白野慎也のフィリピン・サリサリ・トーク

『旅の指さし会話帳』の著者、白野慎也がフィリピンの庶民生活への理解の深まる情報をお届けします。コメント大歓迎。投票もよろしく。

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

今日もQuiz ka na ba? をお届けします。

☆前回の回答
 まず前回の解答からです。 4つのタガログ文の中で「のどに絡んだ痰を切りなさい」という意味の文を選択肢の中からひとつ選ぶという問題でした。


選択肢をもう一度見てみましょう。

A.Masakit ang lalamunan ko.(マサキットゥ アン ララムーナン コ:私の喉が痛い)

B.Nakadikit sa lalamunan ang plema.(ナカディキットゥ サ ララムーナン アン プレーマ:痰が喉に絡んで(くっついて)いる)

C.Tanggalin mo sa lalamunan ang plema.(タタンガリン モ サ ララムーナン アン プレーマ:喉から痰を取り除きなさい(切りなさい)

D.Wala na akong boses ngayon.(ワラ ナ アコン ボーセス ガヨン:私は、今声がでない)

 というわけで、出題意図は、この例文を通じてみなさんに表現のパターンやボキャブラリーを増やしていただこうというものです。日常何気なく使っている日本語がタガログだとこうなるという見本として、頭の片隅にでもとどめておいてください。

 それで、正解はCでした。
 
 Zaibrosさん、baby shunさん、Mint Carさん、NATSUMIさん、LoLo Pascualさん、正解で2ポイント獲得です。ボーナスポイントは、Haideeさんに2ポイント、baby shunさんに1ポイント差し上げます。みなさんありがとうございました。

 Quiz ka na ba?は、ランキング形式ではなく、あくまでも問題に取り組んでから回答に達するプロセスまでで、みなさんがフィリピンに関する認識を深めていただき、また身近なフィリピン人に質問したりしながら、みなさんにフィリピン人とのコミュニケーションをさらに深めていただくことにあります。決して合計ポイントや順位を競うものではありません。今後ともよろしくお願いいたします、


★本日の出題

 今日は、いよいよ2月も目前、バレンタインも間近で、電話の機会も増えるだろうということで、電話会話に関する問題です。次の選んでください。

今では余りありませんが、電話をして本人が出ず、「電話があったことをお伝え下さい」はタガログ文ではどうなるか、下記の4つの選択肢の中からもっともふさわしいものを選んでください。

A.Paki-sabi na lang po sa kanya na tumawag ako.
B.Meron ka bang ipagbibilin?
C.Huwag ka nang tumawag sa akin, ha!
D.Tatawagan kita kung nasa mood ako.

 ではまた明日、Quiz ka na ba?でお目にかかりましょう。

*Quiz ka na ba?はポイント制のクイズです。コメント欄にご自分の解答を書いて参加するとポイント1、正解するとさらに1ポイントで、合計2ポイント獲得できます。正解発表後、コメントいただいた方もエクストラ・ポイントを獲得できます。
 コメントは回答に直接関係のないものもフィリピンへの理解を深めたり、読者の皆さんに役立つ情報でしたらなんでも大歓迎です。

 Quiz ka na ba?は、ランキング形式ではなく、あくまでも問題に取り組んでから回答に達するプロセスまでで、みなさんがフィリピンに関する認識を深めていただくことにあります。決して合計ポイントや順位を競うものではありません。

 親しいフィリピン人のお友だち・恋人・奥様・旦那様の知識を借りてのご参加も大歓迎です。奮ってご参加下さい。

イメージ 1

*写真:私の友だち。この本文の彼女とは関係ありません。

 彼女が最新の写真を送って着てくれた。泳げないのだが、友だちと海水浴(?)に行ってきたらしい。見事にに日焼けしている。残念ながら水着姿ではなかったのだが・・・その晩お礼の電話をかけたら、
「ごめんね。ますます黒くなっちゃった。それから水着、気に入ったけど、他の男の人に肌を見せたくないから」
とあやまるのだ。

 水着の件は納得だ。しかし何で日焼けして褐色の肌はますます黒くなったからってあやまらなくちゃいけないのか? 正直私はうれしさ半分(水着の件での彼女の言い分)、軽い怒り半分だった。

 そう、フィリピーナは白い肌にあこがれ、多くのフィリピーナが褐色の肌に劣等感を持っているのだ。

 自分がフィリピンパブのどっぷり使っていたときもそうだった。
「ワタシ ハダ クロイ ニグロ ミタイ ハスカシイナ」
こんな言葉を何度聞いただろうか?

 このサイトをご覧の方のほとんどもそうだと思うが、フィリピンを愛する人、フィリピーナを愛する人は、褐色の肌のことなんかぜんぜん気にしていないはずだ。私などはむしろ、肌の白いフィリピーナは、かえって違和感を感じるし、健康的な褐色の肌(kayumanggi skin)には憧れすら抱いている。

 フィリピン国内では白い目でみられることが多い「エンターテイナー=ジャパユキ(私はこの言葉が大嫌いなのだが、フィリピン人がよく使うのでご了承いただきたい)が、帰国直後にうらやみの視線で見られるのは、握り締めた大金と日本滞在中に褐色度が落ちた「美白」なのだ。

 私はもちろん人種的偏見はまったくない。しかし、この点は逆にフィリピン人自らが、本来誇るべき形質的特徴(褐色の肌)に明らかに劣等感を持ってしまっているようだ。
 フィリピンの芸能界、特に映画界でもこの『美白崇拝、褐色肌忌避』の風潮は顕著だ。芸能人の多くがメスティーサと言われる白人との混血だ。1970年代にビルマ・サントスとノーラ・アウノールという2人の褐色の肌で、しかも小柄の女優が一世を風靡するようになってから、カユマンギ(褐色の肌)を見直そうという動きもでてきて、フィリピン人の理想の美人像も白色崇拝から大分多様化してきたようではあるが、今なお「美白」への憧れは強い。

 だからこそ、フィリピンファン・フィリピーナにモテタイ病患者の私としては、声を大にして言いたいのだ。
「フィリピーナよ。その美しい褐色の肌に自信を持って」
と。

 フィリピン語らしい表現シリーズ第1回です。どんどんシリーズ・カテゴリーばかり増えちゃってすみません。今回は、いろいろな状況で使える万能フレーズを紹介します。

"Okey ba sa iyo?"(オウケイ バ サ イヨ)
というフレーズ、みなさんよくお聞きになったことがあるのではないでしょうか? 「あなたにとってOKですか?」ということですから

基本的な意味は、
1)相手の都合を尋ねる
2)相手が自分の意見や提案に同意しているかどうかを尋ねる

の2つに集約されます。

例)Kita tayo bukas. Okey ba sa iyo?(キータ ターヨ ブーカス オウケイ バ サ イヨ:明日会おうよ。いいかい?)
これは1番目の例ですね。(2番目の例と考えてももかまいません)

Iimbitahin ko si Lea. Okey ba sa iyo?(イイムビターヒン コ スィ レア。オウケイ バ サ イヨ:レアを招待するつもりだ。君はかまわないかい=君は同意してくれるかい?)
これは2番目の例ですね。

 sa iyoの部分は、短縮形sa'yo(サヨ)という形で使われることも非常に多いので覚えておいてください。

バリエーションを紹介しておきましょう。
Mag-date tayo sa Lunes. Okey ba sa'yo?(マグデートゥ ターヨ サ ルーネス。 オウケイ バ サ イヨ:月曜日にデートしようよ。いいかい

Mamahalin kita magpakailan pa man. Okey ba sa'yo?(ママハリン キタ マグパカイラン パ マン。 オウケイ バ サ イヨ:君を一生愛し続けるよ。かまわないかい?)

Kain na lang tayo sa turo-turo. Okey ba sa'yo?(カーイン ナ ラン ターヨ サ トゥーロトゥーロ。オウケイ バ サ イヨ:露天食堂で食事しようよ。いいかなあ?)

Mag-o-over time kayong lahat. Okey ba sa'yo?(マグオオーベルタイム カヨン ラーハットゥ。オウケイ バ サ イヨ:君たちみんなには残業してもらうよ。いいかい?)

 とこんな具合です。あとはみなさんのイマジネーションで、どんどん使い込んでみてください。
 かなり使えるフレーズのはずです。
 ではまた次回まで、さようなら
 

 今年ももう1月が過ぎた。時の立つのは本当に早い。一年の始めの区切り、今日は私の人生のひとつの転機についてお話したい。

 私が食品メーカーのサラリーマンをやめて、趣味であるフィリピンの言語・文化をテーマとしたカルチャー・ビジネスで何とか自分ひとりくらい生きていけないかと思い立ったのが、1996年。以降、出版社のライター、OPMカラオケの歌詞原稿チェック、テレビ素材の翻訳(英語・フィリピン語)、などを細々とやってきた。なかなか芽が出ない。そうこうするうち4年が過ぎた。

 日本ではフィリピンと言えば、まずフィリピンパブ、たいていの日本人はフィリピンの大衆文化やフィリピン語なんてまるで興味がない。フィリピンパブでフィリピーナに入れあげている人たちの多くもしかり。日比カップルにしても、お互いの生まれ育った文化の違いの深いところをまったく分からないまま、結婚してから気づくケースがなんと多いことだろうか。

 やはり、日本でフィリピン語・大衆文化の専門家としてやっていくのは無理かなあ、と思い始めていたとき、みなさんご存知のフィリピンパブ・パラノイアの掲示板で『旅の指さし会話帳〜フィリピン語版』の著者募集の書き込みを発見したのだった。忘れもしない2000年10月30日だった。当時、私はどうシリーズについては、ページ数の少ない薄っぺらの旅行会話集くらいの印象しかなかった。さっと1・2週間で書き上げて、原稿料をもらってそれでおしまい、くらいの軽い気持ちだった。

 そして翌日、面接の連絡があり、すぐに出版元の情報センター出版局を訪ね、「ようこそ応募してくださいました」とばかりにすぐに採用。編集担当者は、応募前から私のことを知っており、何人かのフィリピン通と言われる人から推薦を受けていたと言うのだ。しかも、出版契約は原稿買取ではなく、定価の何%という印税契約だった。売れれば売れるほど、収入も増えると言うわけだ。

 そしてすぐに執筆開始。しかしいざ制作に入ると、見掛けのソフトなイメージとは大違い、綿密に設計された枠の中に、選びぬかれたフレーズを組み込む。そして単なる語学書ではなく、そこに文化の香りをちりばめてゆくというすごく緻密で細部にこだわった仕事になった。わずか1ヵ月半の作業期間ではあったが、かなりの集中を要求され、締め切り前は、1週間で3時間しか寝ないという信じられない、我が人生でもっともハードな時を経験した。

 そして、2001年2月、『旅の指さし会話帳〜フィリピン』が世に贈られることになった。それからほぼ5年。86,000部というフィリピン関係の書物ではちょっとありえない販売部数を記録することになった。指さしというシンプルだが優れたメソッドと、私を支えてくれた読者の方々のおかげだと感謝している。同著がきっかけとなり、出版企画もどんどん実現するようになった。『旅の指さし会話帳〜フィリピン』の成功を受けて、私が企画した『恋する指さし会話帳シリーズ』もそのひとつだ。テレビの翻訳の仕事、読者の方の希望で拡大したフィリピン語のマンツーマンレッスンなど、仕事の幅はどんどん広がっていった。

 この1冊の本との、インターネットを通じての出会いで、私はかねてから名乗っていた『フィリピン・カルチャー・ウォッチャー』(フィリピン語、およびフィリピン文化のエクスパート)として何とかやっていけるんじゃないかというかすかな自身をもらったのである。

 そして、恋愛の方もインターネット・チャットを通じて知り合った親子ほど年齢の離れた(私は44歳、彼女は20歳の大学新卒)フィリピーナとゴールインの時も間近という様相を呈してきた。

 コンピュターが最大の弱点だった(今でも)アナログ中年男が、インターネットで仕事の転機をたまたま引き寄せ、将来の伴侶をインターネットで見つける、という何という皮肉。

 そして、今、ほぼ毎日ブログを通じてみなさんにメッセージを送り続けている。訪問してくださる読者の方々への感謝の気持ちを忘れず、これからも偶然の出会いを大切に、みなさんに『気持ちの入った、楽しみと安らぎ、そして実用性のある』メッセージを配信続けて行きたいと思っている。

全1ページ

[1]


.
jessie
jessie
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

過去の記事一覧

検索 検索

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事