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"Magkaibigan pa rin tayo."(マグカイビーガン パ リン ターヨ:それでも友だちでいましょうね)。
ジャニス(仮名)の最後の言葉だった。僕は "O sige."(オ スィゲ:あー、わかったよ)
と返すのがやっとで、力なく受話器を置いた。
ジャニスは、高校教師を目指す教育専攻の新卒大学生。僕は、例年8月に行われる国家教員試験の結果を聞こうと恐る恐る電話をかけたのだった。
ジャニスと知り合ったのは昨年の2月。私は、フィリピーナ専門の花嫁探しサイトのメンバーで、そこで彼女と知り合った。当時彼女は高校教師養成過程3年の大学生。ミンダナオ島西部の田舎町に暮らし、隣町の大学に通っていた。いつも学校の課題に熱心に取り組むかたわら、友人でオカマの美容師にかつがれて(?)地元のビューティ・クイーンコンテストに出るのが趣味という一面も持っていた。僕とジャニスは、ヤフーメッセンジャーのチャット・電話、そして時に手紙で交流を深めた。大学4年になってからはよく教育実習の話をしてくれた。今年の5月には実家を訪ねて家族全員と会い、一段と交流は深まった。
しかし、運命は過酷。結果はインターネットで自分で照会するのだという。不合格。4年にわたる努力にもかかわらず、非常な現実に彼女は動揺し、将来設計が一気に崩れたかのようだった。再受験という言葉は一度も出ず、「修道女になろうかしら」という言葉も出た。敬虔なカトリック信者の彼女の精一杯の冗談だったのかもしれない。
一時は「試験に合格して1人前の教師になったら、あなたの秘書になって、自分で語学教室も開きたいわ。もちろん日本でね」なんて将来を誓い合ったように感じていた時もあったのだが・・・
瞳を閉じれば、
"Okey ba ako sa iyo, hon?"(オーケイ バ アコ サ イヨ ハン:僕でいいのかい?)
"Siyempre naman. Bakit hindi?"(シイェムプレ ナマン. バーキットゥ ヒンディ:もちろんよ)
"Salamat, Shinya. Ako nga dapat ang magpasalamat sa Diyos dahil nakilala na kita. Okey din ba ako sa'yo?(サラーマットゥ. アコ ガ ダーパットゥ アン マグパサラーマットゥ サ ジョス ダーヒル ナキラーラ ナ キタ. オーケイ ディン バ アコ サヨ:ありがとう、慎也.私の方が神様に感謝しなくちゃ。だってあなたに知り合えたから。あなたの方こそ私でいいの?)
なんて、二人交わした、甘いやり取りが光の速さで脳裏をスーッとかすめていく。
そんなときの彼女はいつも、涼しい笑顔を浮かべ、教科書を抱えた、りりしい制服姿だ。
そんなときに出た、とどめの言葉。愛している人に最も言ってほしくない、思いやりがありそうで最も残酷な一言「友だちでいましょう」。
教員試験失敗のショックから来る一時的な動揺なのかはわからないが、僕の心の中にはある喪失感が充満している。独身男の『たった一つの愛』探しの孤独な旅はまだ続きそうだ。『寅さん』のように打たれ強くならなくては。
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