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広島県のペルー人による女児殺害事件、滋賀県の中国人妻による園児殺害事件と外国人による殺人事件が続いている。生身の『外国人』と触れ合っていない一般の日本人は、「外国人は危ない」、「外国人には悪い人が多い」といった短絡的なイメージを持ってそれで終わりということになるのだろう。振り返ってみると、仙台の赤ちゃん誘拐事件で共犯のフィリピン人妻は人質の赤ちゃんを大事に扱い、殺人はおろか、凍死もさせず、個人的には、愛する隣人のフィリピン人が殺人者にならなかったことにせめてもの救いを見出してしまう。これは、もともと子供好きのフィリピーナのよい面が出たのではないかとひいき目に思いたい。
しかし、そもしも日本は、外国人にとって決して住みよい国ではないのだろう。保険・子供の教育など、日本人なら当たり前のように受けられる社会保障に関する情報提供が、外国人家庭にはほとんどなされていないし、直接の担当窓口になる自治体の担当部署すら知らない外国人がほとんどだ。また、訪ねて来られても、言葉の問題でまともな説明・対応ができない自治体も多い。未だに日本では海外渡航の内国民の方が渡航経験者より多いという現実もある。口にする人もしない人もいるが、多くの日本人が欧米崇拝、アジア蔑視という外国人感を持っていることが疑いようのない事実だ。日比カップルの方々もフィリピン人との結婚の意志を家族に持ち出したときに、猛烈な抵抗にあった経験のある方も多いと思う。こうした日本社会の閉鎖性・外国人への無配慮・無関心が外国人を犯罪に追い込んでいくという側面があることは否めない。
一般の日本人の側の外国人に対する『同じ人間としての思いやり』も必要だが、今回の滋賀の殺人事件のように『言葉の壁』が外国人を孤立させてしまうことが多いのも事実だ。
実際日比カップルのフィリピン人妻(夫)も、日本に10年以上住んでいても、自分の名前はかけても、住所となると、漢字で書けない人がほとんどだ。フィリピン人ならではの同胞意識もあるが、言葉の問題もあって、必然的に生活空間は、日本の中のフィリピン人コミュニティの中に限られ、日本の一般社会への参加の道が閉ざされてしまうことになる。
ざっと10万人はいるフィリピン人配偶者が、主に言葉の問題で社会参加できないとすれば、本人にとっても、日本の社会にとっても、人口減少の中での潜在的労働力の損失、また文化交流という観点からも、異文化交流の機会の損失となって残念なことだ。
確かにフィリピン人側の日本語学習や日本社会を理解しようとする努力も足りないとは思うが、フィリピン人配偶者のもっとも身近な日本人配偶者が、今いっそう、愛する配偶者のために、日本語教育・日本社会のシステムの説明に関わる努力をしてかいなければならないと感じた一連の事件だった。
愛するフィリピン人妻/夫を持つ(あるいは持とうとしている)みなさんの、日々の暮らしの中でのいっそうの努力に期待したい。頑張ってください。
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確かにそうですね。 フィリピン人に限らず、文化も習慣もちがう異国の地で暮らすわけですから、彼女たち(彼ら)の一番の理解者であるはずの配偶者がいろんな面でサポートしなければならないですよね。
2006/2/20(月) 午後 5:23 [ pinoy ]
そうなんですよ。でもちまたでは、結婚するまだはとてもマメだったのに、結婚してしまったら急にほったらかしにしてしまう日本人の旦那さんも多いのが実情ではないでしょうか。今いっそうのサポートをお願いしたいですね。
2006/2/20(月) 午後 5:33 [ jessie ]
う〜ん、言葉の出来ない疎外感ってわかります。私が1度目のアメリカ滞在から帰ってきたのは小学1年の頃。その頃(1970年代)はまだ帰国子女なんて珍しくて、英語しかしゃべれず、物腰もアメリカ人みたいだった私はクラスの子たちに「あんた日本人?日本人なら日本語しゃべって日本人らしくしなさいよ。変な奴!」と言われてなかなか仲間に入れなず、登校拒否したんです。辛かった・・・
2006/2/21(火) 午前 1:49 [ Mint Car ]
アメリカにも差別があったり、同じ人種や国の人でコミュニティーを作ったり、ということはあるんですけど、その一方で違いを素直に受け入れてくれる部分もあったので、日本にいた時のような疎外感は感じなかったですね。いかんせん私以外にも英語ができない人はたくさんいましたから、「私だけが・・・」という思いが少ないんです。日本にいるとどうしてもなんでも皆と同じにしていなくちゃならないうえに、同化するプロセスで助けが少ないから馴染むのも一苦労です。
2006/2/21(火) 午前 1:55 [ Mint Car ]
Mint Carさん、私は帰国子女(男)をいじめたことがありますね。「お前なんで英語の発音がいいんだ。気持ち悪いぞ」なんて。今考えると自分たちのほうがおかしかったんですが、みんな同じことを求められていた日本の学校では、日本人らしくカタカナ英語をしゃべらない帰国子女は攻撃の対象になっちゃったんですね。
2006/2/21(火) 午前 3:06 [ jessie ]
僕が未知の国アメリカに感じることは、『違いを受け入れる懐の深さ』ですね。でなければ荒れ抱けた人種・他民族の国がひとつにまとまる訳ないと思うんですよね。日本も大分変わってきてはいると思うんですが、いまだに異質なものを素直に受け入れない閉鎖性みたいなものは健在で、特に役所・公務員など、公でその傾向が強いような気がします、
2006/2/21(火) 午前 3:09 [ jessie ]
外国人の犯罪が起きると、どうしても、負の部分ばかりクローズアップされて、「怖い」と言うイメージだけが残りますね。 でも、外国人の立場から見て、何故、そうなったか?と言う思いに至る人は本当に少ないですね。特に外国人とじかに付き合いの無い人はその傾向が強いようです、 しかし、今後の少子化、高齢化を考えると更なる外国人の受け入れも必要となり、また、その人達のフォローもしっかりと経てなければ成らないでしょうね。
2006/2/21(火) 午後 4:32
おっしゃる通りなんです。外国人を孤立させ、犯罪に駆り立てている側面も明らかにあると思いますのでわれわれ一般日本市民・行政システム一体化による、真に国際化した日本社会を再構築する必要があると思います。
2006/2/21(火) 午後 5:03 [ jessie ]