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夜香花、夜蘭香とも呼ばれ、アメリカ大陸熱帯が原産。 温暖多湿、日当り風通しの良い場所に生息。 適応力はあるが、寒いのだけは苦手で、5度以下では生息しないそうです。
<夜来香>この歌は、「七大歌星」として紹介した李香蘭という人の歌です。 彼女の祖父は、漢学学者でした。 親父はその影響を受け若いころから中国で勉強し、満鉄で働いておりました。 山口淑子は若い頃、忘れられない事件に出遭います。 1932年彼女は、自分自身の目で縛られた中国人が日本憲兵に銃殺される所を見てしまうのです。後に、彼女はそれが、平頂山惨案であることを知ります。3000人(中国説、日本側では800人程度と見られている)という中国平民が日本軍に殺される事件です。さらに、その平頂山惨案で、親父が敵に通じたと拘留されます。 事後山口淑子一家は、瀋陽に引っ越します。13歳の時、山口淑子の親父の中国同級生、当時親日派瀋陽銀行総裁李際春が養父となり、李香蘭という名前を手に入れます。 李香蘭は、ロシア声楽家に声楽を教わる機会に恵まれ、彼女の音楽的才能が発掘されることになります。 当時、日本は「日満親善」「五族協和」の懐柔政策を進めており、ラジオ放送で「満州新歌曲」を流し始めておりました。日本語が分かり、北京語もできる李香蘭「少女歌手」として舞台に押し上げられます。 1937年「満鉄」出資の映画会社「満映」が成立。李香蘭は、専属女優として採用。 彼女が初めて主演した映画《蜜月快車》で、彼女は「日本語がわかる中国少女映画スター」の地位を確立。 李香蘭時代は、日本の侵華時期と重なっており、彼女自身いろいろと悩んだようです。 1938年10月、18歳の李香蘭は「日満親善」代表として初めて日本へ帰ります。しかし、彼女には思いもよらない出来事が起こりました。パスポート検査が終わって船を下りようとしたとき、役人が「おまえは日本人か!一等国民がシナ服を着て恥ずかしくないのか!」と自分に叫ぶのを聞いたのです。 彼女は、その言葉を理解できずに悩んだようです。 東京でも、中国服を着て中国の歌を歌っているときにも、拍手の中に罵倒する声を聞きました。彼女の祖国日本に対する幻想が崩れ始めます。私が中国人として蔑視されているのではなく、祖国の日本人から私が生まれた中国が蔑視されているのだ。私の母の国の恥として。 1943年李香蘭は林則徐の禁アヘンを描写する時代劇《万世流芳》に出演。その役は、アヘンの害を訴えるアメ売り少女。その劇の中で《売糖歌》を歌います。 北平の記者会見後、若い記者が彼女を追いかけ質問します。 「李香蘭、あなたは中国人ではないんですか? なぜ《支那之夜》に出演したのですか? 《白蘭之歌》は、中国映画を辱めてると思いませんか? あなたの中国人としての誇りは、なくなったのでしょうか。」 彼に面と向かってそう問われ、彼女は、 「あのころは、若くて何も解ってませんでした。 今後悔してます。 ここで皆さんに謝ります。 二度とあのような事はしません。」 意外とその言葉が、拍手を引き起こします。 彼女は、後から 「彼らは私が日本人で有ることを知っていたんです。 ただ、私に謝らせたかっただけです。」 と語っております。 当時を思い出して彼女はこう言っています。「あの戦争の年代は、生きるために、私は、歌を習いました。 そんな中、軍国主義の為に働く事、中国人を蔑視した映画など耐えられませんでした。李香蘭の身分が重かったのです。」 彼女は、1944年に満映を退職し、上海に移り住みます。 1945年日本の敗戦と共に、李香藍も売国奴として軍事法廷にかけられます。自分が日本人であるという事を公にし、中国人名で出演した<支那之夜>について若気の至りであったことを謝罪したのが幸いし、1946年2月釈放され帰国します。 1958年、李香藍を捨てた山口淑子と外交官の大鷹弘結婚、外交官夫人となる。 1969年50歳の大鷹淑子は、富士テレビ局の番組司会になる。 1974年田角栄首相のすすめで、選挙に出馬。それから18年間参議院議員を勤めました。 代表作:《夜来香》《恨不相逢未嫁時》《小時候》《売糖歌》《戒烟歌》《海燕》《何日君再来》《蘇州夜曲》 |
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はじめまして、あずさゆみです。昭和26年から折尾で父が映画館を経営して、休憩時間にレコードの曲を流していたのでこのようなレコードが200枚ほど残っています。これも先日、オークションに出して落札されました。いい曲です。夜来香がお花の名前だなんて知りませんでした。
恥ずかしいですね。ありがとうございました。
2008/3/17(月) 午後 5:15
TBありがとうございます。
折尾って、福岡のですか?
私も福岡出身なので、懐かしいです。
2008/3/17(月) 午後 6:58
李香蘭の情報ありがとうございます。彼女は二重国籍でなくて幸いしましたね。戦後、彫刻家のイサムノグチとの結婚、離婚、再婚、その後国会議員になった波乱万丈の人生でしたね。
2008/3/17(月) 午後 8:38
山口淑子と支那之夜という曲名は知っていましたが詳しいことは知りませんでした
2008/3/17(月) 午後 8:58
teds3dさん、当時の人たちの人生というのは、私たちが想像も及ばないようなものだったのでしょうね。すごいと思います。
2008/3/18(火) 午前 7:00
suzui_zhuhaiさん、調べてみると結構何気なく歌っている歌に歴史があったりして面白いです。
2008/3/18(火) 午前 7:01
こんにちは♪初めて李香蘭のドラマで聴いたのですが・・・「夜来香」には魅せられましたwww
2008/3/18(火) 午前 7:36 [ esu**i123 ]
当時の音楽は、独特の雰囲気があっていいですよね。
2008/3/18(火) 午前 8:52
李香蘭はうちのカミさんも知ってます [夜来香]は私も大好きです ちなみに最近は [大連の街から]と言う曲を唄ってますよ...
2008/3/18(火) 午前 9:51
「大連の街から」も探してみますね。
2008/3/18(火) 午後 2:12
彼女の名前と歌は知っていましたが、大変なドラマが
あったのですね。夜香花はメキシコの我が家にもあり
夜になると、とっても良い香りがします。
2008/3/18(火) 午後 2:46
参議院議員の山口淑子は好きじゃないけれど、李香蘭は綺麗だと思います。
2008/3/18(火) 午後 3:23
alamedaさん、わ〜〜、私も夜香花の香りかいでみたいです。
花には、まったく興味がなかったのですけど。
2008/3/18(火) 午後 7:08
zhenさん、政治家になると顔もそうなっちゃうんでしょうね。
2008/3/18(火) 午後 7:09
トラバありがとうございます。勉強になりました。
歌詞 下から三段目 右端 「為」が抜けていませんか?
2008/3/19(水) 午後 8:30
推敲、ありがとうございます。
チェックしてみます。
2008/3/20(木) 午前 7:27