元・天津駐在員が送るエッセイ

中国と日本、それをつなぐ言語について、一緒に考えましょう。

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中国の近代化は、なぜ遅れたのか?という話に、ysigleさんから下記のようなコメントをいただきました。
「古来のもの」とは宗教で言えば神道であり仏教であり儒教やキリスト教であります。
神道を切り捨てて仏教になった訳でもなく仏教を切り捨てて儒教やキリスト教になった訳でもない。
文化的にも歌謡、短歌、漢詩、俳句、川柳、近代詩など
短歌を切り捨てて俳句になった訳でもなく短歌を切り捨てて近代詩になった訳でもない。
今でも百人一首は多くの人に詠まれている。
神楽、能、歌舞伎なども現在でも上演されている。
着物も普段は着ないけれどもハレの日には多くの人が着物を着ています。
諸外国と比べると日本は古来のものが遺物としてではなく
今も生きたものとして残っているものが多い。
実は日本人は捨てるということが苦手な民族ではないのか? 

あれから、ずっと気になっていたのですが、最近、だんだんとそれが何なのか?
見えてきたような気がしてます。

山本七平さんは、自然法について下記のように述べられております。
中東とかヨーロッパですと、もう、2,3千前年以上昔から諸民族が入り乱れております。
みんな文化ショックを相互に受けて、自分たちがもっている規範とは何かという事を相互に自覚して、人に説明しないと生きていけない。
(省略)
それに対して日本は、なにもしないで、すべて自然に行っていればよろしいという事で済んじゃったわけです。
自然法的なものというのがあり、これはどの民族にもあります。
これが、対比によって、逆に徐々に表面にでてくる。
そしてそれが仏教と一つの衝突を起こすと、今度はその自然法を仏教的にまた非仏教的に体系化する。
これはどの民族でも必ず歴史的に出てきている訳なんです。
ただ、我々は、それを意識しないで済むものですから、自国文化に対するいわゆる臨在感の特色の把握と、もう一つは、歴史観的把握というものを、我々は、どちらもしないんです。

1つものごとを見るのに、両方から把握しなければ、いけない。1つは、かくかくの「事実がある」ということ。
もう一つは、「なぜ、そうなったか」ということ。
この両面から見ていかない限り、自国の文化とうものは把握できない。
この部分的説明だけですと、わかりにくいかもしれませんが、つまり、世界には、どのこの国にも自然法というのがある。
しかし、中東、ヨーロッパというのは、いろいろな民族が入り乱れており、違う文化に接することが多かった。違う文化に接するとグノーシス現象を起こして、自分自信の文化の再把握の必要性に迫られる。しかし、日本ではそのような必要がなかったので、自然法的な考え方が、全く化学変化を起こさずに、そのまま残ってしまった。

グノーシス現象
無意識に受け継がれてきた自己の伝統文化を、相手との関係において相対化することにより、知識化する。
自己の文化を再把握し、その再把握を出発点として、新しい自己の文化を築く。

つまり、ysigleさんが考えられていた、古来のものというのは、自然法ではないのかと思えるのです。





閉じる コメント(8)

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自然法というのは馴染みが無いのでピンときませんが
たぶん同じ考えなのだろうと想います。
近代になるまでは他民族との熾烈な攻防に晒されずに済んできたから
日本は古来のものを捨てずに済んでいるのでしょうね。

2008/6/2(月) 午後 11:32 [ ysigle ]

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そういっていただけると、ホッとします。
ここで、ysigleさんに反論されると続きが書きにくくなりますから。(笑)

この前の、コメントは、本当に参考になりました。
なんか、新しい発見をした感じで、すがすがしいです。
正しいかどうかは、わかりませんけど。

2008/6/3(火) 午前 6:34 shi**per

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カタカナの効用といい、今回の記事といい、たいへん楽しく読んでます。ふ〜〜ん、そういうふうに捕らえるんだ、と思うと日本と言う国に興味がわいてきました。続きを楽しみにしてます。

2008/6/3(火) 午前 8:57 [ yossiy3259 ]

中国で暮らすようになって、初めて自分が当たり前だと思っていたことが、他の人(特に中国人)にとっては全く違っているという経験をいくつもして、現在進行形で揺さぶられています。こういう体験が世代を超えて続いていくと、やっぱりなにか形成されるものがあるのでしょうね。

2008/6/3(火) 午後 0:05 がじゅまる

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yossiyさん、そういっていただけると書きがいがあります。

2008/6/3(火) 午後 1:42 shi**per

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がじゅまるさんも、グノーシス現象に突入しているのではないですか。
私なんか、このブログ自体が、グノーシス現象のまっただ中のような気がしてきました。

2008/6/3(火) 午後 1:44 shi**per

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戦前の天皇制もキリスト教にであって危機感を感じたのだと思います。
明治維新まで勤皇か佐幕かという問いはありましたが、神・エホバへの忠誠か神権天皇への忠誠かという問いはありませんでした。
宗教弾圧したり、宮城遥拝したり、どこか「きつね」にとりつかれていたのでしょう。
海軍では「天ちゃん」と呼んでいたようです。

2008/6/3(火) 午後 3:27 ure*ruh**oshi

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私も日本人なのでしょう。キリスト教には、なんか作為を感じていい感じがもてません。実際に、宣教師といのは、侵略の手先になっていた事実もあるようですし。宣教師にそういう意図はなかったのかもしれませんが。結果的にそうなったことは否定できないように思います。

2008/6/4(水) 午前 6:38 shi**per


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