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中国との仕事に従事する人間として、チベット問題は、しっかり把握しておきたいと思いいろいろ調べております。
これから、書くことは、私が知り得た情報の範囲内においての私の感想のようなものです。中国にいる関係もあり、中国側の資料が主になっております。絶対視できるようなものではありません。 今後も私なりに、勉強していくつもりですが、途中経過として、私自身の参考資料として一度まとめてみました。 これとは別にネットでチベットの歴史を調べましたが、ずっと中国の一部で有ったという主張は、おかしいように思います。ただ、チベット人がここに国家を作った歴史もないようです。住んでいた人が、そこに国家を建設する権利があるという事には、世界中がなっておりません。 既成事実として、チベットは、現在中国に属しております。1950年中国がチベットを侵攻した時は、まだ、中国は戦争中でした。その侵攻を否定することは、できないように思います。 しかし、戦争で獲得した土地でも、その後の交渉によって、返還されるケースもあり得ます。ただ、チベットの場合、亡命政府とはいっておりますが、国家としての基盤がありません。現在のチベットを独立させることは、非常に難しいと言わざる得ません。 どうしてもという事であれば、戦争で奪い返すしかないように思えます。 しかし、そんなことをしたら、世界にある紛争地域を1つ増やすだけなのではないでしょうか。 それに、ダライ・ラマ自身が、独立はすでに放棄しているようです。 先日、天津の古文化街の古本屋に立ち寄って、本を物色したいたところ、 2冊の本を見つけました。 「中国近代反侵略戦争史」の内容は、 第一次鴉片戦争(アヘン戦争)
イギリス
第二次鴉片戦争(アロー号事件)
イギリス、フランス
太平軍痛撃「洋砲隊」(太平天国の乱)イギリス、フランス、アメリカ、ソ連収復新疆失地之戦争ソ連中法戦争フランス甲午戦争(日清戦争)日本台湾軍民的抗日闘争日本抗撃八国聯軍侵華戦争(義和団の乱)八カ国連合イギリス、ソ連、日本、アメリカ、ドイツ、フランス、イタリア、オーストラリア 抗撃沙俄侵占我国東北的戦争ソ連西蔵軍民的抗撃入侵英軍イギリスチベット問題にも関係しますので、その条約の内容を下記に ラサ条約1904年イギリス−チベット間に結ばれた条約。 1903年英印総督カーゾンはヤングハズバンド大佐を団長とする武装使節団を派遣してラサを占領 親ロシアに傾いていたダライ政権を威嚇して条約を締結。 その内容は, チベット−シッキム間の国境確定 ギャンツェ・ガントク・ヤトンでの通商解放 領土の譲渡・売却・租借 外国によるチベット内政への干渉,外国代表団の受け入れ 外国への鉄道・鉱山・電信などの利権の供与 チベットを事実上イギリスの保護国化するものであった。 これによって清国のチベットに対する宗主権は無視され 1906年清は「チベットに関する条約」でラサ条約を追認させられた。 イギリスの対チベット特権は1907年(光緒33)の英露協商で一応否定されたが,宗王権問題は未解決のままとなり,その後中国のチベット政策上大きな障害となった。 「西蔵地方歴史 資料選編」については、私には、少し難しすぎてすぐには読めそうもありません。 チベットと中国の関係が唐の時代から書いてあります。 これからの課題としたいと思います。 |
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「元の時代からチベットは中国の一部だった」には違和感を感じます。
元は中国ではなくモンゴル族の帝国です。
そして清も中国ではなく満州族の帝国です。
ここで言っている中国とは何なのか?
2008/4/18(金) 午後 2:37 [ ysigle ]
私もそう思って、手じかなところで、中国人に聞いてみました。
そしたら、モンゴル族も満州族も中国人だといってました。(笑)
勝てません。
2008/4/18(金) 午後 8:58
こんばんは。
がんばれ!フリーチベットを貴ブログに送信したisaohoooです。
あなたのブログに書かれた記事は、とても深く調べられ
冷静で洞察に富んだ内容で、とても参考になります。
こちらの「お気に入りブログ」に登録し、
参考にさせてください。
中国でのお仕事と生活、ご安泰を祈念いたします。
(私も、数年以前までアパレル関係で中国各地を行き来してきました)
それでは。
2008/4/18(金) 午後 9:29 [ isa*ho*o ]
ハハハハ、もしかして日本民族も中国人ということかな?
2008/4/18(金) 午後 10:09 [ ysigle ]
isaohoooさん、はじめまして。
コメントありがとうございます。
もともと、政治的なことはあまり触れてなかったのですが、餃子の問題に始まり、チベット暴動(騒乱)と最近、政治的な話が多くなっております。
基本的には、日本人と中国人の違いをさぐり、お互いに理解しようというブログです。
2008/4/18(金) 午後 11:15
ysigleさん、そのうち、そんなこと言い出しそうな気がしないでもありません。(恐)
2008/4/18(金) 午後 11:16
?胃好、よくぞ言ってくれました。僕が言うより説得力がありますね。
吐蕃王朝(とばんおうちょう)って知ってますか?
[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%90%E8%95%83%E7%8E%8B%E6%9C%9D
2008/4/19(土) 午前 8:44
一応しっております。
今のダライ・ラマとは、あまり関係ないと思うのですが、いかがでしょうか。
歴史的事実で、国の境界を決めるのもどうかなって思います。
当然いろいろな変遷があるのですから。
どちらにしても難しすぎて私の手には負えそうもありません。
問題の提起はさせていただいておりますが。
2008/4/19(土) 午後 1:27
中国認識はとても複雑で難しい問題です、みな中国と言うがどこからどこまでが中国なのかがもんだいですよね、ysigleさんの言うように元はモンゴル民族、清は満州民族、要するにアジアみたいな表現で中国大陸と言えばいいんじゃないですかね。 その大陸を今統一してるのが中華人民共和国の漢民族と言う表現でいかがでしょう? でも繋がった陸地なのでそれぞれの歴史や文化が混ざって出来ている地域なのでまったく関係ないとは言い切れない、ややこしい問題ですね
2008/4/19(土) 午後 2:33 [ - ]
本当にそう思います。
今の報道や、中国批判をしている人たちは、あまりにも単純に中国を見すぎだと思います。ただ、深く考えると私のように答えがだせなくなってしまいますが。(笑)
それでも、しっかりと理解をする努力だけはするべきですよね。
2008/4/20(日) 午前 9:53