白野慎也のフィリピン・サリサリ・トーク

『旅の指さし会話帳』の著者、白野慎也がフィリピンの庶民生活への理解の深まる情報をお届けします。コメント大歓迎。投票もよろしく。

愛情問題

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*写真上:友人の妹からのクリスマス・カード。兄弟のいない私はkuyaと呼ばれるのはくすぐったいけどうれしいのです。
写真2番目:にぎやかで孤独? 私に孤独を振り払ってくれる、愛情あふれた彼女からのメッセージ
写真3番目:恋人やごく親しい人への手紙の書き出しはこんな感じで
写真4番目:恋人やごく親しい人への手紙の結びはこんな感じで


 Maligayang pasko!(Merry Christmas!)

 みなさんこんにちは。今年はどんなクリスマスをお過ごしですか? 愛する人とゆったりとご家庭で、あるいはデートをしたり、素敵な時間を共有している方も、日比離れ離れになってそれぞれに切ない思いを抱いて、1年のうちで『最も素晴らしいはずの日』をすごしていらっしゃる方など、みなさんの思いは様々だと思います。

 さて、私は・・・今年も多くのメッセージに囲まれながらも、自室の書斎で1人っきりのクリスマス・イブです。最愛の人はフィリピンにいて、私は結局、今年の元旦から完全に休んだ日は1日もなく、1年を終えそうです。今年の5月に『旅の指さし会話帳』の全面改訂版執筆のために、3週間フィリピンに行ったのですが、彼女に会う時間も取れず、その点に関しては、いまだに完全に許してもらっていない状況です。

 まあ、これも『フィリピン語やフィリピンの現代文化』という『趣味を仕事にしようとしている男』に課された試練とあきらめてはいますが・・・

 彼女とも約束では、私が準備ができたときいつでもゴールイン、ということになっていますが、いつ準備ができるのか、できないのか? しかし、まわりのカップルを見て
「来年の今日は彼女と一緒に過ごそう」
と心に誓いました。(この言葉、何年連続で自らに誓っているでしょうか?)
さて、来年の今日はどうなっているのやら。"Diyos lang ang nakakaalam.(ジョス ラン ナカカアラム:神様だけが知っている)と言うところでしょうか?

 というわけで、一人ぼっちの私のクリスマスは、近い将来への大きな夢をはらんだ静かな1日でした。
みなさんは、どんなクリスマスを過ごされたでしょうか? 特に、いっしょにミサに行かれた方、また、1人でミサにいかれた方、どんな願いをかけられたでしょうか?

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*写真上は彼氏を待つフィリピーナ。待ちくたびれて・・・一度着替えたんですが、また、家着に着替えてしまいました。肝っ玉母さんも番犬も悪い虫がつかないように監視してます。
 写真下、何も遊び場がないときは、海辺を散策したり、こんな山の中を散策したり・・・

 フィリピンの若いカップルは、クリスマスにどんなデートをしているのでしょうか? ある典型的なカップルのデートを見てみましょう。

 デートの始まりは、まず男性が、彼女の家に迎えに行くことから始まります。ここで、彼女のご両親やおじいさんやおばあさんにうやうやしくあいさつし、まず、彼女に花束を渡し、クリスマス・プレゼントとクリスマス・カードを彼女と交換し合います。プレゼントは、男性に予算があれば、ちょっとしたアクセサリー、相手が学生ならノートなどの実用品も喜ばれます。二人の思い出の写真用にと、写真フレームもよく選ばれます。そして、彼女の家族からある程度の信頼を得られていれば、男性は、彼女を家の外のデートへと誘うことができます。この時、彼女のお母さんやお父さんから、夜遅くならないように、とかHなことは絶対してはいけないよと、直接・間接に注意されます。

 地元に映画館があれば、まず2人で映画館に入って鑑賞しながら、暗がりにまぎれて手を握り合ったり、ちょっとした愛の交換タイムとなります。そして、クリスマスともなればちょっときばってレストラン、お金がなければJollibeeなどのファーストフードで食事を済ますことになります。もっともJollibeeなどのファーストフードだってフィリピン人にとっては充分ぜいたくなのですが。
 そしてさらに、モールなどのショッピング・センターがあれば、あてもなく好きな人とブラブラするだけでそれは若い2人にとって幸せでぜいたくな時間になるのです。そして、彼女の両親に決められたシンデレラ・タイムが近づくと、家に送り届けてそれで終わりです。

 地元に映画館もショッピングモールも、レストランも何もなければ、彼女の家で話をして、食事をして、両親の許しを得られれば、ちょっと近場の山や海、夜ならば星空のきれいな場所を2人仲良く散策して、二人の愛を確認しあったり、結婚も含めて2人の将来の夢などを語り合ったりします。
 そして、こうした邪魔者がいない状況なら、ちょっと人気のないところで口づけを交わしたり、抱き合ったり、そこまでは愛し合う2人なら何にも問題ないでしょう。しかし、男性がつい勢いがついて、彼女の下着に手をかけたりすると、
「あなた、何するの? 私たちまだ結婚していないのよ。ダメよそんなこと」
と彼女の方からストップがかかります。男性もしぶしぶここで引き下がるのが普通のようです。もし、男性側が強引に自分の欲求のままにことを運ぼうとすると、
「助けてえ」
と彼女に助けを呼ばれて、恋人転じてレイピストになってしまうのです。もしつかまれば、彼を待っているのはとんでもない重罪です。

 12月16日から24日まで毎日4時ごろから始まる連日のミサでも同様です。迎えに行って清く正しくデートして、最後は家まで送り届けてさようなら・・・Hなことなんか、普通の状況で入り込む余地はないのです。

 しかし、これが都市部だと大分変わってきます。待ち合わせ場所も、彼女が両親といっしょに暮らしていないことも多いですから、いきなりSMの何回のどこそこの前とか、繁華街の目印のあるところが待ち合わせ場所になることが多いようです。そして、花束・カード・クリスマス・プレゼントの授受は変わりませんが、都市部の女性の方が、アクセサリーとか高価なプレゼントを彼氏に要求する場合も多いようです。そして、親の監視も何もなく、あとは二人の愛の世界です。映画→レストランでの食事→ウィンドウ・ショッピングと流れて、後はディスコ、ライブハウスなど、若い二人を楽しませる愛の空間は山ほどあります。そしてその途中で彼女もアルコールが入れば、一気にモーテルまで・・・と言うパターンも珍しくありません。というわけで、クリスマス時、特に都市部のモーテルは大盛況のようです。

 性に関する意識も実際の行動も、田舎の娘(Probinsyana:プロビンシャーナ)と都市部の娘、特にManila girlsとは大分違うようです。都市部の女性は、肉体関係を恋愛関係の必要な一部、時にはゲームとしてとらえる女性も多い一方、地方では、結婚まで、絶対純血主義という考え方を持ったプロビンシャーナもたくさんいるのです。
古風な純血主義のプロビンシャーナに何度もしつこく肉体的関係を迫って、フラレてしまった日本人男性を私は何人も知っています。レディファーストの国、フィリピンでは、恋愛でもいつも女性が主役です。彼女が伝統的な貞操堅固なタイプか、都市型のサバけたタイプかよく見極めて、接してほしいものです。『結婚するまで処女なんて日本じゃありえないことなんだけどなあ』などといってもしかたないのです。あなたの愛の対象が、古風なフィリピーナである限りは。

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*写真は弊著『旅の指さし会話帳フィリピン初刷版』の『家』に関する見開きページ。ここにでてくるブルーのユニフォームのメイドさんはCesilのイメージを少しコミカルに描いてもらったもの。実際の彼女は、もっとずっと美人で、小顔。長い美脚の持ち主でもあった。(イラスト:鈴木修一 氏)

 今日、親しかったチャット・友だちIris(アイリス)に送ったバースデイ・カードが転居先不明のスタンプを押されて、1ヶ月に及ぶ長旅を終えて、差出人の私の元に戻ってきた。アイリスは、頭脳明晰な新卒大学生で、フィリピンの生活・習慣などであいまいなことやセブアーノ語のこと、また学生生活についていろいろと楽しい話を聞かせてくれたうえ、e-mailアドレスに私の名前を使うなど、明らかに友だち以上の気持ちを抱いてくれていた。それだけにコミュニケーションの手段がなくなってしまったことは、非常に残念だ。彼女から連絡がない限り、もう一生、彼女と言葉を交わすこともなくなってしまった。まあ、フィリピンのどこかで素敵な彼氏でも見つけて幸せに過ごしてくれていれば私はそれで満足なのだが・・・

 私がアイリスと出会ったのはマニラだが、田舎はミンダナオ島北部のラナオ・デル・ノールテ州のイリガン市だった。
「携帯電話は、お金がなくて売ってしまって・・・」
などと手紙をもらったあとなので、数ヶ月間はe-mailでやり取りしていたのだが、急に返事が来なくなってしまったので、誕生日には手書きのカードを送ってみたのだ。もっと早く彼女の田舎の実家の住所を正確に尋ねておけばよかったと後悔しても、もう遅い。

 実は、私は、過去に同じような過ちをかつておこしている。よがよなら、私は6年前に結婚し、もう2人くらいの子供の父親になっていてもおかしくなかったのだ。

 私がマニラに住み始めた、1993年当時、惚れっぽい私は、またしても『一目ぼれ病』で、隣のお金持ちの家でメイドとして住み込みで働くCesil(セシール)という、当時17歳の美少女に恋してしまった。当時私は32歳、彼女との年齢差の問題もあったが(今となってはそんなこと全然問題なかったのだが)、何よりも「隣に住んでいる女性にアタックしてフラれたら、毎日気まずいなあ」という思いで、ほとばしる愛を封じ込めていたのであった。時は流れて、6年後、私が以前住んでいたアパートに戻ると、セシールは隣の家でまだ働いていた。
 もう、私はあるれる思いを抑えることはできなかった。彼女も23歳。私は、2ヶ月間の取材旅行の始めの、3週間というもの、6年間の思いをすべてを手紙にしたためた。そして願いを込めて、彼女の住む隣家のポストへポトリ。毎日毎日3週間、今思えば何を書いていたのか、憶えていない。しかし、愛の女神は私にほほえんでくれた。3週間後、初めてセシールから返事をもらった。もともと、どちらかと言うと悲観的な考え方をする私は、
「しつこいからやめて」
などという返事を予想した。ぶるぶる震える手で、航空便用の封筒に入った手紙を開けると、
「私もあなたのことが気になっていたわ。今度の私の休みにSMメガモルで映画でもみましょう」
と書かれていた。

 何のことはない。彼女も元から自分のことを知っていて(隣に住んでいたのだから当たり前か)、気にかけてくれていたのだ。そのときは私はガッツポーズをしながら、「Yehey! Yehey! 」と何度も歓声を上げたのを今でも覚えている。

 本当のプラトニックラブだった。彼女の休日である、金曜日の夜、彼女の同僚のもう1人のメイドを『お目付け桜』として伴いながら、SMメガモルに行ってアメリカ映画を見ては、何を買うのでもなく、ウィンドウショッピングをして、シンデレラ・タイムのリミットになると、彼女を家まで送り届ける。しかし、彼女の雇い主との約束で、彼氏を作ってはいけないことになっているので、家の近くで別れて別々に帰宅した。そんな不便もかえってスリルを醸し出すようで楽しかった。
 そして、ようやく彼女らの信用を得て、
「今度は2人だけでデートしましょ」
と言われて夢のような気分になったとき、もう帰国のときになっていた。

 帰国後は、翻訳に、原稿仕事に、自著の執筆とまったく休みのない忙しさだった。1ヶ月に3通ほど、彼女から手紙をもらったが、返事を書く時間も、精神的なゆとりもなかった。3ヶ月が過ぎ、私はフィリピンに際帰国した。

 セシールは、勤め先の金持ちの家にはいなかった。一度も話をしたことのない、雇い主にセシールの引越し先を知らないか尋ねてみたが、何も知らなかった。予想もしていなかった幕切れだった。4ヶ月間のご無沙汰のお返しをたっぷりしようなどという考え方自体が、仕事本位の日本人の勝手な考え方で、恋すれば盲目のフィリピーナに通じるわけなどなかったのである。

 このときほど、
「彼女の田舎の住所を尋ねておけばよかった」
と後悔したことはいまだかつてない。私が、彼女の住所について知っていることは、ミンダナオ島でも有数の大都市、カガーヤン・デ・オーロ市内に住んでいることだけである。名前だけを頼りに人を探すには、カガーヤン・デ・オーロ市は大きすぎる。

 また再会できることを信じて疑っていなかった私は、セシールの写真1枚すらない。ブルーのメイド服がよく似合う、長い髪のたしなみ深い田舎の女性、褐色のフィリピーナ・ビューティ、きらきら輝く大きな瞳、ちょっとした冗談によく笑ったときにのぞく真っ白な歯。いつでもサンシルク・シャムプーのいい香りがする長い黒髪・・・・すべてが思い出の中だけにある。
 
 彼女のように、マニラはよそ者の集まりの街。仕事と、田舎よりも高い賃金を求めて、フィリピン全土から多くの地方出身者(probinsyano:プロビンシャーノ)が上京してくる。800万人とも1300万人とも言われるマニラ首都圏の人口のうちの2/3はマニラ以外の出身者だと私は勝手に推測するほどだ。

 私が始めてマニラに住み始めた、1993年当時、私は自分のフィリピン語(タガーログ語)がしばしば通じないので
「僕のタガログ語はまだまだ発音が悪いんだなあ」
とちょっと思い悩んだ時期がある。しかしそれが幸運にも誤解であることにすぐ気づいた。
 マニラには地方から上京してきた人が多い。上京してきたばかりの人はマニラの地方語に過ぎないタガログ語が得意ではない。私は、自分のタガログ語がよく通じなかった相手は地方出身者ではないか、と思ったわけである。

 早速、その後タガログ語がよく通じない相手に出会うたびに2つの質問を浴びせてみた。
「出身はどこですか?」、「マニラは長いんですか?」

 案の定、私のタガログ語が通じなかった相手はすべて、マニラ以外の出身で、マニラに来て間もなく、タガログ語は不得手だ、と自ら語ったのだった。

 そう、話しがメイン・テーマからそれてしまったが、そんなマニラでみなさんが恋に落ちたら、あるいはフィリピンパブで恋に落ちた女性がマニラでの住所を教えてくれたら、本当に彼女がふだん暮らしている田舎の住所も押さえておかないと、彼女の突然の転居などによって、永遠に彼女とのコミュニケーションの機会を失って後悔することになりかねない。

 携帯電話の盗難の多いフィリピンでは、彼女や彼氏の携帯電話番号だけ知っていても不完全だ。携帯を盗まれたり、失くしたりしたら、それだけでこちらからは連絡が取れなくなってしまう。では、固定電話の番号を知っていれば充分か? 答えはNOである。固定電話の基本料金が支払えなくなれば、電話はすぐストップされてしまう。
 というわけで、大切な彼女や彼氏とのコミュニケーションを失いたくなければ、携帯電話番号・固定電話番号・E-mailアドレスなどに加えて、マニラの住所と地方の実家の住所を正確に覚えておくべきだという教訓を皆さんと共有したいと思い、今日ご紹介した次第である。

 ちょっとしたことで、大切な人との接点を失わないようみなさんには注意してほしい。

 一昨日、プライベートレッスンの元生徒さんの1人からメールをいただいた。フィリピンパブで知り合った女性と良好な恋愛関係が進展し、結婚を前提に同棲し始めたと言うのだ。

 私はそのメッセージを読んだ時、思わず「やった」と声を出し、我がことのように小躍りして喜んだ。というのも、その若き20代の元生徒Lさんは、『出会いと別れを繰り返すフィリピンパブ恋愛』にはおよそ向いていなさそうなナイーブな青年で、日本の古典芸能の後継者としてプロの道を歩く人物でもあった。そして、初めての恋愛で、愛する女性にだまされて壮絶に散っていったからだった。

 当然、レッスンを始めた理由も、私の生徒さんの多くと同様、フィリピン人の彼女(愛する人)とコミュニケーションをさらに深めたかったからだ。だから、Lさんが、愛するフィリピーナにだまされたとわかったそのときが、愛の終わりであり、彼にとってのフィリピン語学習の終わりになったのだった。

 彼の愛の終わりは、愛する人が帰国し、フィリピンに電話したとき、突然、日本人の本当の彼氏が出てきて
「俺の彼女に何の用だ」
と言われ、力なく自宅の固定電話の受話器を置いた、という結構悲惨なものだった。

 日本の歌の歌詞にも感動して涙してしまうくらい、繊細な神経の持ち主のLさんだけに、同情を禁じえなかった。よくある話と言えばそれまでなのだが・・・それにもましてまた、フィリピン嫌いの日本人が1人増えてしまったことが、私にはたまらなくつらかった。彼が最初のフィリピンパブ恋愛に挫折したことで、『フィリピン人はみんなうそつき。もうフィリピンもフィリピン人も大嫌いだ』という思いを抱いていたのが、感じ取れたからだ。

 そんな彼が、またフィリピンパブに足を運び、今度は本物の愛を手に入れようとしている。
 古典芸能の道を歩むLさんだからこそ、フィリピン人エンターテイナーとの結婚を前提にした同棲など、周囲がすんなり認めるはずがない、とも思われたが、意外にも彼のご両親はすんなりと承諾。あとは、ご師匠さんの説得というハードルが残っているが、当事者2人の絆が硬く、彼のご両親が問題なければ、ハッピーエンドも時間の問題だろう。

 そんな彼が、ふたたびプラーベートレッスンの再会をお願いしたいという。Lさんは、さすがにひとつのものを究めつつあるプロだけあって、フィリピン語の進歩も非常に早く、誰もがてこずる動詞の活用やフォーカスもすんなりとクリアしてしまった、本当に優秀な生徒さんだったので、私も彼とのレッスンをとても楽しんでいた。レッスン再会は、私の気持ちとしては大歓迎だが、あえて彼のために言いたい。
「フィリピン語は私に習わないで、愛する彼女に教えてもらってください。本当の愛と言う言葉の意味とともに」

 『出逢いと別れを繰り返すフィリピンパブ恋愛』、最後に一度笑ったものが勝者なのだ。

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*写真上:問題の(?)ストリートチルドレン更正の家の全景。(ケソン州パグビラオ町)
 写真下:ハウスマザー(左)とソーシャルワーカー・イメルダ(写真中央)の指導で、料理の下ごしらえをする子供たち。イメルダは私の憧れの女性だったのですが、フィリピンの元独裁者の妻と同じ名前であることがいやで敬遠していたのです。何でそんな意味のないことを・・・今でもすごく後悔しています。


 フィリピンにオカマが非常に多く、また彼らが『第3の性』として認められていることは、みなさんよくご存知のことだと思います。私の勝手な推定で、フィリピン人の全人口の9%くらいは存在するであろう彼らと、オカマを恋愛の対象としては考えられない、日本人男性の恐怖と笑いの交流のエピソードを今日はご紹介したいと思います。

 私とフィリピンの本当の出会いは、ご多分に漏れず、日本に出稼ぎに来たエンターテイナーとの偶然の出会いであることは以前お話しました。そして彼女たちのふるさとに真実を知るために旅行→滞在とドンドンフィリピンにハマリまくって今日に至っているのですが、そのフィリピンにハマるきっかけをくれたのは、何の技能も持たない普通の若い日本人サラシーマンを受け入れてくれた、日本のボランティア団体でした。これも以前お話したとおりです。

 この団体は、日本の有志をスポンサーとする社団法人で、貧困や両親の虐待や自然災害など、いろいろな理由で困難に直面する子供たちを支援する団体でした。日本人の所長のもとに、25人の様々なフィリピン人スペシャリストが集い、スラムでの奨学金プラン、ピナツボで被災したアエタ族支援プラン、ストリートチルドレン更正プランなどを手がけていました。医師、自動車整備工、裁縫婦、教師、栄養士、農業技術指導員、社会開発のエキスパートなど、私以外はみんなその道のプロフェッショナルでした。

 今、ご紹介しようとしている。エフレンもその1人。半年間、日本で農業実習生として留学した経験もある、農業技術指導員です。
 彼は、ストリートチルドレンに農業を教え、ものを育てる優しい心と、生活の糧を与える『ストリートチルドレン更正プラン』のリーダー的存在でした。昼間は、食事も忘れて熱心に子供たちを指導し、私にも随分とタガログを教えてくれました。いい奴でした。少なくとも昼間は・・・

 しかし、ある晩を境に、私の彼への見方は一変します。

 ストリートチルドレンの更正プランが軌道に乗ってきて、さらに私もスタッフと慣れ親しんできて、個室から、フィリピン人スタッフと相部屋になることになりました。ルームメイトがエフレンと決まったとき、私は心の中で「ああ、よかったなあ」と思ったのです。

 2人の相部屋での共同生活が始まりました。以前紹介した蚊帳をつった少し大きめのベッドで、私とエフレンは眠りの床に就きました。しかし、しばらくすると、何かが私の体に絡み付いてくるのです。目を覚ますと、エフレンが、私の肩に手を回し、足を絡めてきていたのでした。
「エフレンは寝相が悪いな」
と思って私は、彼を起こさないように、そっと彼の手足を振りほどいて、大きなベッドの反対側に非難しました。するとちょっとすると、エフレンの『魔の手足』はまたしても、私を追いかけてきました。

私はまた、
「本当にエフレンはしょうがない奴だな」
とつぶやきながら、彼の細い手足を振りほどきました。

 それからしばらく、またまたエフレンの『魔の手足』は私を襲いました。
 「ちょっと変だな」
と思いつつ、エフレンの手足を振りほどくと、エフレンは体を起こして、怒ったように
「何で逃げるんだ?」
と逆に詰め寄ってくるではありませんか!!

 エフレンの正体を知ってしまった私は、薄いブランケットを持ってすぐ寝室から駆け出しました。他の男性スタッフの部屋で寝かせてもらおうかとも思いましたが、この点では一瞬、男性スタッフを誰も信じられなくなり、気温15度の寒い外で、薄手のブランケットにくるまって一夜を過ごしました。

 翌朝、エフレンは
「やあ、昨日は何でいなくなっちゃったんだい?」
と何事もなかったように声をかけてきました。
 私は、彼のプライドを傷つけちゃいけないときを使って
「星があんまりきれいだったから眠るのが惜しくて眺めてるうちに外で眠っちゃったよ」
と答えました。

 その後、『ストリートチルドレン更正の家』のマネージャーのルディにすぐこの一件を話すと、
「それじゃ、僕の部屋で眠りなよ」
と言いました。でも『人間不信(?)』に陥ってしまった私は、ルディに念押ししました。

「僕は、baklaは苦手なんだ。君は違うよね?」
「ああ、僕は大丈夫だ」
ルディは即座に笑顔で答えました。

 何が大丈夫なのか、わかりませんでしたが、初めてのルディの部屋での夜、そしてその後の夜も何事も起こらず、僕は安全な夜を手に入れることができました。

 今になってわかったことなのですが、どう団体で、れっきとした『男』(心もからだも恋愛行動も)なのは、13人いたフィリピン人男性スタッフのうち、ルディを含む3人だけだった(3人もいた?)のです。
 その出来事をきっかけに、「いろいろなレベルで、フィリピンでは、『安全』とは、空気のように当たり前のものとしてそこらにあるものではなく、努力して手に入れるものなのだ」と実感した一軒でした。
 それ以来、男性と相部屋で眠るとき、私は必ずルームメイトが、オカマでないかどうか確認するようになりました。

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