白野慎也のフィリピン・サリサリ・トーク

『旅の指さし会話帳』の著者、白野慎也がフィリピンの庶民生活への理解の深まる情報をお届けします。コメント大歓迎。投票もよろしく。

自著紹介

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ | 次のページ ]

 日本帰りのフィリピーナのその後を追った取材中、去る4月中旬、私はLAカフェでターゲットを求めて、女の子とたちやポンビキ(やりて婆というべきか?)から情報収集して、また目をつけていたターゲットが現れるのを待って結局待ちぼうけ。ほぼ完全に徹夜。時計の針は午前7時を回っていた。それこそ僕は眠くて死にそうだ、状態になっていた。
 その日はあきらめて、ジープ2本を乗り継いでアパートに帰ることにした。LAカフェの入り口前ですぐサンタ・アナ(マニラ市)行きのジープに乗った。乗客は誰もおらず、僕は運転手の隣の車の全部に乗った。隣に誰かが乗ってきて、ポケットをまさぐられて金品を擦られないようにと思ったからだ。
 終点が迫った時、抑えがたい睡魔が襲ってきた。と思ったとき、一人のこざっぱりした若者が、後部座席には誰も乗っていないのにわざわざ全部の僕の隣に座ってきた。
「おかしいな」
と思ったが、こざっぱりした若者の身なりに
「大丈夫だろう」
 と油断したのがいけなかった。ほんの数分間だが僕は完全に眠り込んでいた。
 下車する直前、なんとなく右ポケットあたりでモゾモゾする動きを感じたが、若者が支払い用の小銭でも出そうとしているのだろうと気にも留めなかった。また、自分が夢の中でジープに乗っているのか、現実なのかの区別もつかなくなっていた。

 「おい、ついたぞ」
と運転手に起こされた時、僕は少しよだれをたらして、すっかり眠り込んでいた。さっきの隣席の若者はいなかった。
 とっさに自分のポケットに目をやった。閉めていたはずのズボンのポケットのジッパーが空いている。あわててポケットに手を入れると何もない。携帯電話が入っていたのだ。
 やられた! 僕は日本語でため息混じりにつぶやいた。痛い初体験だった。

イメージ 1

写真はLA CAFE:2006年5月、白野慎也撮影


 日本に戻りたいけど戻ってこれないフィリピーナの人生の選択肢と当然あるであろう選択肢の一つが直接的な意味での肉体営業だ。これはもともとフィリピンでもとからそういう仕事をしていた女性がいわば古巣に戻る場合と、日本で男性に接することになれて軽い気持ちで、友人に援交カフェなどに連れて行かれていつの間にか娼婦に転身してしまう場合の2つある。
 今や援交カフェとしてあまりにも有名になってしまったLAカフェ。もうこれはそのまま名前を出してもかまわないだろう。
 エルミタ地区のデルビラール通りの一角にあるそのに、韓国人・日本人などの東アジア系、アメリカ人・オーストラリア人、アラブ系、ヨーロッパ系とさまざまな男たちが、ひと時にパートナーを求めてやってくる。
 遊びなれていて余裕のある視線でゆったり構えるタイプ、ギラギラにすぐに見つけてことに及ぼうというタイプなど、男たちの態度もさまざま。
 あふれるばかりの男たちと女の子たち。もちろん僕のターゲットは女の子。しかも2005年以降にフィリピンに帰国している女の子だ。男性客の倍はいるのではないかと思うくらいのものすごい女の子の数。いかにも10代の女の子からやや年増まで、タイプはさまざま。タダ、その物量にまず圧倒される。
 怪しい雰囲気など全然ないが、その女の子の数に圧倒されて、ちょっとぽかんとしていると、

 変な日本語で話しかけられる。
「ワタシネ ニホンジン ダンナ イタヨ ムカシ・・・・」
彼女の身の上話に興味がないわけではない。しかし今は彼女は僕のターゲットではない。

 女の子たちには僕なりに笑顔をふりまき、積極的に話しかけ、日本にいったことがないか、日本に行ったことのある友達がいないかを聞きまわる。女の子として魅力のあるコはたくさんいる。でもターゲットにはヒットしない。ショートタイム(3時間)で1000〜1500ペソ、オーバーナイト(時間は話し合い次第)で3000〜5000ペソというのがここでの相場のようだ。確かに普通の女の子たちもたくさんいるのもよくわかった。ある看護学生のバイトは学校のIDを見せてくれた。学生であることにより自らの商品価値をアピールしたかったのだろう。そのコは特別に付加価値をつけずとも十分魅力的なコだったが。いずれにせよ、ターゲットではない。日本経験者を求めて次へ次へ。

 見つかったと思うと、最後の来日が、2002年だったり、2003年だったり、僕の目的は2005年の3月15日に施行になった省令のために再来日できなくなったもとエンターテイナーだ。帰国が最近(2005年以降)であることは絶対条件だ。
 元エンターテイナーがいそうな感触はつかめた。しかし、本人にたどり着けない。僕はすぐにポンビキに情報提供を求めようと思い立った。自分からポンビキに歩み寄って話しかけるなんて初めての経験だ。

 すぐ近くをいかにも元娼婦と思しき40歳ほどの女性が通り過ぎる。
僕は彼女の力も借りてみることにした。目が合うと彼女の方から変な日本語で営業をかけてきた。
「ハイ トモダチ! アナタ オンナノコ ショウカイスルヨ」

「いや、僕は女の子を買いにきたんじゃないんだ。以前日本で働いたことがあって、日本に戻れずに、今ここで働いている女の子を捜してるんだ。最後のフィリピンへの帰国は2005年以降じゃないとだめなんだ。そしてそのコに話を聞きたいんだ。知り合いはいないかい?」
 僕は簡単に説明した。
 
 彼女はカフェのスタッフではないが、出入りを許されたポンビキだ。男性と女性の間に割り込んで、一言でも口利きをすれば300ペソのコミッションを取る。そして、お店にもいくらかバックをしているらしい。いろいろな人生があるものだと改めて感じる。彼女は記憶をたどるように少し首をかしげて思案したあと、答えた。

「日本で働いたことのあるコは何人か知っているけど、いつが最後の帰国かまでは・・・でも私に任せて。でもチップ忘れないでね」
 フィリピンの女遊びでは何か頼むのにタダということはありえない。僕は話を聞いてもらったお礼に100ペソと自分の携帯番号をわたして
「よろしくね」
 といって別れ、店をあとにした。

 自分からポンビキを追いかけるなんて、不思議な気持ちだった。人探し、人生探しの取材、長期戦になりそうだ。
 

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

写真1番目:2004年最後の来日、カビテ州の自宅で何もせず待機するエイターテイナー 「死にたい」とポツンと行った一言が気になります。2006年3月 白野慎也 撮影)
写真2番目:それでも来日を夢見るファーストタイマー予備軍 マニラ市のあるプロモーションにて。2005年4月、白野慎也撮影)
写真3・4番目:ウェイトレスがキュートなユニフォームに身を包み、お立ち台で踊って、ビリヤードのお相手もする、援交カフェ。ただしウェイトレスのお持ち帰りはできません。ここにも日本帰り組みがいます。有名なL〇カフェすぐ近く。マニラ市にて白の慎也撮影。2005年5月

 みなさんこんにちは。なかなかWEB連載「消えたフィリピーナ」がアップにならないですね。もう第一話分の原稿は2月に提出しているのですが・・・私も少々やきもきしながら毎日情報センターのホームページをチェックしています。いよいよ遅くとも来週の月曜日くらいにはアップになるようですのでご興味のある方、ぜひご覧になってください。

 今日も取材の裏話をひとつご紹介します。私は、1989年、一人のエンターテイナーとの偶然の出会いから、フィリピンパブにはまり、そしてそこからフィリピン語・映画・音楽・庶民の生活・・・とフィリピン全般に興味の対象が広がり、気がついたらそれが仕事になっていました。ですから、フィリピンパブは今の私にとっての原点であり、それがまさに風前の灯になったように思える現在、半ば自分の原点を探るように気持ちもあって、かつて私たちフィリピンパブファンに憩いといやしを与えてくれたエンターテイナーたちが、再来日できず、今現地でどうやって新しい人生を模索しているのか、現場で取材してみたくなり、いても立ってもいられずにマニラに飛んだわけです。

 私は始め、元エンターテイナーの彼女たちが、なすすべなく、半ば路頭に迷っているような姿を予想していましたが、なんとしても生きていかなければならない彼女たちは、私の予想よりもはるかにたくましく、そしてしたたかでした。

 私がインタビューした「日本に戻りたいけど、戻れない」エンターテイナーたちの半数が、いまだに日本人の彼氏がいると答え、やはりちょうど半数が日本人のお客さんや恋人から定期的に仕送りを受けていたのです。
 その仕送りの平均額が、月3万円(14,000ペソ)ペソでした。みなさんはこの額を同受け止められるでしょうか? 現在フィリピンでは物価は激しく上昇していますが、給料の水準はほとんどまったく上がっておらず、生活は苦しくなる一方です。話がそれましたが、大の大人が必死に働いても1月10000ペソ(22,000円)稼ぐことは決して楽ではないのです。

 仕送りを受けている元エンターテイナーたちは、労せずして、大の大人が必死にナっても稼げないだけの額を毎月仕送りしてもらっている現状は少し驚きだったと同時に、改めて彼女たちのたくましさ、したたかさを再認識したしだいです。彼女たちのほとんどが、どうしようもなく悲惨な状況に置かれているわけでは必ずしもなさそうだ、ということです。

 また、印象に残っているのは、日本人の彼氏のいるエンターテイナーたちは、今後の自分たちの身の振り方について彼氏からいろいろアドバイスを受けていて、彼氏からの経済的支援とアドバイスで日系企業での就職が有利になるようにフィリピンで日本語学校に言って勉強していたり、看護学生だった女性は、学費を彼氏に出してもらって復学して、真っ白なユニホームに身を包んで看護学生に戻ったり、これまた日本人の彼氏の指導とお金で6ヶ月で終了する看護士過程の勉強をさせてもらったり、エンターテイナーとして再来日する道を残しながらも、それがだめだった時の保険として人生のほかの選択肢をしっかり確保しているという事実がわかったことは、今回の取材の最大の誤算であり、発見だったかもしれません。

 もちろん、私がたまたまであったわずか100人ほどのエンターテイナーがそうであっただけであって、何十万人といる元エンターテイナーのほとんどの暮らし実はどうしようもなく悲惨なのかもしれません。
 しかし、人生を求めての初めての取材旅行は、やはりそれなり心に大きな爪あとを残す私にとっても思い出深い物となりました。

 最も印象に残っているのは、
「私、どうにもならないわ。あなたのメイドにして」
といってポロット涙を流した、ジャパニーズカラオケに勤めている女性。自室にポツンと置かれた日本行き用のピンクのスーツケースが、日本への断ち切れぬ思いを何よりも饒舌に語っているように思いました。何でこのコがだめなんだ。その時とこみ上げてきたやるせない思いや無力感は今でも鮮烈に胸に刻まれています。彼女は十分に頑張っています。そんな彼女にこれ以上頑張れなんていえません。ただ、一生懸命努力する彼女に幸運をと祈るばかりです。

 もうすぐビザが出そうだといっていた娘もおり、インタビューに応じてくれた彼女たちの現在が気になるこのころです。

 それにしても、「消えたフィリピーナ」早くアップしないかなあ。でもいざ連載が始まると、まだ一話もインタビュー内容を原稿にしていないので、急ピッチで記憶が新鮮なうちに原稿に落ちしていかなければ・・・どうやらエナジー・ドリンクの出番が増えそうな私の7月です。
 

 もうすぐ、私が80日間、フィリピンで現地取材してきた成果が『旅の指差し会話帳』シリーズなどでおなじみの情報センターのホームページで連載される予定ですが、今日はその取材エピソードをご紹介します。かなりお恥ずかしい話ではありますが・・・
 述べ100人ほどのエンターテイナーと会ったのですが、その間私の彼女が起きてからなるまで陰のように支えてくれていました。なかなか思うようなインタビューターゲットにめぐり合えなくてもそれなり幸せで安穏、しかし充実した取材活動でした。
 そんな平和な取材環境が一変したのが、私が不用意にもアパートの机の上に置きっ放しにしていた携帯のテキストを読まれてしまってからでした。
 私は当年45歳のみすぼらしい中年男で女性から見て決して魅力ある男性だとは思いません。しかし、100人ものフィリピーナとの出会いがあると、中には自分のことを本気で気に入ってくれる女性もいて、色っぽいメッセージをたびたび送ってきてくれるんです。それを見て私の彼女は誤解して頭に血が上ってしまったようです。

「あなた、インタビューとか言ってテレサとできてるんじゃない?」
「あなた、アナベルと関係したでしょ?」
と尋問されるくらいならまだいいのですが、火の粉がインタビューに協力してくれたエンターテイナーたちにも飛び火してしまったようです。
 随分とインタビューした女性たちに、私と『関係』してないか、働いている店に行っていないかなどチェックをいれていたようです。
 あるインタビューターゲットの女性から、私の彼女が電話してきて「彼はインタビューと称して女性をだまして関係を迫っている」「自分に暴力を振るう」「『お前なんかとっとと田舎に帰れ』っていつも言われている」とかいろいろ行ってきたけど・・・と、情報をもらってようやく彼女の諜報活動や私に関する誹謗・中傷に気がついたしだいです。
 一番身近に最大の敵がいたとは! ショックでした。
 上記の3つの容疑、どれも事実無根で、私も相当怒って彼女を問い詰めましたが、認めませんでした。
結局、売り言葉に買い言葉で
「お互いに信頼しあってないなら分かれよう」
「望むところよ」
という具合で彼女と別れてしまいました。

 彼女との間には絶対の信頼関係ができていたと思っていましたが、考えが甘かったようです。
 そこで学んだ教訓ですが、彼女や奥さんに「携帯は絶対見せるな」というきわめて初歩的なフィリピーナとの恋愛ルールでした。

 いや、お恥ずかしい。失礼いたしました。

*なお、『消えたフィリピーナ(仮題)』は近日中にご覧いただけます。→ http://www.4jc.co.jp

イメージ 1

イメージ 2

写真上:ジープでジャパニーズカラオケに出勤前の元エンターテイナー。当日の水着パーティがあってSMに買い物に行く」といっていた。(2006年6月、白野慎也 撮影)
写真下:ビールハウスで働く元エンターテイナー。ビールの飲みすぎで胃潰瘍だとか。健康に気をつけてね。(2006年5月、白野慎也 撮影)


 みなさまご存知のとおり、私は3月13日から6月3日まで80日以上に渡りマニラに行ってまいりました。日本国内でもできる新刊執筆3件をかかえながら。マニラにとんだ原因はいたって単純。みなさんご存知の昨年3月15日実施になった省令改正で再来日できなくなったフィリピン人エンターテイナーたちが今どうやって新しい人生を送っているのか、現地で取材したくなっていても立ってもいられなくなったのです。
 そして渡航前、この企画を『旅の指差し会話帳』でおなじみの情報センター出版局の担当者に話したところ
「わかりやすくて、タイムリーで面白いテーマですね。弊社のWEBの読み物コーナーで反響を見てそこそこよければ出版しましょう」
ということになって、私の取材活動にも余計に力が入った次第です。

 出発前、最近のフィリピンパブ事情に詳しい方にお話を聞いたり、フィリピーナ気質から自分で考えたりして、下記のように彼女たちの現在の身の振り方の仮説を立ててみました。

1.マニラなど大都市のジャパニーズカラオケで再来日を夢見て待機しつつ仕事中

2.夢破れて肉体営業へ(売春:ゴーゴーバー・援交カフェ、置屋、カラオケ置屋・・・)

3.看護婦に転身

4.看護士に転身

5、学生に戻る

6.韓国やサイパンなど第3国でふたたびエンターテイナーに

7.第3国でメイドに転身

8.工場労働者に転身

9.日系企業に就職

10.チャット・コンパニオンに転身

11.ウェイトレスに転身

12.インターネットカフェ、サリサリなどを起業

13.家でゴロゴロ、もしくは家事担当

14.主婦だった女性は主婦に戻る

15.なすすべなく悶々としている

16.ビールハウスで仕事

 そして、これを元に現地で該当者にインタビューを行いました。
 日本国内での紹介、現地でのインタビューした女性からの紹介などの広がり、マニラのプロモーション、カラオケやLAカフェ、エドサコンプレックス、置屋のいくつかをぶらついているうちに対象者にすぐたどり着き、簡単にインタビューが終了とたかをくくっていたのですが、それがどうして。なかなか対象者にヒットしません。もうマニラにいなかったり、最後のフィリピンへの帰国がおととし以前で、省令改正の被害者とは言いがたい対象者だったり・・・ターゲットにたどり着いても、自ら語りたくなるような明るい話題ではありませんし、インタビューをなかなか快諾してもらえません。結局、日本の大手フィリピン・メディアのマニラ事務所のU氏にピンポイントで次々と紹介していただき、何とか形がついたといったところです。

 彼女たちの生き方、私の限られた行動範囲の中で目立ったのは、1.13、そして2も目に付きました。もっともこれは私がわざわざポン引きに自分から近づいていって声をかけた結果遭遇したに過ぎないといったほうがいいかもしれません。ポン引きに自分からアプローチするなんて初めての経験です。危険はありませんでしたが、そんな意味で刺激的でちょっとスリルな取材ではありました。

 話がそれましたが、しかし結局100人ほどの元エンターテイナーと会い、15人ほどには納得のいくインタビューができました。一言で言うと彼女たちは、運命にもてあそばれながらもそれなりにしたたかに生きている、生きていくためには過去の感傷にいつまでも浸って入られない、というのが全体的印象です。
 パブがなくなる、仕事がなくなる、ということは彼女たちにとっては死活問題ですが、われわれ日本人にとっては「ああさみしいなあ」の一言ですんでしまう感傷レベルの問題です。(最も熱愛中のフィリピンパブで知り合った彼女が今、フィリピンにいるとなれば話は別ですが)
 やはり生活をかけて現実と向き合っている女性達は強いな、という印象です。なすすべなく悶々としている女性たちともっとたくさん遭遇するかと思っていましたが、昔のお客さんを適当にスポンサーにしたり、なかなかしたたかな女性が多いのも印象に残っています。

 雑駁な話になって恐縮ですが、まだ人生を追い掛け回して炎暑の中を歩き回った影響のためか頭が膿んでいて、すっきりしません。しかし、この成果(?)は「消えたフィリピーナたち」として情報センター出版局のホームページでWEB上で連載されます。
 もう序文は脱稿しているのですが、一人一人のストーリーをまとめるのはこれから。頑張ります。
 ぜひご覧いただければ幸いです。http://www.4jc.co.jp
 入り口がわかりにくいのですが、「四谷ビルの夜はふけて」というところをクリックすれば画面が出てきます。掲載は、今週末か来週始めになるそうです。

 なお、人材の紹介、各種情報の提供、激励のメッセージ、序文の校正などでご協力をいただいた読者のみなさま、特にBABY SHUNさん、JACKIE KARASAWAさん、めたるけろっぴさんにはこの場をお借りして心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
jessie
jessie
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

検索 検索

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事