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いつものように森の中の農道を歩いていると、向こうから二人の猟師がやってきた。 一人は見るからに猟師だった。背が高く、赤いチェックのネルシャツの上から小さいポケットがいっぱい付いたベストを羽織っていて、つばの真っ直ぐなキャップ帽を被っている。 もう一人は丸くてずんぐりとした体格で帽子を被っておらず、自動車整備工のようなぐんじょう色のツナギを着ていて、背の高い猟師の一歩後ろを歩いていた。 もちろん二人とも肩から銃身の長い猟銃を提げている。これが見えたから僕は彼らが猟師だということがわかったのだ。 「こんにちわ」。すれ違うときに僕は彼らに一応挨拶をした。ずっと頭上で杉の梢が風に煽られてさらさらと音を立てていた。そしてそれに合わせるようにして野鳥がチュンチュンとさえずっている。 「んっ?坊ず、ひとりか?」ネルシャツが僕の存在にはじめて気づいたといったふうに声をかけてきた。 「はい、ひとりです」 「どこまで行くんだ?」 「柏の木の丘まで行くんです」 「ううむ、この時期に山の一人歩きは関心せんな。何をしているんだい?」 「本を読みに行くんですよ」 「本なら家で読んだらいいだろう。このあたりはおじさんみたいな鉄砲を持った人がいるから危ないぞ。鹿かなにかと間違えられて撃たれてしまうかも知れんぞ」 柏の木の丘はとても静かで良い風が吹くから、本を読むにはもってこいなのだ。夏のころから僕は毎週日曜日にあそこに行って『ハックルベリィ・フィンの冒険』を読んでいる。 ハック・フィンのほうがトム・ソーヤーの冒険より面白いってことは、だいぶ前に知っていた。 「大丈夫ですよ。僕のお父さんも前は猟をやってたし、ずっと小さいころからいつも山で遊んでいたから。それにこの辺には鹿なんていないですよ」 「ほう、坊ずのお父さんも鉄砲をやっていたのか?」 「うん、三年前に耳を悪くしてからはやめちゃったけど」 「何を撃っていたんだい?」 「だいたいがキジとかだったと思いますよ。たまにずっと遠くに行ってイノシシとか獲ったりしてたけど。おじさんたちはなにを撃ってるんですか?」 ネルシャツと僕がしゃべっている間、ツナギのおじさんはネルシャツの陰に隠れるようにしてずっと僕を見ていた。背が低くてすごい猫背で、顔が浅黒くて髭だらけだ。半年まえに髪の毛と髭を一緒に剃って以来、髭も剃らず床屋にも行っていないような感じだった。彼はただ、じっと上目遣いで僕のことを見ていた。 僕はなんだか熊にでも見つめられているようで、とても不安でだんだんと居心地が悪くなってきた。 トム・ソーヤーがたとえば森で熊と出くわしたとき、彼ならどうやって切り抜けるだろうか。 「餃子だよ」 「・・・えっ?」 「餃子を撃ちに来たのさ」 「ギョウザ?」 「そうだよ。坊ずのお父さんは餃子撃ちはしなかったのかい?」 「・・・ギョウザって、あの食べるギョウザですか?」 「もちろんそうさ、おいおい坊ず、仕留めた餃子をペットで飼ったり剥製なんかにはしないぞ。餃子はだいたい食うもんだ、ハッハッハ。いや、でも剥製にしたら案外面白いかも知れんな、ガッハッハ!なあ根岸、餃子を剥製にしたら案外面白いかも知れんな」 そう言ってネルシャツはツナギのおじさんを振り返った。 根岸はそれには答えようとはせず、もう少しネルシャツの陰に隠れてじっと僕を見ていた。 「僕のお父さんはギョウザなんて撃たなかったですよ。だってギョウザって作るものじゃないですか。中華料理店とか、家のお母さんとかが」 「ああ、それは養殖餃子だよ。最近は簡単に養殖ができるからな」 「よ、養殖って・・・。おじさん、なんだか僕、訳がわからないんですけど。ギョウザ撃ちって何なんで すか?」 「んっ、さては坊ず、森にいる天然の餃子は見たことないのか?」 「見たことも何も、初めて聞きましたよ。ギョウザに養殖とか天然とかがあるなんて」 「無理もないか。今ではほとんどが養殖だからな。昔は天然物ばかりだったのに。・・・それになんだかんだ言っても養殖の方がうまいからな。なあ根岸、養殖餃子の方がうまいよな?」 ネルシャツはまた根岸を振り返った。よく見ると根岸と呼ばれているおじさんが肩に背負っている銃は、銃ではなかった。長い竹の棒を黒く塗ってそれを2本束ねたものに、革のストラップを付けているだけの物だった。 彼は相変わらず何も言わず、ただ上目遣いに僕を凝視しているだけだ。 「おじさん、僕ギョウザが森にいるものだったなんて全然知らなかったよ」半信半疑のまま僕はネルシャツのおじさんに言った。杉の木がさっきより大きく揺れていた。上のほうは風が強くなってきたのだろう。 「じゃあ坊ず、いい機会だから覚えておくといい。ギョウザはもともと自然のものだったんだよ。それを昔の人が捕って食ってみたんだろうな。―何でもはじめて食うってのは勇気がいるもんだ。そしたらこれがとてもうまかった。そして色々と研究して養殖するようになったのさ」 「そうなんですか。僕はてっきりどこかの中国人が考えて作ったんだとばかり思ってました」 「あれを人間が考えたってか?おいおい坊ず、冗談を言っちゃダメだぜ。あんなものを人間が考えて作れるはずないじゃないか。たしかに人間ってのは全霊長類の頂点に立ってこの世界を支配してはいるがな、餃子を考え出すほどの創造力は持ち合わせてはいないぞ。餃子は自然が作り出したものなのさ。坊ず、ウナギは知ってるな。ちょうどあれみたいなもんだよ。どう頑張ったって人間はウナギを作り出すことはできん。それを真似して養殖するだけだ。人間の創造力なんてのはこの大自然の、それこそ足元にも及ばないな。自然てのはホント、偉大だよ。なあ根岸、自然てのは偉大だと思わんか?」 根岸はずっと僕のことを見たままだったが、今度は何かを言おうとして、なにやら「オウッ、オウッ」と不気味な声を発した。 その時、突然右の方で野鳥が5、6羽、ババッと飛び立った。 ネルシャツが「危ないからどいてろ!」と言って僕を突き飛ばした。そして素早く銃を構えると20メートルほど先の地面に向けて2発続けて発射した。 パンッ!パンッ! 耳をつんざくような乾いた爆発音が森中に響き渡った。 「くそう、逃がしたか。くそっ、今のはなかなか型がいい餃子だったな。見たか、坊ず?」 「いいえ、突然で全然見えなかったです」 「おい根岸、今のはなかなか型がいい餃子だったよな?」 「オウッ、オウッ」 「どうやらこの辺より沢に近い方がもっといそうだな。なあ根岸、沢の方がもっといそうだな?」 「オウッ、オウッ」 「坊ず、ぜひとも君に天然の餃子を見せてやりたいが、沢の方はここよりずっと危険だから残念ながら連れて行くことはできんな」 「あっ、いえ。僕はいいですから。・・・それよりおじさんたちは、餃子撃ちが仕事なんですか?」 「んっ?・・・ハッハッハ!きょう日餃子撃ちだけじゃ食っていけんぞ。趣味だよ趣味。毎年秋から冬にかけては餃子撃ちが解禁になるからな、毎週休みのたびにいろんな山に行って餃子を撃つのさ。餃子を食うなら天然物だって考えてる人が今でもいるからまれにそういう人に売ったりもするけれどな、普段は路線バスの運転手さ、ハッハッハ!なあ根岸、俺は路線バスの運転手だよな?ハッハッハ!よし根岸、このまま藪を突っ切って沢の方まで行ってみようじゃないか!坊ず、君もいつかきっと天然の餃子を見ることができるぞ」 そう言うと、二人の狩人は振り返って藪の中に分け入っていった。根岸の背負っているものはやはり銃ではなく、完全な2本の長い竹の棒だった。 少し行ったところでネルシャツが振り返って僕に言った。 「坊ず、柏の丘まで行くんだったらほんとに気をつけろよ。今日は天気がいいからきっと他にも餃子撃ちが出てるからな」 僕の耳の奥ではさっきの銃声からキーンと耳鳴りが響いていた。銃の音があんなに大きいものだとは思わなかった。 そういえば、ネルシャツのおじさんは地面をめがけて銃を発射していたな。ということは、すくなくともギョウザは、空は飛ばずに地面を歩く動物ということだ。僕はなんだか少し安心した。 大きなため息をひとつ吐き、気を取り直して僕は柏の木の丘に向けてゆっくりと歩き出した。
杉の木がまた大きく揺れ、ザワザワと音を立てていた。 もしこれがトム・ソーヤーだったら、こんな局面をいったいどうやって切り抜けたのだろうか。 |
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養殖餃子と天然餃子か・・・。一度でいいから天然おにぎりってのも見てみたいですね。
2006/8/27(日) 午後 7:24
む・む・むずかしい・・・でしゅ(^^;) ぎょうざ?餃子かぁ、と私の頭の中は餃子が宙をずーっと飛んでいます! もう一度気を取り直して読み込んでみます!
2006/8/29(火) 午前 8:24
天然の餃子、具がびしっと締まってて美味そうですね。こういうシュールな作品を書かせたら、バードさんは天下一品。いや、王将です。(笑)
2006/8/29(火) 午後 6:47 [ * ]
たるるさん!読んでいただきありがとうございます。おにぎりってのは、あれ多分愛情いっぱいお母さんが考えたものでしょうね。天然のがあるかどうかは私の百科事典にも載っていませんでした。あ、でも「天然サラダ巻き」ってのはあるみたいですよ。食ってみたいです(笑)。
2006/8/30(水) 午前 1:23 [ 塩野崎バード ]
teraizmさん、こんばんわ!いつもありがとうございます!読んでいただけて感激です!!いえいえ、お気楽に読んでいただければ幸いです(笑)。でも、2回も読んでいただけるなんて、書いているものにとっては最高に嬉しいです。ありがとうございます。本当にありがとうございます。
2006/8/30(水) 午前 1:24 [ 塩野崎バード ]
集さん!ありがとうございます。読んでいただいて恐縮です。餃子の王将に行って、「・・・オレだけど」て言ったらただで食わせてくれますかね(笑)?シュールなのが好きなので、集さんにそう言っていただけると嬉しくて踊りだしたくなっちまいます(笑)。ありがとうございます。
2006/8/30(水) 午前 1:25 [ 塩野崎バード ]
な、なるほど。ちょっと意味は判りかねるのですが、妙に味がありますね。意味を考えちゃいけないんでしょうね、こういうのは。
2006/8/30(水) 午後 9:15
NANAMIさん、こんばんわ!読んでいただきありがとうございます。どうぞお気楽に読んでください(笑)。僕の希望は、読んでいただける方にとって、僕が書いたものが読むに堪えうるものであってほしいということだけであります。よろしくお願いいたします。
2006/8/31(木) 午前 0:58 [ 塩野崎バード ]
凡庸だった森の景色が、徐々に滑稽な不協和音に誘われてゆく様子や、ネルシャツの猟師が、疑問を抱く僕に構わず、淡々と餃子に就いて語り出す辺りなど、安倍公房や宮沢賢治っぽい空気を感じました。トム・ソーヤだったらどうやって、と会話中に心の内で自分に問いかける所など、少し内気で感受性の強い少年の姿が生き生きと連想出来て、よいです。風の吹く丘の上で読書、気持ちよさそうですね〜。
2006/9/6(水) 午前 1:44 [ - ]
六朝の風さん、こんばんわ!読んでいただきありがとうございます!もったいないお言葉、まことに恐れ入ります。ありがとうございます。阿部さんと宮沢さんはまだ読んだことがないのですが、メルヘンを書きたかったので、そう言っていただけるととても嬉しくなってしまいます。また頑張って書きます!
2006/9/6(水) 午前 2:29 [ 塩野崎バード ]
何だか、私は昔読んだ「伝染るんです」だっけ?思い出してしまいました(笑)というか、読んだことあるんでしょうか?とっても、不思議なんだけど。はまっちゃうんですよね〜、こういう世界は。^^
2006/9/28(木) 午前 11:19 [ - ]
RIEさん、こんばんわ!読んでいたただきありがとうございます!そうです。「伝染るんです」です。知っています。不条理をテーマした、奇才、吉田戦車氏の前衛的ジャパニーズMANGAですね(笑)。伝染るんですを思い出していただけるなんて感激です!ありがとうございます!
2006/9/28(木) 午後 7:06 [ 塩野崎バード ]