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踏切の番人のブログ
ヤフーブログ終了は未だ信じられませんね。8/30までヤフーでも記事を投稿します。9/5頃にはアメブロへ移行予定です。

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本日7月17日は、かつて京成電鉄から2形式の新型車両がデビューした日でした。

この日にデビューした車両について軽くご紹介させていただきます。

【京成AE形(二代目)デビュー】

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2010年7月17日に、京成電鉄の特急・ライナー用車両、二代目「AE形」が営業運転を開始しました。

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新AE形は、2010年開業の成田スカイアクセス線で、最高速度160km / hでの運転を行うために登場した三代目「スカイライナー」用車両で、車両形式は原点回帰の意味を込めて、初代「スカイライナー」と同じAE形を名乗っています。

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車両デザインはファッションデザイナーである山本寛斎氏が担当し、外観デザインのコンセプトは「風」、内装を「凛」と位置づけてデザインされ、在来の「スカイライナー」用車両AE100形の流線形の形状を受け継ぎつつも、塗装やヘッドライトの配置が全く異なっており全体的にイメージを一新しました。

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AE100形

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京成初のボルスタレス台車やフルカラーLEDによる行先表示、客室内へのLCD(液晶パネル)設置など新機軸が盛り込まれました。

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毎年正月に運転される「成田山開運号」は前面にインパクトあるラッピングを施している。

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2009年から2010年にかけて、8編成64両が製造されましたが、成田空港への輸送力強化を図るため、さらに2019年度中に8両編成1本が新造される模様です。

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スカイライナー運用のほか、ラッシュ時には本線経由の「モーニングライナー」・「イブニングライナー」でも運用中です。

【京成3600形デビュー】

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1982年7月17日に、京成電鉄3600形が営業運転を開始しました。

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輸送力増強および青電形式の210形、700形の置き換えを目的に、1982年6月から1989年7月にかけて6両編成9本の計54両が製造されました。

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当初は京成線内の運用のみで、都営地下鉄浅草線への乗り入れは、4年半後となる1987年1月26日より開始となり、3600形は京成通勤車としても都営浅草線を営業運転で走行する車両としても初めての界磁チョッパ制御方式やT形ワンハンドル式のマスター・コントローラーの車両となりました

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その後3618編成(上写真左側)が、2002年10月に芝山鉄道のイメージカラーである赤と緑のカラー帯に変更され、2013年3月まで芝山鉄道にリースしていました。

2017年2月に3618編成と3668編成の付随車(3608・3601)が廃車となり、4両編成となった3668編成は、3500形未更新車で最後まで残った3588編成の後任として京成金町線専属となりました

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金町線で3600形を未だ目撃してませんが、短い編成となった姿は違和感ありそうですね。

今回も最後までご覧下さり、ありがとうございました。

鉄道コム
7月は、今日は何の日ネタにピッタリな話題が多く、今回も今シリーズをお送りします。

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7月16日は、寝台特急「カシオペア」、リゾート列車「IZU CRAILE」、JR貨物EH800電気機関車がデビューした記念日です。

これらの列車について、軽くご紹介させていただきます。

【寝台特急「カシオペア」デビュー】

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1999年7月16日に、上野〜札幌を結んだ豪華寝台特急「カシオペア」が営業運転を開始しました。

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寝台特急「カシオペア」は、JR東日本が運行する臨時寝台特急列車として、上野駅とJR北海道の札幌駅間で運行していました。

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それまでの「北斗星」をグレードアップさせ、新しく製造したE26系客車が導入されました。

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寝台特急「カシオペア」は、2016年3月19日(上野発)・20日(札幌発)を最後に運行を終了し、新幹線開業日である同年3月26日付で正式に廃止となりました。

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2016年6月からは、クルーズ列車「カシオペアクルーズ」・「カシオペア紀行」として再出発しました。

【JR東日本「IZU CRAILE」デビュー】

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2016年7月16日に、伊豆半島へのリゾート列車「IZU CRAILE」(伊豆クレイル)が営業運転を開始しました。

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特急「あかぎ」「スワローあかぎ」「草津」用に転用改造されていた、大宮総合車両センター所属の651系1000番台OM301編成4両を再改造した、IR01編成が専用車両として使用されます。

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「IZU CRAILE」は、小田原駅〜伊豆急下田駅間で土休日に運行(1日1往復)、全車両グリーン車指定席の快速列車で運転され、一部座席は、食事サービスとセットの旅行商品として販売されています。

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列車愛称の「IZU CRAILE(伊豆クレイル)」は、

Cresciuto(クレッシュート、イタリア語で「大人、成長した」の意)

train(トレイン)

ile(イル、接尾辞の「〜に適した」)

の造語で、「大人に適した列車」の意味となっており、表記は、C(クール)+RAIL(レール)+E(エレガント)で「CRAILE」だそうです。

【JR貨物 EH800形電気機関車デビュー】

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2014年7月16日から、北海道新幹線開業後の青函トンネル内運転に対応した電気機関車EH800形が営業運転を開始しました。

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北海道新幹線開業によって青函トンネル区間が、新幹線・在来線共用になるため、EH500形電気機関車(上写真)をベースに、新幹線区間の交流25000V/50Hz、在来線区間の交流20000V/50Hzという、双方の電気方式対応する複電圧方式の交流専用電気機関車として開発されたのがEH800形電気機関車です。

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東芝府中工場を旅立つEH800が出てきた

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JR貨物のディーゼル機関車に受け渡す

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東芝社員に見送られ、生まれ故郷の東芝府中工場から北海道へ旅立つEH800-11号機

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EH800形はEH800-19号機で製造終了

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東青森〜五稜郭駅間が主な運転区間となるEH800形電気機関車

今日はこんな出来事があった日でした。

今回も最後までご覧下さり、ありがとうございました。

鉄道コム

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7月15日は、流鉄2000系「青空」のラストランやE1系新幹線、JR九州787系・キハ185、特急ゆふいんの森、特急さざなみ号・わかしお号の営業運転開始などの出来事がありました。

これらの車両について軽くご紹介させていただきます。

【流鉄2000系「青空」引退】

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2012年7月15日に、流鉄2000系「青空」が引退しました。

「青空」は、1994年8月に西武鉄道から譲り受けた801系(803-804)を改造した、クモハ2001-クモハ2002で構成された編成です。

その後ワンマン運転改造が施されましたが、老朽化に伴い引退しました。

【JR東日本E1系新幹線デビュー】

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1994年7月15日に、JR東北・上越新幹線で活躍したオール2階建て新幹線「E1系Max」が営業運転を開始しました。

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当初は東北新幹線で「Maxやまびこ」「Maxあおば」として、上越新幹線で「Maxあさひ」「Maxとき」として使用されていましたが、後継車両E4系Max(上写真)の導入によって1999年12月4日ダイヤ改正で東北新幹線から引退しました。

その後、上越新幹線のみの運行となり、「Maxとき」「Maxたにがわ」で運用されてきましたが、2012年9月29日ダイヤ改正で、全車両が定期運用から離脱、同年10月27日に「ありがとうMaxあさひ号」、10月28日に「さよならE1Maxとき号」の運転をもって引退しました。

【JR九州787系デビュー】

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1992年7月15日に、JR九州787系が営業運転を開始しました。

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特急「つばめ」の運行開始に伴い新製された787系は、水戸岡鋭治主宰のドーンデザイン研究所がデザイン手がけており、落ち着いた車内の雰囲気や、「つばめレディ」と呼ばれる客室乗務員による接客や、ビュフェでの軽食の提供(2003年2月で終了)など、名列車にふさわしいサービスに対応していました。

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2011年3月の九州新幹線開業以後は、「有明」「かもめ」「にちりん」「きりしま」「ひゅうが」などで使用され、現在も九州各地で活躍しています。

【JR九州キハ185気動車デビュー】

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1992年7月15日に、JR九州キハ185気動車が営業運転を開始しました。

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JR四国で活躍していたキハ185(上写真)のうち20両をJR九州が譲り受け、JR九州らしい赤が印象的な塗装に変更された後、特急「あそ」特急「ゆふ」で運転を開始しました。

現在は、特急「九州横断特急」やJR三角線の観光特急「A列車で行こう」、特急「ゆふ」の運用に充当されています。

【JR九州 特急ゆふデビュー】

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1992年7月15日に、JR九州の特急列車「ゆふ」が営業運転を開始しました。

博多駅〜別府駅間で運行されていた急行「由布」を、前述のキハ185系気動車を投入の上で特急に格上げする形で運行を始めました。

【特急さざなみ・わかしおデビュー】

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1972年7月15日に、房総半島へのアクセス特急「さざなみ」「わかしお」が営業運転を開始しました。

房総半島を走る各線が電化された際に登場した特急「さざなみ」は当初、新宿駅・東京駅〜館山駅・千倉駅間を中央本線(新宿駅始発・終着列車のみ)・総武本線・外房線・内房線経由で運転され、「わかしお」は東京駅〜安房鴨川駅間を外房線経由で運転してました。

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両者は255系とE257系500番台を使用して運行

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特急「さざなみ」は、2015年3月14日のダイヤ改正で、定期運転の君津駅〜館山駅間が廃止、全列車の運行区間が東京駅〜君津駅間に短縮、土休日運休、朝上り・夕下りのみの運行となり、通勤輸送に特化したダイヤとなっています。

今日は、こんな出来事があった日でした。

今回も最後までご覧下さり、ありがとうございました。

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1998年7月7日に、高松琴平電鉄長尾線600形が営業運転を開始しました(長尾線は下半分が青緑色)

高松琴平電鉄600形は、長尾線・志度線初の冷房化車両で両路線の主力車両です(一部琴平線で活躍)

1969年から1974年にかけて日本車輌製造で製造された、名古屋市営地下鉄 東山線の250形・700形・300形と名城線の1200形・1600形・1700形・1800形・1900形の各形式を名古屋市交通局から譲り受け、京王重機整備(東京都八王子市)で、集電装置を第三軌条方式からパンタグラフ方式に換装したり、冷房装置を設置したほか、中間車を先頭車に改造するなどの大規模な改造を行い琴電に入線しました。

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名古屋市営地下鉄300形

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2006年には、長尾線に18m級車両が入線できるよう改良が施され、1200形(上写真 / 元京急600形)が長尾線にも導入されたため、余剰となった600形4両を電装解除し、片運転台の制御車として800番台に改番した上で志度線に転属させ、同線の非冷房旧型車両を置き換えました。

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2011年に2編成が長尾線から琴平線に転属しました(琴平線は下半分が黄色)

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志度線600形は下半分が赤色(800番台)

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名古屋出身の車両は現在、長尾線に600形2両編成2本、琴平線に600形2両編成2本、志度線に600形2両編成6本、600形800番台4両、700形2両編成2本の全28両が在籍しています。

そごうグループと提携し瓦町駅ビルに建設した「コトデンそごう」の経営不振、そごうグループ倒産等の影響で琴電自身も2001年に民事再生法を適用し、事実上の倒産となるなど高松琴平電鉄は幾多の困難を乗り越えてきました。

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困難な時期を乗り越えた琴電600形には長く活躍して欲しいと願います。

今回も最後までご覧下さり、ありがとうございました。

鉄道コム

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豊田車両センター所属当時の205系M64編成
(トタE4編成(当時) / 1993年8月 新木場駅)

本日は無給出張で訪れている新潟県内からお送りします。(ブロ友さんのお言葉をお借りしました)

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JR武蔵野線205系ケヨM64編成が、本日海外譲渡のためJR東日本 京葉車両センター(千葉市美浜区・習志野市)から、EF64-1030号機が大宮・高崎を経由して牽引、J-TREC新津事業所(新潟市秋葉区)へ配給されました。

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J-TREC新津事業所は、JR東日本E235系(上写真)や東急2020系などの鉄道車両製造を手掛けています

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15:10 新津工臨?でEF64-1001+チキがいました

これだけでは終わらなかった・・・

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DE10と連結されたC57-180が、205系の配給とほぼ同時に1番線に入線!!

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15:42 配9737レ EF64-1030+205系ケヨM64

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そして工臨のロクヨンと並びました!

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なんてカオスなんざましょ!

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EF64-1030号機と連結された205系ケヨM64編成

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ようやく「ジャカルタ幕」を撮影できました(今回の図柄は蚊取り線香とSuica&スイカでした)

このあと新津駅構内から機関車が押し込む形でJ-TREC新津事業所に入場します。

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移動前には新潟色のキハ40と並ぶ光景も

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これまで、南武線・横浜線・埼京線・武蔵野線で活躍した数多くの205系が新潟西港から海を渡りましたが、それも残り23回(本)となりそうです(写真は南武線205系ジャカルタ配給)

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本題の編成は、1991年10月23日に川崎重工で落成、当初はE4編成として2004年3月11日まで豊田車両センターに所属、京葉車両センター転属後の2004年10月16日からM64編成に改番、新製当時からJR武蔵野線専属で活躍しました。(中央線や京葉線にも乗り入れますが)

7月9日朝の運用をもって離脱、JRマークや広告類を撤去され廃車、千葉県内から新潟県内へ入ったM64編成は、J-TREC新津事業所を拠点に新潟西港へトレーラーで輸送された後、船舶でインドネシアへ輸送し、ジャカルタの郊外電車「KRLジャボタベック」の“seri205”として再出発する予定です。

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「KRLジャボタベック」“seri 205”
(写真はWikipediaから抜粋)

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武蔵野線に残るメルヘン顔は3本となりました

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標準タイプの205系

初めての出会いから26年・・・私には馴染み深い武蔵野線の205系メルヘン顔を新津で見られて本当に良かったです。

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本音を言うと新潟の115系やE129系など撮っている時よりも、この配給列車を撮影している時の方が熱くなりました

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これで満足したから帰りたい・・・しかし明日から2日間イベントのお手伝いなので、本来やるべき事を頑張ってきます💦

撮影された皆様お疲れ様でした!新津駅は平和で安心して撮影できました♪

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205系ケヨM64編成よ、約28年にわたる武蔵野線での活躍お疲れ様でした!

ありがとうケヨM64編成、さよならケヨM64編成

ジャカルタでも頑張れよ!

今回も最後までご覧下さり、ありがとうございました。

鉄道コム

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