元・天津駐在員が送るエッセイ

中国と日本、それをつなぐ言語について、一緒に考えましょう。

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新日本人論 Part4

日本人は、宗教的思想的な発展を経験していない。

丸山真男氏は、「日本の思想」のまえがきでこんな事を語られている。
外国人の日本研究者から、日本の「インテレクチュアル・ヒストリー」を通観した書物はないのかとよく聞かれるが、そのたびに私ははなはだ困惑の思いをさせられる。こういう質問がでるのは政治思想とか社会思想とか哲学思想とかいった個別領域の思想史ではなくて、そういったジャンルをひっくるめて各時代の「インテリジェンス」のあり方や世界像の歴史的変遷を辿るような研究が、第二次世界大戦に西欧やアメリカでなかなか盛んになってきたので、1つにはそういう動向の刺戟もあるのかもしれない。

中略

ところが、日本では、たとえば儒学史とか仏教史だとかいう研究の伝統はあるが、時代の知性的構造や世界観の発展あるいは史的関連を辿るような研究ははなはだまずしく、少くも伝統化してはいない。

では、それが日本人が他の諸国と比較して劣っているという事を意味しているかというと、そうではないと思う。
ただ、自慢できる事ではないし、大多数の日本人の考え方に一貫性が抜け落ちているように感じられるのもこうした歴史的経験が起因しているのではないかと思われる。

我々日本人の宗教的思想は、神道、仏教、儒教などの各諸派の断片的思想がバラバラに取り入れられ、現在においてもなお併存している。
そして私たちの道徳観というのは、そうしたすべての思想が併存した上にできあがっているのではないだろうか。
これこそが日本教の実態であろう。

吉川幸次郎氏が「吉川幸次郎講演集」という本のなかで、こんな事を述べられている。
朱子学とか「論語」といいますと、普通われわれ日本人には非常にグルーミーな陰鬱な印象を与えがちであります。たとえば「三尺下がって師の影を踏まず」とか「男女七歳にして席を同じくせず」などという言葉を、連想しがちです。「論語」という書物は大変頑固なことが書いてあるのに、なぜ世界の古典としてもう一度取り上げられる必要があるかとお疑いの方があるかと思いますが、大変残念なことに、いまもうしました二つの言葉は、「論語」にはございません。「三尺下がって師の影を踏まず」というのはいったいどこにあるのかと思って、私は中国の書物を読み出してから三十年ばかり捜しました。さっき申しましたように、ある時期には中国の書物以外は読まない、仮名の入ったものは読まないというほど、それほど一生懸命三十年ばかり読みましたけれども、三尺下がってどころか一尺でもよろしゅうございますが、そういう言葉は絶対に見つけることができませんでした。というのは私の読書には一つの盲点がります。私は仏教の本は読まないのです。私のわがままから仏教の本は読書の範囲外にありました。
そうしましたら、唐の頃のお坊さんが、宗教団体の中の師弟の戒律としてかいたものの中に、その言葉がでているということを三十年ほどして友人が教えてくれました。それがさらに日本では叡山の坊さんのなんとかという人の書物に入り、それがさらに江戸時代の寺子屋の教科書である「実語教」に入り、それで日本では普遍な教えになった。普遍の教えになりますと、固くるしい言葉はなんでも「論語」あるということで、これが「論語」の言葉になってしまったらしいのです。

もう一つの「男女七歳にして席を同じくせず」といいうのは「論語」ではございませんけれども、儒家の古典で「礼記」という本があります。その中に「内則」という篇があります。「内則」というのは、家庭生活の法則とうことです。家庭生活の法則ですから、その中には育児法も書いてあります。そのある章に、男の子と女の子は七つまでは同じ座ぶとんにすわらせてもよろしいけれども、七つになったら同じ座ぶとんにはすわらせないようにしろ、それから七歳までは男の子と女の子は同じ食器で、一緒に食べさせてもいいが、七歳になったら食器を別にしろ、というのが、この「男女七歳にして席を同じくせず」というのの原文の意味なのです。決して顔を合わせてはいけないということではありません。

なんでこんなことがおこるのであろうか。
日本人の思想的発展が体系的になされてないからだと私は考えている。
必要な時に必要な教えをもってきて、都合のよいように解釈してしまっているのである。
儒教でも仏教でも、神道でもお構いなしである。

こうした場当たり的な対応は、今の政治をみていても顕著に感じられるのではないだろうか。
では、体系的な思想をもたない場当たり的な対応が絶対的にまずいかというと決してそうではない。
何事にも二面性があって、よい面が出る場合もあれば、悪い面が出る場合もある。
問題なのは、本質をしっかり理解した上で、良い面が出るのか悪い面がでるのかを判断し、悪い面がでる場合はどう対処すべきなのかを自分たちでコントロールできるように準備しておくことにつきるのではないだろうか。

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新日本人論 Part3

山本七平氏が「日本教徒」という本を書かれている。

不干斎ハビヤン

彼は、1565年-1621年という激動の日本に生き、自身も禅僧からキリスト教へと改宗。最後にはキリスト教弾圧という激しい生涯を送った。彼が生涯に著した本3冊「天草本平家物語」「妙貞問答」「破堤宇子」。山本氏は彼の思想変遷を追いながら日本人のもつ思想のようなものを論理的に浮き上がらせようとする。

不干斎ハビヤンは、自分の生涯をかけて日本に現存した4つの宗教「神・儒・仏・基」を論破した。山本七平氏は、最終的に日本の思想とは、貝原益軒が「大和俗訓」で著したような「自然の教え」ではないだろうかと結論づけておられる。

この山本氏の提案から私は、2つの疑問を思い起こす。

1つは、「自然の教え」とは、日本人に特有の考え方であろうかという疑問。

もう1つは、中国は儒教。インドは仏教。中東はイスラム教。西洋は、キリスト教が道徳の根底にあるとかなり明確に考えられるのに対し、日本では、なぜすべての宗教「神・儒・仏・基」を否定する事でしか、日本人の考え方を浮かび上がらすことができないのか。

まず、山本氏が最終的に結論づけておられる「自然の教え」についてであるが、こういった考え方は、どこの国、どこの民族にも存在するものであると思える。日本人にも当然そういった考えかたが存在するのは、間違いないし、日本人が「不自然」という現象に対して否定的な反応を示すのは間違いないと思うが、それは、食物や生活の多くの部分を自然に頼って生きている人類にとっては、普遍的な考えかたではないだろうか。

確かに世界にはインドや中国、中東のように厳しい自然環境でいきている民族も多くあり、自然に対する敬意が強くない地域も存在するであろう。しかし、なんといっても我々が生きる上において絶対必要な食物は、かなり科学が発達した現代においても自然からの恵みを抜きにしては手に入らないものであり、そうした自然に対する敬意や恐れは、どこの国、どこの民族においても自ずと発生しうる感情だと思える。

2つめの疑問。日本人の道徳の根底をなす宗教がはっきりしないのは、なぜなのであろうか。この疑問が日本人の特質を考える上において大変重要な意味をもっていると私には思える。

文化人類学者「フランツ・ボアズ」は、その著書「プリミティブアート」の冒頭で2つ目の戒めをこのように書いている。
それぞれの文化を理解することができるのは、歴史的に発達するものとして理解した場合だけであり、その歴史的な発達は、それぞれの民族が置かれた社会環境と地理環境によって決定されるとともに、それぞれの民族が外部から、あるいは自らの創造力によって手に入れた文化的な素材を発達させるやりかたによって決定されるという事である。
仏教は6世紀に日本に伝来したとされている。
奈良時代には「南都六宗」と呼ばれた三論宗、成実宗、法相宗、倶舎宗、律宗、華厳宗などが広まった。
平安時代には、最澄が天台宗を、空海は密教を学び真言宗を開いた。
鎌倉時代、日蓮が、法華経で、日蓮宗を広め、栄西が臨済宗、道元が曹洞宗という禅宗を始めた。

皆さんご存じのように、日本の仏教思想は、都度中国から持ち込まれたものであり、あまり仏教に詳しくない私でも日本仏教思想の歴史的変遷には思想的な発展というものは見受けられないのが分かる。時代時代で都合の良い思想が持ち込まれており、それぞれが独立した思想である。

インドでは、原始仏教から小乗仏教。(現在は、小乗仏教とは言わないようであるが、私は専門家ではないので、思想の発展がわかりやすいように小乗仏教という言葉をつかわせていただく。)その後、小乗仏教から大乗仏教、最後に密教へと発展していったようである。

日本の仏教の変遷と併せてみてもらうと大変興味深いのであるが、奈良時代に持ち込まれた仏教は大乗仏教であり、空海によって持ち込まれた密教は、最新の思想である。鎌倉時代に持ち込まれた禅宗は小乗仏教といわれる思想であろう。

では、儒教はというと聖徳太子が作ったと言われる「十七条の憲法」にすでに儒教の影響があるそうであるが、それ以後江戸時代に朱子学が幕府によって採用されるまであまり普及したなかったようである。朱子学が幕府に採用された後、山鹿 素行や伊藤 仁斎、荻生 徂徠らは、朱子学や陽明学などの発展した思想を批判し、論語などのもともと聖典を研究する古義学を提唱している。これもまた、日本国内では発展をするよりも、むしろ後退しているとも受け取れる。

本家中国ではどうかというと、儒教の思想は、時代とともに発展している。
仏典が仏陀によって書かれたのではないように、論語も孔子が書いたものではなく後世の弟子達がまとめたものであり、その時期も一時期ではないようである。

日本人にはあまりなじみがない儒教の聖典は、四書五経がある。
四書は「論語」「大学」「中庸」「孟子」。
五経は「易経」「書経」「詩経」「礼記」「春秋」

孟子は、孔子から2世紀ほど後の人物であり、五経は、孔子の時代以前の書物であるとされている。

如何に長い時間をかけて、それらの聖典が作り上げられてきたかが伺える。

その後も儒教は永遠と発展を続けている。すべてを書き上げるだけでも私の半生が必要なくらい大変な作業であるので割愛させていただくが、私が名前を知っているだけでも、荀子、韓愈、朱子、王陽明などの儒学者がいる。

キリスト教の聖典、聖書もまた同じであり、現在の聖書ができあがるまでの歴史を書き出すのは、これだけインターネットが発達し簡単に検索ができるようになった現代でも大変な作業である。

こうして、それぞれに主要な宗教をみてくると、日本の宗教的思想の貧弱さがよくわかる。


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日本の大陸棚拡大を国連認定

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新日本人論 Part2

欧米人は、個人主義者であると一般的に言われる。

それは、彼らの道徳的な規範が「キリスト教」を基にしているからであるというのは、間違いないであろう。

キリスト教は、一神教であり、他の神の存在を認めない。
そして、各個人は神との契約において、各個人の道徳が試される。
それが何を意味するかというと、各個人の内面的な意志決定自体が、自分の欲から発する不道徳な行動を規制する効果を持つと言うことである。

日本には、「旅の恥はかきすて」などと言う言葉が存在するが、キリスト教を信仰されている方にとっては、あり得ない話である。
日本人の道徳心が、キリスト教のそれとは大きく違うのは、こういった考え方であろう。
神様と自分との契約において道徳心が試されるのであれば、どこに居ようが同じ条件である。
日本人の場合は、旅にでるとその道徳心が試されるはずの規範が無くなってしまうとうことであろう。

では、中国人はどうであろうか。
中国人は、家族主義であると言えるであろう。

これも儒教がベースになっていることは、説明の必要がないように思う。

日本人は、中国人を見て、現実主義者だとか、「なんでもあり」だとがいう人が多いが、それは、われわれの規範に対して無秩序に見えるだけの事であって、彼らには、家族主義という規範はちゃんと存在する。

ただ、共産党が中国を統一してからその伝統的な「儒教」思想や「仏教」思想を、徹底的に破壊しようと試みてきた為に、革命という名の下にこれまで何千年もの時間をかけて形成されてきた伝統的な思想や慣習、そして人々の考え方までをも「迷信」というひとくくりの悪として破壊し、作り直そうとして来たために、中国の人々の間には、伝統的で内面的な道徳心が希薄になってしまったという事実は、考慮せざるを得ない。

では、日本人はどうなのであろうか。
日本人の場合は、欧米や中国のように簡単には理解できない。
明文化され、統一された道徳規範と考えられる宗教が存在しないのである。

日本人は、欧米人や中国人よりも文化的におとっているのであろうか。
私は、そうは考えない。

一時期、日本人が人種差別の意識が薄いとアメリカから指摘された時期があった。
しかし、それは、日本には意識しなければならないほどの人種差別が存在しないからであって、決して、日本人が差別に対して感覚が鈍いということではなかろう。
むしろ、日本人の方が差別を嫌うが故に実際に日本社会は公平なのであり、差別を特別に取り立てて社会問題化する必要がなかったと考えた方がよかろう。

同じように、欧米や中国ではいろいろな民族が居るために、そういった道徳的な規範が必要不可欠であったのに対し、日本は、そんなに多くの民族も居ないし、国土も大陸ほどは大きくないので、はっきりと明文化した規範がないと社会全体が統一できないという切実な問題意識も生まれなかったのではないかと考えている。

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新日本人論 Part1

いろいろな日本人論が語られてきた。

有る人は、日本文化をを「恥」の文化で著した。
「甘え」という特徴を指摘した人もいた。
「武士道」「茶道」で紹介した人も、「菊と刀」で表現したアメリカの文化人類学者がいた。

それぞれ日本文化の特徴ではあるが、どれも体系的な日本文化と諸外国の違いを説明するには至っていないと思える。

まず、前提条件として考えておかなければならないのは、日本人が優秀であるとか、欧米に比べて劣っているとか言う思い込みは棄てなければならないという事実である。人類の生物的な進化は、何万年などという年月では起こらない。中国人がよく口にする4千年の歴史程度では人類になんの優劣も起こらないし、まして日本の歴史で記録されている数百年などといいう年月で日本人が他の国の人より優秀な民族になることなどあり得ないのである。

前にもご紹介したが、ユダヤ系アメリカ人の文化人類学者で、「菊と刀」著したルーズ・ベネディクトの先生であるフランツ・ボアズが著したプリミティブ・アートの冒頭には、
かつて、人類の心的資質が現在とは異なっていたり、類人猿にみられる心的資質とよく似た状態から進化しつつあったりした時代も有ったに違いない。そのような時代ははるかな昔のことであり、こうした低い段階の心的機構の痕跡は、現存する人類のどの人種にも見られない。私の個人的な経験がおよぶ限りでは、そして、この経験にもとづいて民族誌のデータを適切に評価しうると感じている限りにおいて、人種や文化に関係なく、信念や慣習がどんなに不合理にみえようが、人類の心的な過程はどこでも同じである。
と戒めてある。

では、なにが各国の文化をこれほどちがったものににしたのであろう。

そのヒントになるのが、宮崎駿監督が紹介されている中尾佐助氏著「栽培植物と農耕の起源」という本。

まず、中尾氏は、農耕が文化の底辺をなしていると語られている。
そして、農耕の世界的な分類は、大きく4つに分けれれるそうである。
「東南アジアの根菜農耕文化」「西アフリカのサバンナ農耕文化」「オリエントの地中海農耕文化」「アメリカの新大陸農耕文化」

農耕を基準に考えるとこうも単純に分類できてしまうのかと驚かされるばかりであるが、長い年月の間にその農耕でさえも多くの地域的な差を生み出して来たのであろう。
文化は、万年単位という時間の中で徐々に形成されたものであって、これまでの日本人論が語ってきたような単純なものではない事が分かる。

日本の文化と中国や欧米の文化の違いは、なんなのであろう。

私は、それぞれの社会規範から起こっているのでは無いかと考えるようになった。
それぞれの国家や社会には、規範若しくは、道徳という曖昧な共通認識が存在する。
法律は、最低限度の社会ルールをきめたものであるが、そのレベルではなくもう少し上の次元でのルールであるとも言える。

法律には、掃除しなさいとは書かれていない。
でも、多くの人は、すすんで掃除をする。
こうしたルールは、各文化圏によって大きくちがってくるのであるが、この違いこそが文化の違いと呼ばれているのではなかろうか。

では、そうしたルールは何を基にしているのであろう。
日本人であれば、おおよそ同じルールを共通認識としてもっているようである。
私が中国に駐在したときの経験でも、日本人同士なら理解しあえるが、中国人とは絶対に理解しあえない一線が存在する。
同じ共通認識をもてるという事は、なにか基になるものがかならず存在するはずである。

以前、日本人の定義について考えた事があった。

日本国籍を持っている人だろうか?
かつて、日本から移民した人達がいた。彼らは、日本国籍でなくなったら、日本人ではないのか。

日本語をしゃべる人?
中国人や外国人でも、日本語をしゃべる人は沢山いる。

現在は「日本人が共通意識としてもつ暗黙のルールが理解できる人」という定義が一番ふさわしいのではないかと考えている。

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