金なのです。 

この団体も担当医からの紹介でもありましたが、
申し込んですべての人が対応してくれるとは、限らない。
難病の重さから順にということのようでもありました。
しかし、どうも相手方から「OK」をもらえたようです。

私は、これらの話を受けて、5/4に九州を離れ、東京へ向かいました。
ホーバークラフトの乗り場まで、妹と姪は、見送ってくれました。
別れ際に姪は「もうすぐ、おじちゃんとお別れしなきゃね…」の言葉が、、、
私は、「ドキ!」として、あわてました。
「すぐに帰ってくるから。8月に戻るからね!」
「うんうん。」
「ごはんをいっぱい食べてね。」
「わかってるよぉー」
薬の副作用で、ここのところ、ほとんどご飯が食べれなかったので、
私なりのメッセージです。そこで、ぎゅぅっと抱きしめて、、、。

ホーバークラフトに乗り込みました。
ずーっと、妹と姪がこちらに手を振ってます。
私も手を振り返しました。
もう、小さくなって、見えなくなるまで、、、。
こんなに手を振ってくれたのは、初めてです。
私は、それからずーっと、大分空港に向かまでの船内で、
涙が止まらなくて、止まらなくて、、、。

それ以来、私自身の体調は、回復してきたのですが、
このことがずーっと残り、どうしても力を湧き出すことができませんでした。

そこに実家の母親からtelがありました。
ここのところ、食事が摂れなかった姪がごはんを食べはじめた!
「おじちゃんとの約束だから。
 おじちゃんが8月に帰ってくるから、私がんばる!」って、、、。

人生は、おかしなもんです。
なんだかんだいって、頑丈なはずの大人が、
厳しい闘病生活を行っている子どもににパワーをもらってしまう。
落ち込んでいる自分が情けなくなります。。。

姪も頑張っています。
そして、私も頑張ろうと思います。
もちろん、家族も親族も病院も…関わるすべての人たちの気持ちもひとつになっています。

そして、「ディズニーランドに行く」という彼女の夢を必ずかなえます。
そんなこともかなえてあげられなければ、
私は、父親代わりを叔父を大人をやる資格は、ありません。
生きる意味がありません。

私の人生はなんのためにあるのか?
この子の人生もなんのためにあるのか?

そして、これからの限られた時間を生きぬこうと思います。

最後まで、読んでくれてありがとう。
また、頑張ります。

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