白野慎也のフィリピン・サリサリ・トーク

『旅の指さし会話帳』の著者、白野慎也がフィリピンの庶民生活への理解の深まる情報をお届けします。コメント大歓迎。投票もよろしく。

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*写真:私の友人。スレンダーな彼女も20年後は?


 私も今まで、日本人の奥さんになっているフィリピーナのお母様たちと数多くお目にかかってきた。そんな訪問の中でしばしば感じたのは、なんと言っても、この丸々と太った中年、あるいは初老の女性が、キュートでセクシーな若妻のお母さんていうのは本当なの? 若妻たちのセクシーなボディが20数年たったらこうなってしまうの? という思いだった。加齢によるしわとか老化とかは、もちろんやむを得ないのだが、その若きフィリピン人妻の母さんたちの激太り加減にちょっとびっくりするのだ。もちろん例外もたくさんあって、中年以降もキュートでセクシーなお母様もたくさんいらっしゃった。しかし、やはり激太り派が多数派であったと思う。

 私が訪問した家庭は、みな裕福ではなく、経済的には中流以下の家庭ばかり。1日3度の食事が満足に取れている家庭などほとんどない。1日1回の日がほとんどで、時々2回食べる日もあるなんていう家庭も中にはあった。

 フィリピン人の家庭に少し長く滞在させてもらった方なら分かると思うが、フィリピン人の平均的な栄養事情は決してよくはない。しかし、中年になると急に太り、大して食事をしていない割りに糖尿病なども多いのはなぜなのか?

 勝手な推論だが、いくつか考えられる原因を挙げてみよう。
 ひとつは、栄養のバランスという意識がほとんどないこと。空腹を満たすのがまず第一だから、空腹を満たすものであれば、脂肪過多でも何でも構わない。チチャロン(ブタの皮を上げたスナック)の隣に住んでいた知人などは、作りすぎたチチャロンのおすそ分けを毎日もらっていた。だからその家庭では、毎日1食は、チチャロンだけだ。お母さんはもちろん、幼い子供たちもころころと太っていた。お父さんもお母さんも糖尿病だった。

 また、フィリピン人はスナック大好きである。大人になっても先のチチャロンではないが、食事をスナックだけで済ませてしまうということも珍しくない。安く空腹をしのぐ、一種の生活の知恵なのだろうが、スナックといえば過酸化脂質のかたまりだ。それを主食にしてしまうというのは、素人考えでも健康に良くないのは容易に察しがつく。

 さらに、フィリピン人は甘いもの大好きであるのは良く知られているところだろう。ハロハロ・タホなどのスウィーツは言うに及ばず、家庭料理にも砂糖がふんだんに使われ、また、その脂っこいことといったら・・・コーヒーだってブラックで飲む人にはまだであったことがない。あの永遠のアクションスターのFPJ(フェルナンド・ポー・ジュニア)でさえ、きちんと砂糖を入れてコーヒーを飲むシーンが登場するくらいだ。しかし彼の場合はKalahating kutsarita lang(カラハーテン・クチャリータ・ラン:スプーン半杯)というのがまたご愛嬌なのだが・・・

 加えて、栄養バランスの欠如にかかわることだが、フィリピン人の中では、いまだに野菜は貧乏人の食べ物という考え方が横行しているので、毎日必要な野菜を食べない。金持ちは肉を食べる、というわけで変な見栄を張る人は食事の回数を減らしてでも肉を食べ、野菜は食卓にほとんど上らない、ということになるのである。

 最後に、フィリピン人はちょっとした遊びを除いて、ほとんど運動しない。中年期以降、特に女性はなおさらだ。だから一旦太り始めたら、エクササイズなどしないので、歯止めがかからないのだろう。もっとも、アノ暑さの中で、どこでどうやってエクササイズを? と考えるとすぐ納得できてしまうのだが・・・ジムに通うにはお金がいる。しかし狭い家の中でエクササイズの場所などない、というわけだ。

 いずれにしろ、美しさもセクシーなボディラインも永遠に続くものではない。むしろ一瞬のきらめきと言った方がいいかもしれない。ちょっと大げさだが、これは外見上の美しさだけに惹かれてフィリピーナと永遠を誓い合う人たち、また誓い合おうとしている人たちへのささやかな警鐘だ。

 フィリピン人の奥様や恋人を持つみなさんも20年後、いや、もっと早くやってくるかもしれない彼女たちの変化に備えて、最低限の心の準備はできているだろうか? 心の深いところで結ばれている方々には、外見の変化なんて関係ないので、まったくいらぬ心配なのだが・・・

 最近、日本全国で、明確な動機なき児童殺人が連鎖のように起こっている。犠牲者となった子供たちのご冥福を心から祈ると同時に、ご遺族の方には心からお悔やみを申し上げたい。その一方で、将来ある若い命を、わけのわからない理由で奪った犯人への怒りで血が煮えたぎる思いだ。
 
 私が、もしも愛する家族をわけもなく奪われたとしたら・・・実行するかどうかはともかく、必ず犯人への復讐という思いが、一瞬は心をよぎると思う。たとえ復讐が、時に終わりなき連鎖を生む『悪しき感情・行為』だとわかっていたとしても。

 私は、プライベートでもフィリピンの映画と音楽が大好きだ。フィリピン語の感覚を忘れないために、必ず1日1本フィリピン映画やドラマを観ることにしている。というより、食事時などはテレビを消して自然とVCDでタガログ語映画をついつい観てしまう。

 家にこもりがちで、気分的にも、テレビから聴こえてくるニュースも暗いものばかりで、ちょっと気分のふさぎがちな最近は、特に、最後は悪いやつが目ためたにやっつけられるアクション映画ばかりを観ている。

 特に私が好きなのは、FPJこと、故フェルナンド・ポー・ジュニアだ。昨年のフィリピン大統領選挙で、アロヨ現大統領と戦い、惜しくも破れ、昨年12月、心筋梗塞でなくなった国民的アクション・スターだ。まだ、FPJアクション未体験の方には、是非ご一見をお薦めしたい。見所は、勧善懲悪で、悪いやつがコテンパンにやっつけられる単純痛快なストーリーと、FPJのダサかっこいいガン・アクション、そしてちょっとコミカルな格闘シーンだ。何回観ても観終わったあとは、モヤッと感が吹き飛んで、ほんとにスカッとする。

 いつも楽しんで見ていたFPJのアクション映画だが、ちょっと立ち止まって考えてみると、ほとんどが、身内や同僚が殺され、自らほとんど1人で、巨大シンジケートなどと戦う復讐ドラマなのだ。

 フィリピン人に共通する良い国民性として、よそ者を友だちの様にもてなすホスピタリティがあげられるが、悪しき国民性のひとつには『復讐心の強さ』があげられるだろう。

 具体的には、この『復讐心の強さ』は、フラれた恋人やその恋人を腹いせに痛い目にあわせる、場合によっては殺してしまう、職場で、大勢の同僚の前で、上司から怒られたことを根に持って上司を殺害、政治家の取り巻きがいさかいを起こして殺し合いになり、際限なく続く復讐の連鎖へとつながっていく、といった形で現実のものとなってしまうことがよくある。そして、しばしばタブロイド氏の紙面をにぎわせることにもなるのだ。特に政治・権力闘争の中では、行き過ぎた復讐の連鎖がフィリピン社会の暗黒へともつながっていく。
 
 汚職と政権上層部の腐敗が、いつも指摘されながら、一向に改善される気配の見えないフィリピンでは、裁判によらない警察官らによる『悪人狩り』が日々行われている。Salvage(サルベージ)と呼ばれるこの悪人狩りは、よく解釈すれば、法律で裁けない悪を良識ある警察官が秘密裏に抹殺する、フィリピン版『必殺仕置き人』と言えなくもない。しかし、実際には、単に政治家や権力者が、自分にとって不利益なグループや人物を抹殺する殺人部隊として糸を引いているケースも多いようだ。
 
 フィリピンのアクション映画の復讐にしろ、日本の必殺シリーズにしろ、『人殺しや本当の悪人は抹殺してよい』という考え方に基づいている。法治国家であれば、本当は、人殺しだって、どんな悪いやつだって、法律で裁かなければならない。でも、現状の日本の法律の範囲内では、正規の法律の裁きに任せていたら、やたらと時間がかかったあげく、犯罪者がやたらと軽い罪でまたそ知らぬ顔で社会復帰してきたり、未成年であれば、殺人者であっても、何年か少年院や特別監護院に入れば、何事もなかったように社会に復帰できることもまれではない。これでは殺人犯罪被害者の遺族は浮かばれない。となると、『法律に任せず、自分の手で復讐を』という発想が出てきてもおかしくないのだが、日本では、「悪いやつは血祭りに上げなきゃ、日本の政治や社会はよくならない」などと、言っている一般視聴者も、実際に殺しを実行する人はまずいない。

 しかし、フィリピンでは、警察官や、大物政治家・地方の有力者が雇っている自警警察団(ビジランテ)が、日々サルベージを行っているという現実がある。また、個人のレベルでも、子供が殺されて黙っている親は少ないだろう。日本人以上に感情の起伏の激しいフィリピン人なら、もっと血なまぐさい報復の連鎖が起こってしまうのではないか、と思うのである。

 よきにつけあしきにつけ、日本人は自分の気持ちをコントロールするすべを心得ている。多くの日本国民と同様、私も、『目には目を』的な復讐や報復を支持しない。しかし、『殺人加害者の人権=被害者・被害者家族の人権』はおろか、『時に殺人加害者の人権>被害者・被害者家族の人権』とも思える日本の現状に黙ってはいられない。
日本では明らかに、犯罪加害者の人権が尊重されすぎる一方で、犯罪被害者や被害者家族の人権が軽視されすぎている、という印象を法律の素人の私はもたざるを得ないからだ。

 犯罪加害者への罰則強化と、犯罪被害者・および被害者家族への支援の強化に向けての法改正を急いでほしいと思う。日本国内で続く児童殺人、FPJの復讐のストーリーに日々触れている中で、強く感じた思いである。

 そう、フィリピン人の彼女や彼氏と付き合っているあなたも、浮気したり、彼らの自尊心を傷つけて、同時に彼らの『復讐心』に火をつけて、おち○ち○カットや、もっとおっかない『復讐』に会わないように気をつけよう。

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*写真はアシスタントのAbigail本人(本人の許可を得て掲載)。損得はトータルで計算してね!!

 私の友人Abigail(アビゲイル)は、看護婦を目指す大学生、私がマニラに行ったとき、荷物持ちや、道案内、最新のマニラの状況に関する情報提供など、幅広く私のアシスタントをやってもらっています。
 今年の5月、フィリピンの日用雑貨品の写真をSMの中でいろいろ撮影しているとき、
「私、洗剤のセールやってるからバーをひとつ買っていくわ。かわいいグラスもプロモーションでついてくるから」
と言います。80ぺそくらいのものだったので、
「僕がいっしょに支払っとくから、買い物かごに入れといて」
と言って、撮影を続けました。

 無事会計も済んで、私のマニラのアパートについた、時のことです。
彼女の買った棒状の洗濯石鹸の景品のグラスがないのです。

 彼女は、
「あっ、支払いのときキャッシュアー(レジ)で、割れるといけないから別の袋に入れるといって脇によけたの。それであの店員、袋に入れるの忘れちゃったんだわ。取りにいって来なくちゃ」

 確かにかわいいかもしれないですが、買えばわずか20ペソくらいのグラスにしか見えませんでした。
 彼女も私の近所に住んでいます。道路はラッシュアワーで大渋滞。ジープとバスで往復の交通費だけで20ペソは超えてしまいます。それにお目当ての景品のグラスはもらえるかわからないし、大体行って帰ってきたら、何時間かかるかわかりません。私は、
「交通費で、グラス代を越えちゃうよ。それに時間がもったいないから、あきらめたら」
と言いました。

 するとアビゲイルはすごい剣幕で
「せっかくもらえるものを、あきらめたら、もっともったいないじゃない」
と言い返してきました。

 私は彼女の迫力に押されて、
「じゃ、好きにしたら」
と言いましたが、ほったらかしておくのも気の毒な気がしたので、いっしょにタクシーの乗ってSMまで戻りました。タクシー代は渋滞もあって、普段なら60ペソくらいのところが、90ペソあまり。幸い、清算した時のレジの店員がいて、景品のグラスは無事に手にすることができました。

 思い返せば、彼女のお母さんもSMで僕がCDを買うときに、値切る人でした。『安く買うことへの執念』、『もらえるものは何が何でももらう』という感覚はお母さん譲りかな、と思いました。
 フィリピン人のほとんど誰もが持っている『安く買うことへの執念』、『手に入れた権利に対する執念』を再認識した出来事でした。
 
 でもよく考えると、20ペソの景品を取りに帰るのにかかった交通費や時間で、トータルでは赤字のはずなのですが・・・これも文化の違いだと思いますが、この感覚で行くと、ビジネスの場面では負けてしまうんだろうなあ、と心の中でつぶやきました。これも『算数苦手』と、『トータルの損得より、目先の損得重視』という国民性に結びつくのでしょうか?

 これからフィリピン人を生涯の伴侶として迎えようとしているみなさん、このちょっとトンチンカンな経済感覚に大なり小なり悩まされることになると思いますよ。

 

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*写真はフィリピンの無垢な少女たち(本文とは関係ありません)

 フィリピン国際結婚生活(http://kxc.blog32.fc2.com/)というサイトを拝見しました。
お嬢さんが1人いらっしゃる日比ファミリーの日常をつづったブログです。その中の記事に、2歳になるお嬢さんが、フィリピンチャンネルを食い入るように観ていて、Richard Gutierrez(リチャード・グティエレス)という新進気鋭の若手俳優にラブラブの熱視線を送っているという記載がありました。2歳の初恋?! やはり少し早いような気がするのですが・・・

 このブログを読んで、私はフィリピンの子供、フィリピン人の血を引くハーフの子供は、性への目覚めが早いのではないかな、と思ったのです。

 この2歳のお嬢さんだけではありません。私の古い知人のDさんも奥様はフィリピン人。11歳(小5男)と8歳(小3女)のとてもguwapoとmaganda(まだ、cuteというべきでしょうか?、歌手兼女優のVina Moralesに似ています)なお子さんがいます。

 この長男、クリッとかわいい目をした美少年なのですが、なかなかのおませさん。同じ年の彼女がもういて(そのカノジョも何故か日本人とフィリピン人のハーフです)、お父さんとお母さんのいない間に、自分の部屋に連れ込んで、あやうくキスをしようとしていたというのです。お父さんがすんでのところで帰宅し、「お前何やってるんだ・・・」ということで、おませさんたちの『犯行』は未然に食い止められたとのことです。さらにちょっとびっくりしたのは、その長男は、いっしょに遊んでいた妹を、彼女が訪ねて来るや
「お前邪魔だからちょっと出て行って」
と部屋から閉め出し、二人だけの世界を作ってあとは愛の流れに乗って一気に、という目論見だったのです。

 在日の日比ファミリーの子供たちだけではありません。むしろご本家、フィリピンに目を転じると、4歳や5歳の男のたち(?)が、「私はオカマよ。女の子には興味ないわ」などど、公然とオカマ宣言をしている現状があるのです。これは少しショックでした。

いずれにせよ、いくつかの事例から見て、『フィリピンの子供たちは、男・女・オカマという性別の意識と異性との関わり方に、日本の子供たちよりも明らかに早く目覚めるのだなあ』、という確信にも似た仮説を抱いた私でした。

特にお子様をお持ちの日比ファミリーのお父さん・お母さん、あなたはこの仮説をどう思いますか?

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*大学で経営学専攻の友人のJanice。「算数は得意?」

 私が初めてフィリピン人と付き合い始めたとき、彼女らが、たくさんの家族や、大勢の友だち、そして初めて会った私の誕生日まで覚えているので、大変びっくりしたものです。
また、初めてフィリピン人のカノジョができてからは、彼女が、私たちの出逢いの日付はもちろん、それが何時何分まで覚えているので、彼らの数字に対する記憶力のよさにえらく感心したのを覚えています。

 しかし、フィリピン人との付き合いが深まるに連れて、だんだんとこの印象は変わっていきました。面白かったのは、親兄弟、おじいさん・おばあさん、友だち、知人などの誕生日には、やたらと詳しいのに、お父さんやお母さんの年齢となると、『多分〜歳くらい』と急にあやふやになってしまうのです。日本人なら普通、両親や兄弟の年齢は正確に覚えているのではないでしょうか?

 『フィリピン人は数字に強い』の第一印象が決定的に覆されたのは、彼女といっしょに食事をしていて、いたずら心で簡単な算数、というか『九九』を知っているのかテストしてみたときでした。22歳で大卒の彼女は、一桁の数字×一桁の数字の掛け算が満足にできなかったのです。自分の奥さんになる人かもしれないからと思い、もう少しテストしてみました。1/2+1/3、簡単な分数の足し算。これもダメでした。
 私は、彼女の算数能力に失望してガクッと来たのですが、そのとき、彼女が特別なのか、一般のフィリピン人は大体こんな感じなのか、非常に興味を持つようになりました。

 フィリピンパブに行く度に、テーブルについてくれたタレントに同様の算数のテストをしました。みんなテストと言うと、一様に、「いやーん、私算数ダメだから」という反応を示しましたが、テストは強行させてもらいました。ほとんど例外なく、できませんでした。

 私が、ボランティア活動で、初めてフィリピンに長期で住むようになってからは、子供たちと遊びながら、算数ごっこをしました。遊び感覚で、簡単な足し算、引き算、掛け算、割り算を子供たちといっしょに解いていたのです。

 悪戦苦闘する子供たちは、仕返しとばかりに電卓を持ち出して、「今度はkuya(クーヤ:お兄ちゃん)をテストさせて」と言ってきました。さんざん、彼らをテストしたからには、彼らのテストも受けないと不公平だと思って子供たちのテストを受けました。問題は、3桁×3桁の掛け算を紙の上でやる、というシンプルなものでした。子供たちが繰り出す問題を次々にこなし、子供たちに答えを示すと、子供たちは電卓をはじいて私の答えが正しいのを確認します。

「Kuyaはすごい!!」、「kuyaはすごい!!」
と大騒ぎをするものですから、大人たちも『何事か?』と家を出て来て、私の筆算を見学。正解の度に「すごい」、「すごい」を連呼、歓声に拍手。子供たちの保護者である大人たちから「あなたは天才だ」と賞賛され、「私は大卒だけど、数学はダメだから時々教えてくれない?」などと真顔で言ってこられる始末。それ以来『算数ごっこ』には大人も数人加わるようになりました。

 日本の大人なら、普通は3桁×3桁の掛け算を紙の上で計算することなんて、ちょっと慎重にやれば間違えないはずですし、そろばんをやっている人なら、暗算で軽くできてしまうでしょう。ちなみに、数学を教えてくれといってきた、フィリピン人の大卒中年女性の専攻は『会計学』と言うのですから驚きを通り越して、笑いをこらえるのに必死でした。

 この一件以来、フィリピン人は学歴があっても算数が苦手な人がいかに多いか、よくわかりました。この『確信』はずっとゆらいでいません。

 今でも、時々フィリピンパブに行ったり、フィリピン人と話していて、話題に事欠いたとき、『算数ゲーム』をやることにしています。キャッキャッ言いながら、自分のできなさを嘆きながら、はしゃいで喜んでくれますし、時には「あなたは天才ね」と賞賛されることもあり、どっちにしろ、ちょっと盛り上がります。

 ですから、フィリピン人と結婚をと考えているみなさん、大勢の人の誕生日をよく覚えているから、二人の記念日など大切な日をよく覚えているから、彼らが記憶力がいいとか、数字に強いとか即断しない方がいいと思います。なぜなら、その期待はたいてい裏切られてしまいますから。もうフィリピン人とご結婚されている方は、この点はよくお分かりだと思います。
 
 子供の教育問題では苦労しますよ。日本語はもちろん、算数でも日本人のお父さん・お母さんの役割がズシッと重くなってきます。だって、フィリピン人ママ・パパは日本語はしかたがないにしても、算数は大の苦手なんですから。

 ただ、『算数の苦手なフィリピン人』も、数字がお金に置き換わるだけで、『算数得意フィリピン人』に変身してしまうこともよくあるから不思議です。誕生日・記念日・お金の勘定は苦手の例外のようです。

 私は、フィリピン人と付き合い始めて16年になりますが、常に何か発見があり、フィリピン人の不思議の種は尽きません。

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