|
「コンビニのバイトなんて」
と、人は言うかもしれない。 だけど、私は決してそうは思わない。 「コンビニには宇宙があり、人生が詰まっている」 半年間『コンビニのバイト』を続けてきて、今日もカウンターの奥からフロアに散らばる数人のお客を見ている私は、はっきりとそう断言できる。 半年前、それまでの仕事のすべてがイヤになり、部長に熱々のお茶を浴びせかけて会社を辞めてしまってからは、なんの取り柄もないОLだった私には、コンビニの店員くらいしか職はなかった。でもそれはとりあえず家賃と夕飯のための、次のきちんとした仕事が決まるまでの、ただの『つなぎ』のつもりでしかなかった。 しかし、一ヶ月二ヵ月と働くうちに、私はその魅力を徐々に発見していった。カウンターのこっち側でなければ決してわからないことの様々が、私を捕らえていったのだ。 コンビニは実にあらゆる年齢、あらゆる階層の人たちが利用する。もはやコンビニと一体化しているティーンエイジャーたちはもちろんのこと、どんなにお金持ちの人だって、夜中に急に『香典袋』が必要になったらコンビニに買いに来るしかないし、ホームレスの人が道端で五百円玉を拾ったら、束の間人生を忘れさせてくれる『ワンカップ』を求めてやって来る。 そしてそれらの『お客』のほとんどが、私たち『店員』を人間として見てはいない。これはなにも悪い意味で言っているのではなく、実際私も店員になる前はそうだった。例えばレストランの客とウェイターの関係においては、ある一定以上の会話が成り立つ故にそれは『人』と『人』との関係だ。しかし、コンビニの客と店員の場合、会話らしい会話がほとんどない。『温めますか?』、『合計○○円です』くらいが関の山である。そこには人と人との関係が成立しない。ジュースを買うときの自動販売機や銀行のATMと接するような態度で、お客は私たち店員と向き合うのだ。しかしだからこそ、私たち店員はお客一人ひとりの『素』に出会うことができる。そこが私が思うコンビニ店員の最大の魅力だ。 毎日のように違う男と一緒に来店する若い女性。彼女たちは連れてくる男によって声色や物腰を実にたくみに使い分ける。時には娼婦のように、時には少女のように。 夜中にコンドームを買いに来る若い男性のほとんどは、スウェットパンツに素足でサンダルを引っかけている。無造作に千円札を二三枚ポケットから取り出す。髪は少し濡れ、しきりに時間を気にしている。そして翌朝、今度は女性と一緒に来店し、サンドウィッチとコーヒーを買っていく。彼らはとても仲がよさそうに腕など組んで、たまに耳元で何か囁きあい、昨夜のとても素敵な出来事の余韻に浸っているようだ。 昼時にお弁当を買いに来る中年サラリーマンは、四百円ののり弁当に百二十円の昆布のおにぎりも買うか、財布を覗き込みながら十分間ほど悩む。しかし結局のり弁当だけを買って、寂しそうな背中を見せながら店を後にする。同じサラリーマンが夜の十時ごろやって来て、二百円未満のアイスクリームを二つ買っていく。彼は先刻まで同僚と一緒に課長の悪口を言い合って気持ち良く酔っ払っていたのだが、家で待つ妻と娘のことを思い出した途端に酔いが冷めてしまったというような様子だ。今ではその赤ら顔と覚束ない足取りが妙に悲しく私の目に映る。 お客が思っている以上に、店員はお客の顔を覚えている。週に一回以上来店すれば、私にとってはもう彼らは『常連』だ。そんな常連さんたちの日常を少しだけ覗き見ることが、今の私にとって何よりの楽しみになっている。或いはコンビニ店員は私の天職かもしれない。実際、半年前までの何かにつけて常にイライラしていた気持ちを、今は全然感じない。食欲もあり友達と逢うのも苦にならなくなったし、肌の調子も格段に良くなった。 ―そして、恋もしている。そう、私はこのコンビニで、彼に恋をしちゃったんだ。 彼もやはりこの店の常連さん。三週間ほど前から週に三四回くらい来るようになって、はじめのうちはいろんな時間帯に来ていたけど、先週くらいから私の勤務時間が終わる夜の十一時少し前が多くなった。決まってマールボロとスポーツ新聞を買ってくれる。彼は今まで私が出会うことのなかったタイプの人だった。年は私より少し上かな。たぶん二十七歳かそれくらいだと思う。肩までの少しカールした長髪でいつも作業着のようなパンツを穿き、だいたいロックバンドのTシャツを着ていた。男らしいワイルドな感じのする人。そしてなんといっても『手』が素敵だった。日に焼けて太くて無骨な指。たぶん肉体労働かなにかで鍛えられた手なのだろう。お金を差し出すときに右手の中指に銀のドクロの指輪がとてもよく似合っていてかっこよかった。 タバコと新聞を買って、店の外で店内の様子を見ながら、一日の終わりの一服を楽しむようにタバコを一本吸って静かに帰って行く。だいたいいつもそうだった。そんな彼を見ているだけで私はよかった。なんで彼に魅かれたのかなんてわからない。知らないうちに好きになっていたんだ。ただ彼を見ているだけで私はとても幸せな気持ちになれた。それでよかったんだ。―ただ見ているだけで。そんな日々を二週間ほど過ごした。 彼も他の常連さんたちと同様に、私に何の注意も払わなかった。―いや、何の注意も払っていないと思っていたのだ。 それは、昨日の出来事。 十時半ごろ、いつものように、その日はフランツフェルディナンドのTシャツを着た彼が、いつものように来店して、マールボロと日刊スポーツをカウンターに置いた。私もいつものように少し緊張してうつむいたまま「合計四百二十円です」と言った。彼はいつものようにポケットの小銭を探りながら、そして、いつもと違うことが起こった。 「ねえ君、バイトはいつもこの時間なの?」 「・・・えっ?・・・あっ、えっ?」 「いや、来る度にレジ打ってくれるのが君だからさ。ちょっと気になって聞いてみたんだけど。ごめん、いいんだ」 「あっ、いえ、すいません!あまりお客さんに話しかけられることが無いものですから、ものすごくびっく、いえ少しびっくりしちゃって!・・はい、そうです、いつも昼の三時ごろから来てます。いつもありがとうございます!」 自分の顔がみるみる紅潮してくるのがわかった。 「そうなんだ。で、だいたいこの時間は独りじゃない?」 「はい、そうなんです。いまアルバイトの人数が少なくて、この時間は私独りなんです」 なんとか自分を落ち着かせようと、奥歯で頬の内側を強く噛んでみた。 「独りじゃ大変だね。混んだときなんて特に」 「いいえ、この時間は滅多に混みませんし、独り勤務になるのは少しの時間だけですから。それに私、この仕事が好きなんです。ホントは夜勤もしたいんですけど、店主がダメだって言うものですから」 落ち着こうとすればするほど、べらべらと余計なことまで喋ってしまう。コンビニのバイトが好きだなんて、バカだと思われてしまうだろうか。 「何時から何時までが独りなの?あっ、袋はいらないよ」 「はい、ありがとうございます。独りになるのは十時半から十一時までの三十分だけです。十一時になると夜勤の子が二人来て交替するんです」 彼は私が渡したマールボロでカウンターを軽くリズムよく叩きながら、何かを考えるようにレジのディスプレイを見ていた。私は彼から目が離せない。このまま時間が止まってしまえばいいのにと思った。 恋をすると人間はとても月並みでばかげた考えをするものだ。だけど、それが恋っていうものなのかも知れない。 やがて、彼は納得したように私に微笑みかけ、「じゃあ」と言って出口に向かった。私は「ありがとうございました」と言ってお辞儀をした。『また来てください』という言葉は口から出る寸前で呑みこみ、遠ざかる彼の背中を見つめた。 すると突然思い出したように彼は振り向いた。私は慌てて目をそらし、不自然に自分の手を見た。 「明日もここでバイト?」 「えっ、は、はい。バイトです」 「そう。何時に終わるの?」 「じゅ、十一時です」 「そうか、じゃあ」 そう言って彼は店を出て行った 「・・・ません。・・・ねえ、ちょっとすいません」 私は、はっと我に帰った。目の前に少し頭のはげたおじさんがいて、栄養ドリンクを一本カウンターに置いている。 「あっ、すいません。失礼しました。二百十円になります」 おじさんは疑わしげな顔でお金を払い、そして出て行った。夜に栄養ドリンクを買っていく人の九割がはげている。 「ありがとうございました」 あれからというもの、気がつくと、彼と交わした会話を思い出して一人にやけている。夜もろくに眠れなかったが、今日はいつにも増してすがすがしい気分だ。夜だから太陽は出ていなく暗かったが、私の心は晴れた初秋の早朝のように澄み渡っている。 時計を見ると十時三十五分を回ったところだ。私はまた胸の『キュン』を味わった。彼は昨日、『明日も仕事なの』と私に聞いてきた。そして終わりの時間も・・・。ということは、今日も彼は来てくれて、もしかするとその後、もしかすると、彼に誘われたりして・・・。たりして・・・。 またひどくにやけていたのだろう。腕を組んで雑誌を立ち読みしていたカップルが、何か囁き合って、急いで出て行った。彼らが出て行くとお客は一人もいなくなった。今ここで彼が来てくれれば。 すると、まるで計ったように、来客を告げるアラームが店内に静かに鳴り響いた。 「彼だ!」私は確信を持って振り向いた。 「いらっしゃいま・・・」 私の目に飛び込んできたのは、彼とは似ても似つかない、化け物のような人だった。店に入ってくるなり、まっすぐすごい勢いで私の目の前まで来た。奇妙な人だった。顔全体が丸く真っ黒でマッチ棒の先のようだ。かろうじて目と鼻だけは丸く小さく開けられた窓のようなところの奥に見えている。 手に尖って光るものを持って、私の鼻先で「レジを開けろ!金を出せ!」としきりに怒鳴っている。 (・・・金を出せ) 私はやっと事態を把握した。 この男はコンビニ強盗だ!目出し帽を被って手に包丁を握っている! 私は目の前が真っ暗になるほどの恐怖に襲われ、動くことも喋ることも出来ずに立ちすくんだ。 「早くしろ!レジを開けるんだ!」 身体がまったく動かず、男の叫びが遠くに聞こえる。 (大丈夫、彼がきっと助けてくれる。もうすぐその入り口からやって来て、この男をやっつけてくれる) 私は祈るような気持ちで彼を思い続けた。―そうだ、名前を聞いておけば良かった。こんな時に名前を知っていれば、ちゃんと彼を呼べたのに。 「くそっ、このアマ!刺されてぇのか!」 全身の力が抜けて、立っているのがやっとだった。 男はカウンターに身を乗り出し、包丁をやたらと振り回し、無差別にレジのボタンを打った。やがて偶然にレジが開くと男はお札をつかみ取り、向こうのレジに行って同じ事を繰り返した。私の前を通り過ぎる時にもう一度包丁を突きつけ、「変なこと考えるんじゃねえぞ!」とすごんで、ドアを蹴散らすようにして走り去っていった。 私はもう立っていられなく、ゆっくりとその場に倒れこんだ。 ―そして、彼は来てくれなかった。いや、来れるはずがなかったのだ。 私は見てしまった。 男がお札をつかみ取ったその手の中指に光る、銀色のドクロを。 薄れゆく意識の中で、私の頭の中の小さな宇宙が、音もなく崩れ去っていくのがわかった。 |
全体表示
[ リスト ]






履歴から来ました〜っていうか、のめりこんで読んでたら最後のどんでん返しには参りました!(^^)!
2006/6/7(水) 午前 6:03 [ AP太郎 ]
はじめまして〜〜、一気に読んでしまいました、でもこれって創作ですよね。他のも読まなくっちゃ〜〜
2006/6/7(水) 午前 11:26
すごい!タイトルがかわいいなぁって思って読んだら、どんでん返し!?なんかすごく切なかったけどホント面白かったです^^
2006/6/7(水) 午後 6:24 [ ten*o81 ]
alpesotaroさん、こんばんわ!ありがとうございます。頑張って書いてみました!またぜひ読んでくださいぃ!
2006/6/8(木) 午前 0:22 [ 塩野崎バード ]
こんばんわ、HAYATOさん、一応創作です。頭を掻きむしりながら、床をのた打ち回りながら搾り出すように書きました!ありがとうございます。他のもぜひ読んでください!
2006/6/8(木) 午前 0:25 [ 塩野崎バード ]
どうも、こんばんわ!tenpoさん!いつもありがとうございます!!タイトルをこう、いい感じにして、なんとか読んでもらえるようにね(笑)。楽しんでもらえてよかった!!また読んでください!Yes!
2006/6/8(木) 午前 0:31 [ 塩野崎バード ]
はじめまして。これって小説だったんですね。思わず最後まで一気に読んじゃいましたよ!よかったです。次も期待していいのかな?
2006/6/8(木) 午前 2:14 [ - ]
Mikeさん、こんばんわ!ありがとうございます!一応小説を目指して頑張っております。次は、ど、どうなりますか・・・。いつもいっぱいいっぱいです!
2006/6/8(木) 午後 5:53 [ 塩野崎バード ]
小説だったんですね。びっくりしました。面白かったです。欲を言えば、行を開けてくれると、助かります。
2006/6/11(日) 午後 3:45
きょうこさん、こんばんわ!ありがとうございます。読みづらいですよねぇ。でも1行空けると書き直したときに大変なんです。ものすごく書き直すもので・・・。
2006/6/12(月) 午前 1:02 [ 塩野崎バード ]
よく練られた文章だと思います。それ以上にそれをひねり出す才能がすごい。面白かったです。
2006/6/19(月) 午前 9:18
おお!ionさん、読んでいただいてありがとうございます!ionさんにそう言っていただけると、なんかこう、うれしくて自信のようなものが沸いてきちまいそうです。ありがとうございます!
2006/6/21(水) 午前 1:13 [ 塩野崎バード ]
初めてお邪魔します。履歴からお邪魔して、チラッと内容を見て程度に思っていたのですが、読み始めると、文章力に惹きつけられ最後まで読んでしまいました。またお邪魔させていただきます。
2006/6/23(金) 午後 4:25 [ - ]
こんばんわ、松竹さん!ありがとうございます!私のほうはお伺いしておきながらご挨拶もしませんで申し訳ありません。おお!ご登録ありがとうございます!!また読んでいただけるよう頑張って書きますぅ!!!
2006/6/24(土) 午前 1:48 [ 塩野崎バード ]
これは良いです。ひきつけられるものがあります。文章も練られていて、流れも良い。店員には客のことがよく判る、という前ふりは、タクシーの運転手あたりにも応用できそうです。私からみた、唯一の問題点は、覆面男が現れた瞬間にオチが読めてしまうところです。それをなんとか回避する仕掛けがあれば、尚良いと思います。
2006/8/20(日) 午後 10:22
ありがとうございます、NANAMIさん!オチが読めてしまったということは、じっくりと読んでいただいたということですね。ありがとうございます。そうですね、もっと気が利いたものが書ければと思うのですが。頑張って考えます。ありがとうございます!
2006/8/23(水) 午前 1:07 [ 塩野崎バード ]
コンビニ最近行くのがどうしようもなくいやです・・。めんどくさくて。。
2006/9/28(木) 午後 7:50 [ りん ]
こんばんわ、蓮さん!同感です。コンビニはたしかに多少はコンビニエンスですが、まだまだ十分なコンビニエンスとは言えないですね。いつか、一家に一軒コンビニエンスストア。なんて時代が来たら、それはもう立派なコンビニといってもいいですね(笑)。
2006/9/28(木) 午後 7:56 [ 塩野崎バード ]
履歴から来ました。これを読んだ時に実際の出来事かと思いびっくりしたのですが、そういう小説を書いているのですね。面白くて引き込まれました。こういうタイプのブログも珍しいのでファンポチさせてもらいます。
2007/8/26(日) 午後 0:31 [ - ]
OH!さん、読んでいただきありがとうございます。小説と呼んでいただけるような代物ではありませんが、一生懸命書いております。たくさん書きたいのですが、なかなかうまくいきません。がんばります。ご登録ありがとうございます!
2007/9/8(土) 午前 2:11 [ 塩野崎バード ]