戦慄の必殺技

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プロレス界の歴史の中で、この二人を越えるタッグチームは存在しない。
あのロードウォリアーズ、スタイナーズブラザーズ、Fブラッシー&Gキニスキーでさえ、、、

この二人は、確か元々の友人関係だったはず。
フットボーラーというバックボーンを持ち、ハンセンは、新日本で活躍。
ブロディは、全日本で活躍していた。

突然、その日が来てしまう。
ハンセン電撃移籍!当時、新日本ファンだったのだが、馬場を恨んだものだった。
最強タッグの決勝戦。ブロディ&スヌーカvsファンクスで乱入したハンセンは、
場外で、テリーへ強烈なラリアット!へなちょこファンクスをハンセンがブッ倒した!
って嬉しかったり、悲しかったり。

スヌーカは、居場所を失い消えていくが、ブロディ&ハンセンという超獣コンビが生まれた!
馬場、天龍、鶴田、、、凄まじいばかりの死闘。
そこで、数々の技が二人にはあったが、ここで取り上げるのは、
ツープラトンのダブルショルダータックル!
試合の前半で見せるのだが、これをくらったレスラーは、交通事故状態で完全KO。
場外に飛ばされるか、その場で失神か、、、であった。
フットボールの要領で、二人が息を合わせてぶちかませば、直線的に力を受けるしかなく、
それそれは、悲惨な状態となったしまった。

これを必殺技と呼ばずなんと言う!
超1獣コンビの凄まじい魂のこもった一発にファンはやんや!の歓声を送ったのであった。

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今でこそ、脳天から突き落とす技が乱発されてはいるものの、70年代後半から約10年くらいは、
プロレス界最高の必殺技は、ドラゴンスープレックスであり、その使い手である藤波辰巳は、
隠れ最強レスラーという伝説があった。

そのドラゴンスープレックスの名シーンと言えば、タッグリーグ戦の決勝(仙台)で、猪木から
見事なピンフォールを奪った一撃があるが、ちょっとキレイ過ぎた感は否めない。
ポイントとなるのは、ブリッジの角度や出来という見方が強いのだが、、、
危険度というところでは、フルネルソンの「グリップ」がその判別方法。
左右の手を互い違いにロックをかけ、投げた後のブリッジでも離すことが無い。
うわぁー!首の骨が折れるー!そんな衝撃の一撃は、MSGで、カーロス・ホセ・
エストラーダへブチかました初公開時が最も衝撃的だった。
低く、スピードに乗った投げからのブリッジは完璧!グリップのエグサは、その危険度を
物語っている。当然ながら、見事なスリーカウント!その瞬間、WWFジュニアヘビーのベルト
の奪取と共にドラゴン伝説は、はじまったのだった。

奇しくも今年、50歳を越えた藤波が最後の闘いを挑もうとしている。
その引退試合は、これまでののライバルの中から誰を選ぶのか・・・?
仮に相手が誰であろうもそこに立ちはだかるのは、藤波自身の歴史と誇りを
かけた闘いなのかもしれない。

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ここのところの注目といえば、アキラ兄さんこと前田日明!

デビュー当時は、前田明のリングネームだった。
大阪のケンカ番長だった彼は、まちで田中正吾氏(現在、修斗の解説やってる?)
と遭遇。170cmそこそこの田中氏にボッコボコにされ、氏の経営する道場へと連れられる。
そこから、空手家としてのトレーニングがはじまる。メキメキ頭角を現し、
田中氏-佐山聡(田中氏の知人と思われる)のラインから新日へ。
当初、ボクシングのヘビー級選手としてチャンピオンに!という夢から、
体づくりのつもりであったそうな。その後、プロレス界の異端児へと数奇な運命を辿る。

デビュー当時は、前田明のリングネーム。英国武者修行時代は、キックを武器にサミーリー(佐山)
の弟という振れ込みで、クィックキックリーを名乗る。カールゴッチ道場にも入門。サブミッションや
スープレックスを磨いた。凱旋帰国は、第1回のIWGPシリーズ。欧州チャンピオンとなっていたため
だった。「七色のスープレックス」をウリに「スパークリングフラッシュ前田明」と呼ばれた。
当時からのキック技「ニールキック」(ランディングニールキックとも呼ばれていた)は、若き日の
代名詞的なものだった。この使い手は、以後、橋本真也をはじめ、多くのレスラーが、、、。

第一次UWFからUターン上陸時は、それまでの手加減した姿から変貌し、黒髪のロベスピエール・
キックの千手観音などと。猪木との対戦要求を続けていたたが、ノラリクラリとかわされ続けた。
以後のプレイボーイ誌の前田VS猪木対談で「あの時何故、闘ってくれなかったんですか?」の質問に
猪木は、「前田が怖かったんだよ、がはははー!」と言わしめる。(この回答には、猪木の器の大きさ
を感じたが)

猪木戦は実現しなかったが、藤波戦は実現!この闘いは、その年のベストバウトとなる。
キックを中心に藤波は、サンドバック状態。うぉぉーすげー!藤波が壊れる〜!その試合振りに、
藤波が可愛そうになるぐらい、、、だった。コーナーに詰まった藤波。走りこみ込みながら、放った
大車輪キック一閃!(当時は、タテ回転のニールキックと呼ばれる。)前田の長いコンパスが大きな孤
を描きカカトが藤波の頭部へ命中!物凄い流血へ―。

以後、この技は、ジョージ高野にも放ち、同じ運命へ。

凄絶な「新日VSUWF」に燃え上がっていた中で、やった前田も凄いが、受けた藤波も凄い!という
試合だった。この技、プロレス界の伝説的な必殺技であるのは間違いない!

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今回の登場は、タイガーマスク最強の好敵手:ダイナマイトキッドです。
国際プロレスに初来日し、新日本へ移籍―。

ジュニア末期の藤波との名勝負後、タイガーマスクのデビュー戦の相手となり、以後の
名勝負を連発した。そのファイトスタイルは、高速・全力の超過激なプロレス!
小さな体でありながら、凄まじい切れ味を連発した。あの、今をときめくクリスベノワは、
まぎれもなくキッドのコピーレスラーであろう。
切れ味鋭い必殺技は、ダイビングヘッドバッド・元祖高速ブレーンバスターなどであるが、
ここであげたいのは、技と技の繋ぎ、試合のリズムを取りながらも
全身全霊で繰り出す背中へのハンマーパンチ!!!
その一撃、一撃は内臓に響くかの衝撃であったのではないか、、、?
髪の毛を掴まれながら、物凄いスピードと全身の力を
こめてた拳から上腕部分が何発も繰り出されたらたまったもんじゃない!
これを必殺技と言わずなんと言う!

以後の活躍と末路は、記憶に新しいかもしれませんが、ブリティシュブルドッグスとして、
WWF(現在のWWE)で活躍。新日本のタッグリーグ戦で来日したはずが、
空港から全日の最強タッグへ直行!仁義無き引き抜き合戦には、ショックを受けました。

そのファイトスタイルは、日本のプロレス界にも大きな影響を与えた一人でもある。
今、不自由な体となったキッドが日本のプロレス界の現状を見たらなんと言うのだろうか、、、。

年月日: 1958/12/5
身長: 180cm
体重: 98kg
出身地: イギリス・ランカシャー・ゴルボーン
得意技: ダイビングヘッドバット
ニックネーム:爆弾小僧・カミソリファイター

75年に17歳でデビューし、イギリスのジョイント・プロモーションで活躍。77年4月に英国ライト級王座、78年1月に英国ウェルター級王座を獲得。3月に欧州ウエルター級王座を獲得。4月にカナダのカルガリーに渡る。NWA世界ジュニアヘビー級選手権でネルソン・ロイヤルと対戦。敗れたが評価を上げる。英連邦ミッド・ヘビー級王座を獲得。79年7月、国際プロレスに初来日。80年1月から新日本プロレスの常連となり藤波辰巳、初代タイガーマスクと好勝負を繰り広げた。84年2月にデイビーボーイ・スミス、ザ・コブラとの三つ巴戦を制し、WWFジュニア王座を獲得。11月にデイビーボーイ・スミスと全日本プロレスに移籍。85年6月、マイティ井上を破りNWAインタージュニア王座を獲得。86年からWWFに従弟デイビーボーイ・スミスとのブリティッシュブルドッグスで登場、WWFタッグ王座を獲得した。89年1月に全日本に復帰。4月にジョニー・スミスと組んでアジアタッグ王座を獲得。全日本の世界最強タッグに参戦後、リング上で引退を表明。93年7月に復帰。96年10月に、みちのくプロレス両国大会で小林邦昭、ドス・カラスと組んでサスケ、初代タイガーマスク、ミル・マスカラス組と対戦。その後はステロイドの影響で車椅子の生活。

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■ボブオートンジュニア http://2.csx.jp/users/raijin011/oton.htm

現在のツープラトン攻撃は、タッグマッチにおける全日本-NOAHのカウント2.9の応酬・ロードウォリアーズ・維新軍くらいからの流れなのでしょうが、、、その源流は、1980年頃の元祖マンハッタンコンビと確信する。

当時のWWFで活躍していたこの二人は、長州の反乱で盛り上がる新日本においても強烈なインパクトを与えた。また、ほとんどの方は、この名前からディックマードック&アドリアンアドニスをイメージするのだろうが、こちらは2代目。初代のコンビは、今をときめくランディオートン(WWE)の父親:ボブオートンJR&アドリアンアドニスだ。ボブオートンJRは、馬で入場するような破天荒さで、テキサスファイティングスタイルのエルボーやニードロップを繰り出しながらもクールな雰囲気を漂わせていた。また、アドニスは、以後オカマキャラにはなったものの最終的には、NYのギャングや暴走族のイメージで、ねちっこいレスリング技術も併せ持ったテクニシャンだった。あの蝶野が使うマンハッタンドロップ(正面からのアトミックドロップ)は、この人が元祖でもある。

そんな二人は、数々のツープラトン攻撃を披露。ハイジャックパイルドライバーやスカイハイラリアートも物凄い衝撃だったが、私的に最も危ない技が、このスカイハイニードロップだと確信する。まず、オートンがベンジュラムバックブリーカーで、相手を捕ら固定する。その首元へアドニスがトップロープからニードロップで急降下!腰に膝を固定させているため、そのまま人間断頭台のような状態となった。これがあまりに危険すぎるため、ニードロップが当たる瞬間に相手の体を回転させるというフォローも入れるようにしたが、段々と消えていく。そのうちオートン来日しなくなり、マードック&アドニスとのコンビへと移行していく。

10年ほど前?だったか、アドニスも他界。そのニュースを聞いた時は、新日本で活躍していた頃のことを思い出させられた。大ブレイクした維新軍の長州&浜口もそのツープラトン攻撃の多くは、このコンビからのパクリでもあった。

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