白野慎也のフィリピン・サリサリ・トーク

『旅の指さし会話帳』の著者、白野慎也がフィリピンの庶民生活への理解の深まる情報をお届けします。コメント大歓迎。投票もよろしく。

フィリピン文化

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 前のページ ]

イメージ 1

*写真は1991年の噴火でお馴染みのピナツボ山麗に暮らす、少数民族アエタ族の子供たち。火山灰で足は真っ白(本文とは関係ありません)

 青年海外協力隊が発足してから今年で40年。その成果や援助のあり方をめぐっていろいろな議論はありますが、日本の若者に、第3世界を体感する貴重な機会を与えてきたことに、異論をさしはさむ余地はないと思います。

 今日は、そんな協力隊の、フィリピンでの山岳部族対象の人口抑制プラン、すなわち家族計画プランの指導に従事した隊員Qさんのエピソードをご紹介します。

 フィリピンでも、文明の恩恵を被っていない山岳民族が存在し、中央政府との交渉もほとんどありません。当然彼らはフィリピン語とは違った独自の言葉と文化・信仰を持っています。そんな土地で、彼はまずコンドームの普及を手っ取り早い方法として試そうとしたのでした。

 住民を実験台にして実演するわけではないですから、始めはコンドームを木の枝に差し込んでデモンストレーションを行いました。数ヶ月して、ある村人が不機嫌な顔で彼の元を訪れていいました。

「君の言うとおり、コンドームを家の近くの木につけて使ったのに、女房は妊娠したぞ」
その言葉に、隊員Qさんは愕然。急遽村人を集めて、今度は自らの指にコンドームをはめて、不自由な言葉で、一生懸命に使い方を説明。

 しかし、数ヵ月後、またしても別の村人が、憮然とした表情で彼の元を訪れていいました。

「お前の言う通り、コンドームを指につけて使ったのに、妻は妊娠したぞ」
その言葉に、隊員Qさんはまた愕然。再度、急遽村人を集めて、改めてはめるべき場所を何度も力説。自然物崇拝の強いその村では、『男性のあそこにかぶせる』ということがいくら言葉で説明してもわかってもらえなかったのでした。

 これを機に、Qさんは、村人の各家を個別に訪問して個別に指導し、家の主人が拒めば、自ら実験台となり、文字通り身を呈して、コンドームの装着法を指導し、最終的には一定の成果を収めたということです。

 文明世界との接触のない山岳自治区での活動。頭ではわかっていたつもりですが、『フィリピンはひとつじゃない』と、再認識させられたエピソードでした。

OPMの中のJ-POPS

イメージ 1

 フィリピン文化の特徴として、『コピー文化』とか、『オリジナリティがない』とよく言われます。では音楽はどうか? ここでも外国、特にアメリカの影響が顕著です。とくに、若者の中ではアメリカン・ポップスが人気です。しかし、フィリピン・ポップス(OPM) もフィリピン音楽界の有力なジャンルであることは間違いありません。
 そんなOPMの中でもかくれた1ジャンルとなっているのが、日本生まれのフィリピン・ポップスです。これは、日本のポップスにフィリピン語の歌詞をつけ、フィリピン人歌手が歌ったもので、JPMとかJOPMと呼ばれています。私はJ−OPMと呼んでいます。これはJapan-Made Original Pilipino Musicの略です。
 このJ−OPMですが、メロディのおいしいところだけいただきます、という感じで、歌詞の内容は、と言うと、繊細で技巧に満ちた日本語詞のメッセージをまったく踏まえず、ワンパターンな心情吐露型の典型的なOPMの歌詞に変身してしまっているのがほとんどです。日本の作詞家・作曲家名も記載されていない場合がほとんどなので、受け止めるフィリピン人音楽ファンも、それらが日本の曲だと認識知ることもほとんどありません。(著作権侵害なのですが)
 J−OPMが注目をあびたのは、1970年代に、かのメガ・スター、シャロン・クネタが五輪真弓の『恋人よ』をカバーしてヒットしてからでしょう。そしてフィリピン・ポップスの中でのJ−POPSの存在感を決定付けたのは、テッド伊藤さんが、1990年に、徳永英明の『最後の言い訳』をカバーした『Ikaw pa rin(イカウ・パ・リン:今でも君を)』をリリースして40万枚という、フィリピン音楽史上最大の大ヒットを放ったことでしょう。(写真は、TED ITOの伝説のアルバムのジャケット写真)
 1990年以降では、1995年、宇多田ヒカルのお母さん、藤佳子の『夢は夜開く』、1997年、サザンオールスターズの『真夏の果実』のカバー曲が大ヒットしたのは、まだ記憶に新しいところです。
 ほとんどのJ−OPMは普通のアルバムにフィリピン語や英語のタイトルで紛れ込んでいるので、何気なく聞いているうちに、あれっと思って気づく場合が多いのです。
 私のコレクションだけでもJ−OPMのコレクションは140曲くらいはあります。心の片隅でJ−OPMを意識しながらOPMを聴く。こんなOPMの楽しみ方も楽しいものですよ。
 フィリピンの社会の中にも、トヨタ、プレステ、アジノモトなど日本の『モノ』はあふれていますが、日本の音楽もまた、フィリピン人の日常生活の中に息づいているのです。

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 前のページ ]


.
jessie
jessie
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

検索 検索

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事