元・天津駐在員が送るエッセイ

中国と日本、それをつなぐ言語について、一緒に考えましょう。

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新日本人論 Part3

山本七平氏が「日本教徒」という本を書かれている。

不干斎ハビヤン

彼は、1565年-1621年という激動の日本に生き、自身も禅僧からキリスト教へと改宗。最後にはキリスト教弾圧という激しい生涯を送った。彼が生涯に著した本3冊「天草本平家物語」「妙貞問答」「破堤宇子」。山本氏は彼の思想変遷を追いながら日本人のもつ思想のようなものを論理的に浮き上がらせようとする。

不干斎ハビヤンは、自分の生涯をかけて日本に現存した4つの宗教「神・儒・仏・基」を論破した。山本七平氏は、最終的に日本の思想とは、貝原益軒が「大和俗訓」で著したような「自然の教え」ではないだろうかと結論づけておられる。

この山本氏の提案から私は、2つの疑問を思い起こす。

1つは、「自然の教え」とは、日本人に特有の考え方であろうかという疑問。

もう1つは、中国は儒教。インドは仏教。中東はイスラム教。西洋は、キリスト教が道徳の根底にあるとかなり明確に考えられるのに対し、日本では、なぜすべての宗教「神・儒・仏・基」を否定する事でしか、日本人の考え方を浮かび上がらすことができないのか。

まず、山本氏が最終的に結論づけておられる「自然の教え」についてであるが、こういった考え方は、どこの国、どこの民族にも存在するものであると思える。日本人にも当然そういった考えかたが存在するのは、間違いないし、日本人が「不自然」という現象に対して否定的な反応を示すのは間違いないと思うが、それは、食物や生活の多くの部分を自然に頼って生きている人類にとっては、普遍的な考えかたではないだろうか。

確かに世界にはインドや中国、中東のように厳しい自然環境でいきている民族も多くあり、自然に対する敬意が強くない地域も存在するであろう。しかし、なんといっても我々が生きる上において絶対必要な食物は、かなり科学が発達した現代においても自然からの恵みを抜きにしては手に入らないものであり、そうした自然に対する敬意や恐れは、どこの国、どこの民族においても自ずと発生しうる感情だと思える。

2つめの疑問。日本人の道徳の根底をなす宗教がはっきりしないのは、なぜなのであろうか。この疑問が日本人の特質を考える上において大変重要な意味をもっていると私には思える。

文化人類学者「フランツ・ボアズ」は、その著書「プリミティブアート」の冒頭で2つ目の戒めをこのように書いている。
それぞれの文化を理解することができるのは、歴史的に発達するものとして理解した場合だけであり、その歴史的な発達は、それぞれの民族が置かれた社会環境と地理環境によって決定されるとともに、それぞれの民族が外部から、あるいは自らの創造力によって手に入れた文化的な素材を発達させるやりかたによって決定されるという事である。
仏教は6世紀に日本に伝来したとされている。
奈良時代には「南都六宗」と呼ばれた三論宗、成実宗、法相宗、倶舎宗、律宗、華厳宗などが広まった。
平安時代には、最澄が天台宗を、空海は密教を学び真言宗を開いた。
鎌倉時代、日蓮が、法華経で、日蓮宗を広め、栄西が臨済宗、道元が曹洞宗という禅宗を始めた。

皆さんご存じのように、日本の仏教思想は、都度中国から持ち込まれたものであり、あまり仏教に詳しくない私でも日本仏教思想の歴史的変遷には思想的な発展というものは見受けられないのが分かる。時代時代で都合の良い思想が持ち込まれており、それぞれが独立した思想である。

インドでは、原始仏教から小乗仏教。(現在は、小乗仏教とは言わないようであるが、私は専門家ではないので、思想の発展がわかりやすいように小乗仏教という言葉をつかわせていただく。)その後、小乗仏教から大乗仏教、最後に密教へと発展していったようである。

日本の仏教の変遷と併せてみてもらうと大変興味深いのであるが、奈良時代に持ち込まれた仏教は大乗仏教であり、空海によって持ち込まれた密教は、最新の思想である。鎌倉時代に持ち込まれた禅宗は小乗仏教といわれる思想であろう。

では、儒教はというと聖徳太子が作ったと言われる「十七条の憲法」にすでに儒教の影響があるそうであるが、それ以後江戸時代に朱子学が幕府によって採用されるまであまり普及したなかったようである。朱子学が幕府に採用された後、山鹿 素行や伊藤 仁斎、荻生 徂徠らは、朱子学や陽明学などの発展した思想を批判し、論語などのもともと聖典を研究する古義学を提唱している。これもまた、日本国内では発展をするよりも、むしろ後退しているとも受け取れる。

本家中国ではどうかというと、儒教の思想は、時代とともに発展している。
仏典が仏陀によって書かれたのではないように、論語も孔子が書いたものではなく後世の弟子達がまとめたものであり、その時期も一時期ではないようである。

日本人にはあまりなじみがない儒教の聖典は、四書五経がある。
四書は「論語」「大学」「中庸」「孟子」。
五経は「易経」「書経」「詩経」「礼記」「春秋」

孟子は、孔子から2世紀ほど後の人物であり、五経は、孔子の時代以前の書物であるとされている。

如何に長い時間をかけて、それらの聖典が作り上げられてきたかが伺える。

その後も儒教は永遠と発展を続けている。すべてを書き上げるだけでも私の半生が必要なくらい大変な作業であるので割愛させていただくが、私が名前を知っているだけでも、荀子、韓愈、朱子、王陽明などの儒学者がいる。

キリスト教の聖典、聖書もまた同じであり、現在の聖書ができあがるまでの歴史を書き出すのは、これだけインターネットが発達し簡単に検索ができるようになった現代でも大変な作業である。

こうして、それぞれに主要な宗教をみてくると、日本の宗教的思想の貧弱さがよくわかる。


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