元・天津駐在員が送るエッセイ

中国と日本、それをつなぐ言語について、一緒に考えましょう。

言語

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1,地図はそれが代表する現地ではない。言葉は物ではない。
2,言葉の意味は、言葉の中に有るのではない。意味は我々の内にある。
3,文脈が意味を決定する。
4,「である」という語の正体を知れ。単なる助詞として使われるのではない場合、それは評価錯誤を定着させる事がある。
5,まだかけられていない橋を渡ろうとするな。指令的叙述と情報的叙述を区別せよ。
6,「真」という語にある少なくとも四つの意義を見分けること。
7,「火に火を以て戦おう」としたくなった時は、消防夫はたいてい水をもって戦うものだという事を思いだせ。
8,2値的考え方は、考えの初まりにはなるが舵取りの用具にはならない。
9,定義に用心せよ。それは言葉についての言葉である。できるだけ、定義で考えるよりも、実例で考えよ。
10,見出し番号と日付を使え、いかなる語も正確には2度と同じ意味を持たないという事を思い出すために。

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我々は、物心ついたときから言葉を少しずつ覚える。そして、自在に言葉を使えるようになると、まるで物質や事象と言葉が関連性を持っているような錯覚に陥っている。

しかし、本来言葉と物質や事象との間には、まったくなんの関連性もないのである。我々が関連性があると思い込んでいるのは、我々自身が言葉と物質や事象とを意識的に関連づけて使うからに他ならない。言葉と物質や事象に食い違いがあるとき、我々は「嘘をいう」といって、非難する。「嘘をいう」と言葉が正常に機能しないからである。

「嘘も方便」という言葉がある。物質や事象を正しく表現しなくても許される例外である。

我々の言葉は、それを使う人の意志や習慣、能力によって、物事や事象を正確に伝えたり、美しく伝えたり、歪めて伝えたりするのである。

また、我々の言葉には多くの抽象的な言葉が存在する。そして、その抽象的な言葉には、いろいろな抽象度を持つ言葉がある。しかし、我々は、それらの抽象度の異なる言葉をまるで同じ言葉であるかのように使い、区別できないでいる。

例えば、日本人や中国人という言葉。
この言葉には、それぞれの国の人々が大勢含まれている。日本人であれば、鈴木さんや木村さん、佐藤さんに伊藤さん。
正確に言おうとするなら、1億数千万の人の名前を挙げなくてはいけない。多くの鈴木さんがいたら、東京の鈴木さん、福岡の鈴木さんと呼び分けてもすべての鈴木さんを区別する事は不可能であろう。日本人という言葉がなければ、「日本人は勤勉である。」という簡単な一文も表現できない。

では、日本人とは?と定義しようとすると、なかなか難しい問題に突き当たる。「日本に住んでいる人」では不都合であろう。「日本のパスポートをもっている人」「日本のパスポートを申請できる人」「日本語をしゃべる人」「日本で生まれた人」どれをとっても、例外が生じて完璧な定義をするのは、難しい。我々は、言葉の定義が曖昧なまま、便利に使っている事に気づかされる。

「嘘を言ってはいけません」という教えは、言葉を有効なもにするために必要なのであり、「嘘も方便」は、言葉によってうまく物事を解決しようとする方法であり、対立する概念ではない。

仕事柄、日本語を話す中国人と接する機会が多くある。日本語をうまくしゃべる中国人は、態度や考え方が大変日本的である。日本語を習い始めた中国人は、しゃべり方や考え方が中国的で有るために、意味が通じない事が多い。

語学を勉強するとき、日本語の「ありがとう」は、中国語の「謝謝」であるというように単純に対応させて覚える。その学習方法は、間違いとは言えないであろうが、正しいとも言いにくい。日本語の「ありがとう」に対応する中国が「謝謝」以外にあるのかと問われれば、それ以外には考えられない。しかし、日本人が「ありがとう」を連発するように、中国人は「謝謝」という言葉を使わない。

日本人と中国人の人間関係に対する根本的な考え方が違うからである。そのことだけを一般的に考えると、日本人は礼儀正しいと思いがちであるが、決して中国人の礼儀がなってないという事ではない。中国人は人間関係を日本人よりも親密に考えているようである。ちょっと知り合いになると中国人は、すぐに「老朋友」と言い出す。社交辞令でもあるので、真に受けると落胆する事もあるが、それにしても中国人は、日本人よりも人間関係を大切にするし、日本人同士のような表面的なつきあいはあまりしないようである。

日本人同士の親密さは、表面的な事が多く、内的にはそんなに信じてない場合が多い。対して中国人は、関係の無い人には、恐ろしいほど冷たいが、一度なにがしかの関係ができると一気に親しくなる。「ありがとう」「すみません」というと彼らは違和感(他人行儀)を感じるようである。そういう関係ができるとお互いに許し合う事が求められる。裏切るような行為をすると犯罪者のような扱いになる。日本人の外的なつながりに対して、中国人は内的なつながりをもっており暗黙の掟があるのである。例が悪いが、日本のヤクザの義理人情という感覚によく似ている。

外国語を学ぶ醍醐味や難しさは、言葉がその国の文化や習慣によって物質や事象とつながっている事による。

さらに、注意したいのが、先ほど例として使った「日本人は、勤勉である。」という一文。この文は、日本人という対象が曖昧であるというだけにとどまらない。多くの人は、この文の不合理さにすぐに気づかれるであろう。日本人にも勤勉でない人もいれば、勤勉な人もいる。日本人に勤勉な人が多くいるという事実があったとしても、日本人全体を勤勉であると断定していいのであろうか。しかし、日本人の特質を説明するのに、他によい表現の仕方がないのも事実なのではなかろうか。





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言語と思考

人間は客観的な世界にだけ住んでいるのでもないし、また、普通の意味での社会的な活動の世界にのみ住んでいるのでもない。人間は自分たちの社会にとって表現の手段となっているある特定の言語に多く支配されているのである。基本的に言語を使うことなく現実に適応することが可能であると考えたり、言語は伝達とか反省の特定の問題を解くための偶然の手段にすぎないと思ったりするのは、全く幻想である。事実は「現実の社会」というものは、多くの程度にまで、その集団の言語習慣の上に無意識に形作られているのである。われわれが聞いたり、見たり、或いは経験したりするのにはだいたい一定のやり方があるが、これはわれわれ共同体の言語習慣がある種の解釈を前もって選択させるからである。
エドワード・サピア

一般に私たちは、私たちが使っている言語について、あまり深く考えては使ってはおりません。しかし、私たちは、この言語によって、私たちの考え方や行動が左右されているという事実を認識しておく必要があるかと思います。

少し前に、歴史にあえぐ中国という記事を書きました。その中に

(中国)歴史は、What had happened. 起こったことを書くわけです。
(西洋)戯曲は、What would happen. 起こるであろう事を書くのです。
※この言葉は、吉川幸次郎先生の「吉川幸次郎講演集」P40に書かれております。

中国人は、何が起こるかを考えずに、起こった事に対してのみ、これまでの歴史(経験)に照らし合わせて物事を判断しているのではないかと思えるのです。
と書いております。


この言葉の意味を、もう少し詳しく見てみたいと思います。

英語には、時制というものがはっきりと存在します。しかし、中国語には、時制はほとんど存在しません。
あえて言えば、文の最後に付ける"了"という漢字が過去を表現しますが、過去を現すというより、完了、経験を意味するように感じます。

では、過去はどう表現するのか、時間を示す「昨天(昨日)」「一年前」「以前」等の言葉を使ってのみ可能です。これは、日本語にも言えることで、日本語で、「私は、トイレに行った。」というと今行ったのか、昨日行ったのかは分かりません。かならず、なにかの時間的言葉を付け加えないとはっきりとは、判断できません。しかし、英語では、その点もはっきりしないと言葉になりません。I went なのか、I have gone なのか。

それでは、問題の未来形については、どうでしょう?
未来形の問題を考える前に、未来という概念について、少し考えておく必要があります。未来とは、まだ起こってないわけですから非常に曖昧です。ここに言葉のマジックがあります。過去と現在、そして未来。その3つの概念を私たちは同等に捉えてないでしょうか。

状態 信憑性
過去 すでに起こった事柄で変更不可能 言葉で、事実かどうかは判断不能
現在 私たちの五感で体験できる状態 必要が有れば、事実の確認ができる状態
未来 まだ、存在してない 本人の意志のみに依存

この表でおわかりになるとおり、現在と過去という概念もかなり違いがありますが、

未来とは、現在や過去とは全く性質の異なる概念なのです。

この違いを認識しないと "HAD HAPPENED" と "WOULD HAPPEN" の違いが明確には理解できません。
辞書で "WILL"を調べてもらえば、すぐにわかりますが、未来形というのは、「過去」、「現在」に対して便宜的に付けた名前だと思えます。「未来」という言葉を使って表現すること自体が、勘違いをさせてしまう根源なのです。本来は、「意志」「願望」「推測」という言葉で表現すべき性質のもののように私は感じます。

英語の WILL には、神聖な感覚があるのを感じられませんでしょうか?
この単語には、欧米の神との契約という観念が存在しているように思います。

キリスト教というのは、各個人と神との契約で成立しているというのは、よく聞く話です。かれらの契約、約束というのは、絶対的なものです。契約を破る、約束を守らないと即自分が神から罰せられます。そこには、どのような妥協も許されないのです。

しかし、私たち、アジアではそうは考えません。契約、約束というのは、相手に対する"忠"、"義"、"信"なのです。
だから、相手が許してくれれば、契約を守らなくても、約束を破ってもかまわないのです。
しかし、日本人と中国人では、その感覚が又違います。
日本人は、簡単に謝罪します。それは、誤ったら相手は自分を許さないといけないという暗黙の思いこみがあります。日本人は、謝ったのに許してくれないと相手が悪いと思っている節があります。

中国では、契約を破ったり、約束を守れなかったら、いろいろ理由をつけて弁解をします。この弁解をする能力を中国人は、高く評価します。いかに説得できるのかが、彼らの人を評価する基準(本事 Benshi)に属します。そこで、嘘をつこうが多少間違っていようが、そんな事は関係ありません。いかに面子をくすぐり、人情を持ち出し、相手を納得させるのか、その能力そのものが高度な技術として評価されるのです。

つまり、欧米では、未来をいかに予測し自分が言ったことを間違いなく実行するのかという所が大切になるわけです。だから言語も未来形といったはっきりした形態をとり、現在や過去と区別をする必要がある。そして、抽象的にいろいろな事を分析し、What would happen を追求して行くのではないでしょうか。

対して、中国では、なにか起こったときにいかに相手を説得するのかという所に重点がおかれます。その為には、いろいろな歴史的な知識を詰め込んでおいて、どんなケースに遭遇しても対処できる知恵を詰め込んでいるように私には思えます。ドラマなどで、昔の故事を持ち出して、相手を説得する場面が多く有るのもこのためだと思います。
沙家浜の阿慶嫂がまさにこの理想像と言えるでしょう。

外国語を勉強する順序

外国語の習得をするのに、4つの能力が必要であることを書きました。

話す能力
聞く能力
書く能力
読む能力


現在の学校教育では、
まず、教科書を読む
単語の解説をする。(言葉を覚える)
文法を教える。
母国語に訳す。
さて、この学習で何ができるようになるのでしょう?

私は、読む能力だけを訓練しているように思えます。

現在の日本人が外国語をならっても、話ができないのは、当たり前という訳です。

日本は、古代から中国の文献を訳して、取り入れてきました。
そして、近代になってからは、欧米の文献を訳して取り入れるようになりました。

一貫して必要だったのは、読む能力だった訳です。
そして、読む能力を習得する方法を、外国語の学習と勘違いしているのではないでしょうか?

現在、時代は変わって、日本も先進国と呼ばれるようになり、外国の文献を訳して取り入れる
必要性はかなり減ってきております。

現在、私たちが必要としている能力は、聞く能力、話す能力、つまりコミニュケーション能力なのだと思います。
そして、インターネットが発達してきて、今後は、書く能力も必要になってくるのかもしれません。

私自身を例にとると、現在、通常の中国語でのコミュニケーションには、あまり困りません。
そして20年近く経って、やっと本が、読めるようになってきました。
※ずっと、勉強しつづけている訳ではありませんが...

しかし、文章を書くとなると、まだまだ幼稚な文章しかかけません。
話言葉でしか、文章を書けないからです。

つまり、なにが言いたいかというと
私たちは、言葉を覚えるのには、順番があって、その順番にそって勉強する必要があると言うことです。

まず、聞く能力
それができて、だんだん話す能力がついてくる。
そして、読む能力が付いてくるようになって、
最後に、書く能力がついてくる。

母国語でも、書く能力というのは、かなり高度な能力で、そこまで到着できていない人が、かなり多くいると思います。私も日本語でも文章を書くとなると、あまり自信がありません。
現在書いているブログの文章も、果たしてどの程度の評価を受けれるのか大変疑問です。

この順番は、私たち日本人が、日本語を話せるようになる過程を思い起こしていただければ、納得いただけると思います。

生まれてから、話が出来るまでの間、私達は、周囲の人が話す言葉を何年も聞き続けるわけです。
そして、少しづつ話ができるようになります。

学校に行くようになり、読むことを覚えます。同時に書くことも習うわけですが、その時点での書くという練習は、文章を書くという事ではなく、文字を書くという練習です。

私たちが、母国語を覚えるのにも、長い時間を掛けて

聞く能力
  ↓
話す能力
  ↓
読む能力
  ↓
書く能力
という順序で、覚えていくわけです。

外国語をならうという事が、外国人とコミニュケーションができるようになると言うことなのであれば、現在の学校教育の問題は、聞く能力を全く無視している事だと思います。

そして、書く能力などを最初から訓練するのは、まったくのお門違いなのです。

外国語を勉強するコツを教えて欲しいという人がおられましたので、自分なりに考えて見ました。

いろいろ考えたのですが、一番最初にしなくてはいけない事は、なぜ外国語を習得したいのか?
はっきりと目標を持つことだと思います。
多くの人は、ネイティブみたいになりたい。というと思いますが、

私は、まず無理だと思います。


以前、何かの本だったか、人から聞いた話だったのか忘れましたが、「米国では、子供でも英語をしゃべる」のだから....というような、話を聞いたことがあります。その当時は、それはそうだな!なんて安易に納得しておりましたが.....

子供というと、何歳くらいの子供を思い浮かべるでしょうか?私たちが、社会生活で話ができるレベルというのは、幼稚園児では、話になりません。少なくても中学校レベルの語学力は必要ではないでしょうか?ということは、だいたい、15歳くらい?

そう仮定して、話を進めますが、
15歳の子供は、15年間、その国で毎日母国語を聞いて話してという事を繰り返しています。
起きている時間を14時間とすると、14時間 x 365日 x 15年間という事になり、76,650時間費やしている事になります。

では、私たちが毎日2時間勉強した場合、何年かかるのでしょうか?
76,650時間 / 2時間 / 365日 = 105年間

それでは、どうしたら良いのでしょう?
目標を決めると言うよりも、勉強する範囲を絞り込むといったほうが良いかもしれません。自分に何が必要なのかを明確にして、勉強しなくてはいけない範囲を徹底的に絞り込むわけです。

外国語といってもいろいろな能力が必要です。

話す能力
聞く能力
書く能力
読む能力

どれも関連性はありますが、はやり別々の能力です。
また、話し言葉と、書き言葉では、かなりの違いがあります。

使う状況によってもかなり絞り込みが出来るはずです、仕事で使うのか、家庭でつかうのか、旅行なのか等。一番良いのは、自分が話したい事を、メモして外国語に訳し、全部丸暗記する事ではないですかね?

外国語を話せるようになるという事は、勉強ではありません。訓練です。毎日同じ事を何度も何度もやって脳を通さなくても、反射的に言葉がでてくるようにしないといけません。頭が良いとか悪いとかの問題ではなくいかに何度も同じ事を繰り返して、体にたたき込めるかという熱意の問題だと思ってます。

そして、補足ですが、外国語習得以上に大切なのが、母国語です。物を考える時に、使用している言語が母国語です。そして、その母国語のレベルで思考のレベルが決定される。だから、外国語を使うためにも、母国語のレベルが高くないと、内容が伴わない。

と、言うところですかね!自分で書いて、自分がなかなか出来てないことに、ショックを受けてます。自分でも頑張ろ〜〜〜っと!

翻訳できない言葉

武士道(新渡戸稲造)のなかで、武士道(bushido)という日本語を、そのまま使う事について、

原語を使うことは、次の理由から望ましい。
これほど限定的で独特な、しかも独自の気風や性格を生んだ我が国固有の教訓は、それに代わりうる特徴的なしるしを全面的に帯びていなければ、ならないからだ。
加えて、民族的な特性を持つある種の言葉は、国民的音色を持つ物であって、例え最高の翻訳者であっても、その言葉の真意を正しく伝える事は至難の業なのである。

と言っておられます。

ちょっと程度はちがいますが、私は、武士道というような特殊な言葉だけでなく、これまでも多少触れてきましたが、「ありがとう」「すみません」などの国民性を表現しているような言葉も、

ありがとう = 謝謝


すみません = 対不起


と考えるのは、正しくないと思ってます。

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